人生なんてわからぬことだらけで死んでしまう、それでいい。 悩むが花 (文春文庫)
- 作者: 伊集院静
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/04/07
- メディア: 文庫
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Kindle版もあります。
人生なんてわからぬことだらけで死んでしまう、それでいい。 (文春文庫)
- 作者: 伊集院 静
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/04/14
- メディア: Kindle版
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内容(「BOOK」データベースより)
「週刊文春」好評連載、「悩むが花」第2弾。読者からの名問・珍問にときに親身に、ときに厳しく答える伊集院氏の魂から発せられる言葉の数々。「人が人を救うことはできない。しかし共に闘うことはできる」「すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる」―膝を打ったり頭を垂れたりしながら読み進み、人生そんなに悪くないと思う一冊。
以前、ビートたけしさんが「格好いいと思う人」として、伊集院静さんの名前をあげていたんですよね。
僕も伊集院さんのエッセイを読むたびに、「言っていることはけっこう前時代的な根性論みたいなものが多いのに、なんでこの人はこんなに魅力的なのだろう」って思います。
自分の考えとは違うし、そう簡単に真似できるようなものではない、僕にとっては、「カッコいい大人の男ポルノ」みたいなものなんだろうけどねえ。
この本、読者からの人生相談のコーナーをまとめて単行本化したものなのですが、冒頭には、こんな質問が出てきます。
中学二年生になる娘が、どうやら学校でいじめを受けているようなんです。今は毅然と学校に通い続けていますが……。話を聞こうにも、「大丈夫だから」の一点張り。こんなとき、娘のために親は何をしてあげられるのでしょうか。
(44歳・女・自営業)
この質問への伊集院静さんの回答は、こう始まります。
お母さん、何もする必要はありません。
今のまま娘さんにすべてをまかせておくのが、賢明な子育てでの母親なり、両親の基本です。
“敢えて手を差しのべない”という行為は、簡単なようで難しいというか、忍耐力がいります。
今の中学校の現状が、私が通っていた頃とは比べものにならぬほど陰惨だったり、子供が狡猾だったりしていることは、私もルポや現場の教師から耳にして知っていますが……。それを踏まえて考えてみましたが、やはり娘さんにまかせるのがベストだと私は思います。
うーむ、でも、これって本当に「何もしない」で良いのかなあ……なんて思いながら読んでいたんですよ。そういう考えは、古いんじゃないか、って。
でも、この質問の回答の終わりは、こう締められているのです。
私からの提案はひとつだけです。
娘さんにそっとメッセージを渡しなさい。
“何かあったら言って下さい。母さんはあなたとともに闘いますから”
人が人を救うなんてことは、私はできないと思っています。しかし人が人とともに闘うことはできるはずです。
ああ、やっぱりカッコいいなあ、伊集院さん。
けっこういいかげんだったり、ユーモアにあふれた回答もあったり、でも、締めるべきところはビシッと締める。
参考になるというよりは、読んでいて「気持ちいい」んですよねこれ。
『ジブリの仲間たち』という本のなかで、東宝の宣伝プロデューサーが、「スタジオジブリの鈴木敏夫さんに怒鳴られると、滝に打たれたように、ちょっと清々しい気持ちになるんです」という話をされていました。
けっこうすごい勢いで、キツいことを言っていても、怒られた側に遺恨が残らない、そんな人って、ごくまれにいるのです。
それに「落とすところはちゃんと落とす」んですよね。
わし、飛行機に関しては言いたいことがヤマほどあるが、大人の男として黙ってるだけだから。
昔、家人と飛行機に乗っていて雨雲の中に突入して機体がメチャクチャ揺れたんだ。
「あなた。あなたがどれだけそうして両足を突っ張っても、席の肘掛けを握りしめていても、この揺れは止まりませんよ。リヤカーが空飛んでるんじゃないんですから」
わし、それを聞いて窓から放り投げてやろうかと思ったくらいだよ。
甘いものが大好きで、生きがいの父親が糖尿病と診断されて、甘いものを取り上げてしまうのがしのびないのだけれど、どうしたら良いのか困っている、という28歳女性の質問に対して、伊集院さんは、こんなエピソードを紹介しておられます。
ここでひとつ、まったく違う、或る父親と息子の話をしておこう。
スペインに住む、私の親友が、或る時、私に日本に帰らなきゃならなくなったと言ってきたんで、どうしたんだって訊くと、
「実は俺のオヤジのことで、オフクロがオヤジを説得してくれって言ってきた」
「何の説得だ?」
「オヤジが若い時の無茶がたたって、入退院をくり返してるんだが、食事の規制がかなり厳しくて、オフクロが、これは食べるナ、あれもダメと毎日言ってたら、とうとう怒り出して、そんなんならわしはもう何も喰わん、と言い出して、いっさい食事を口にしなくなったらしい」
「ほう、たいしたもんだな。そうやってどのくらいになるんだ」
「水だけで三週間経つらしい」
「大丈夫なのか?」
「だからオフクロが俺に帰国してオヤジを説得しろと言ってきた」
「無理に食べさせるつもりか?」
「いや、頑固一徹で通してきたから、少し話し合ってオヤジがそうしたいなら、そうさせようと思ってる」
「俺も、それがいいと思う」
「おまえはそう言うと思った」
そうして三ヶ月後に親友のオヤジは見事に死んだ。
たいしたオヤジだったナ、と今でも二人でオヤジさんに乾杯する。
何が正しいかは、誰にもわからんよ。
人はいろいろだもの。
伊集院さんが書いたものを読んでいると、この「人はいろいろ」ということと、その人がプライドを持って生きているかぎり、伊集院さんは、その「いろいろ」を尊重していることが伝わってくるのです。
「大人の男ポルノ」なのかもしれないけれど、やっぱり魅力的な人ですよね。