- 作者: 若林正恭
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/07/14
- メディア: 単行本
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内容(「BOOK」データベースより)
前作『社会人大学人見知り学部卒業見込』から約4年ぶり、新作の舞台はキューバ!航空券予約サイトで見つけた、たった1席の空席。何者かに背中を押されたかのように2016年夏、ひとりキューバへと旅立った。慣れない葉巻をくわえ、芸人としてカストロの演説に想いを馳せる。キューバはよかった。そんな旅エッセイでは終わらない。若林節を堪能できる新作オール書き下ろし!
オードリーの若林正恭さんのキューバ旅行記。
この本のことを知ったとき、「なぜ、若林さんがキューバ?」って思ったんですよね。
じゃあ、どこの国なら似合うのか?と問われたら、ちょっと考え込んでしまうけれど。
人がキューバに行こうと思う理由って、何なのだろう?
チェ・ゲバラに憧れて、というのならわかるのだけれど、そういうわけでもないみたいだし。
そもそも、あれだけ「人見知り」を公言している若林さんが、海外にはじめての一人旅を試み、その行き先がキューバなんて。
僕などは、海外に行っても、現地の人と喋るのも気後れしてしまうので(子どもたちと一緒に旅行するようになると、コミュニケーションせざるをえないことも多くなったのですけど)、なるべく黙々と観光地を巡ったり、ホテルの部屋に引きこもったりしがちなんですよね。
人見知りというか、内向的な人間には、けっこう、極端なところがある人もいるからなあ。
普段はほとんど積極的に他人に話しかけることがなくても、ひとりで旅行に出かけ、旅先では饒舌になる人もいます。
出発してから、ホテルにチェックインするまでで、すでに50ページ以上も過ぎている時点で、若林さんの「一筋縄ではいかない思索」みたいなものが伝わってくるのですけど。
ぼくは20代の頃の悩みを宇宙や生命の根源に関わる悩みだと思っていた。それはどうやら違ったようだ。人間が作ったシステムの、一枠組みの中での悩みにすぎなかったのだ。
「ちょっと待って、新自由主義に向いている奴って、競争に勝ちまくって金を稼ぎまくりたい奴だけだよね?」
カフェを出て家庭教師と別れた後、ぼくは走り出したい気分だった。
「やった、やった、やった! 宇宙や生命や神様の思し召しじゃなかった!」
「新自由主義の思し召しだった!」
「このシステムの中で、向いている性格が限定されていた!」
「お前も、お前も、お前も競争相手! ははははは!」
日本に新自由主義は今後ももっと浸透していくと頭の良い人が本に書いていた。おまけに、AIが普及するとさらに格差は広がるらしい。
「超富裕層の資本家になる準備はできてる?」
「富裕層ではないけど、それなりに人生を送る準備はできてる?」
”みんな”が競争に敗れた者を無視してたんじゃなくて、新自由主義が無視してたんだ。
「なんだ、そんなことだったのかよ!」
ぼくは家に帰って本棚から自分の著書『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』を取り出し「おい、お前の悩みは全部人が作ったシステムの中でのことだったぞ。残念だったな!」と言葉をかけた後、ひとつの儀式としてゴミ箱に捨てた。
そこで、「他のシステムで生きている人間は、どんな顔をしているのだろう?」と思い立ち、そういう国として、若林さんはキューバを選んだのです。
キューバの人の多くは若林さんに親切にしてくれる一方で、必ずしもすべてのキューバ人が陽気で気さくでもない、ということがわかって逆にホッとしたり、ジャズバーで、ちょっと恥ずかしい思いをしたり。
若林さんの場合は、現地でコーディネートしてくれる人がいる、というのもあるのでしょうけど(そういう意味では、若林さんも「富裕層」ではありますよね。そりゃ間違いなく)、かなりリラックスして、日本では味わえない「有名人ではない生活」を満喫しているようにみえますし、その一方で、完全に弛緩しきれず、旅先でも何かを考えずにはいられない人なのだな、というのも伝わってきます。
あたりが暗くなってくるとマレコン通り沿いにオレンジの街灯がついて、昼間とは違う表情になる。
この景色は、なぜぼくをこんなにも素敵な気分にしてくれるんだろう?
いつまでも見ていられる。
ぼーっと目の前の風景を眺めていると、なるほどそうか、あることに気づいた。
広告がないのだ。
社会主義だから当たり前といっちゃ当たり前なのだが、広告の看板がない。ここで、初めて自分が広告の看板を見ることがあまり好きではないことに気づいた。東京にいると嫌というほど、広告の看板が目に入る。それを見ていると、要らないものも持っていなければいけないような気がしてくる。必要のないものも、持っていないと不幸だと言われているような気がぼくはしてしまうのだ。
ニューヨークに行った時もそうだった。
ぼくはギラギラと輝く広告の看板やモニターを見て「死ぬほど働いて死ぬほど何かを買うことが幸福」という価値観がここから始まっているのではないかと感じたのだ。
そうか、広告のない世界か……
とはいえ、日本の地方都市暮らしの僕の場合は、東京や香港の看板だらけの景色に、それはそれで感動してしまうところもあるので、東京で生活している若林さんとは、ちょっと違うのかもしれません。
でもほんと、世の中って、広告だらけですよね、いろいろと。広告だと明示されていないものも含めて。
キューバ人の家に遊びに行ったり、現地の人と接したりして、若林さんは、「キューバは新自由主義の国ではないけれど、人脈とかコネがモノを言う社会である」ということを知ります。
自分に尋ねた。競争に負けてボロい家に済むのと、アミーゴがいなくてボロい家に住むのだったらどっちがより納得するするだろうか?と。そして、その逆も。もしかしたら「競争に負けているから」という理由の方がまだ納得できるかもしれなかった。
そして、日本を発つ前に新自由主義に競争させられていると思っていたが、元々人間は競争したい生き物なのかもしれない。
元々、良い服が着たい生き物。
元々、良いものが食べたい生き物。
元々、良い家に住みたい生き物。
それは当たり前なのだが、それが「元々、平等でありたいという気持ち」をだいぶ上回っていたというところが、社会主義が「失敗したもの」と言われる所以ではないだろうか。で、競争心に寄り添ったのが資本主義であり、新自由主義だとすると、やはり「やりがいのある仕事をして、手に入れたお金で人生を楽しみましょう!」ということがマッチベターとなるのだろうな。
そんなことは学校の授業を真面目に受けていれば高校生でもわかることなのだが、37歳にしてキューバに実際に来てみてようやくわかるのがぼくである。
「丁度よい言い訳を手に入れにきたのになぁ」
キューバの人たちも「良い生活がしたい」という欲求を持っているし、いまの日本で暮らしている人にも「他人よりちょっとだけ新しいものを買うために、こんなにあくせく働かなくても良いのではないか」と感じている人もいる。
結局、どちらかが正しいというよりは、バランスなのだろうけど、そのバランスが丁度よかった国や時代はあるのだろうか、と若林さんは問いかけています。
もしあなたがこの本を手に取ることがあったら、最後まで、ぜひ読んでみていただきたいのです。
若林さんが「はじめての海外一人旅」にキューバを選んだ「本当の理由」が、そこには書かれているから。
そしてそこには、新自由主義とか社会主義とかの枠組みをこえた、「人としての想い」が込められていたから。
こんなの、単なる旅行記ですよ、と若林さんは言うかもしれないけれど。
人って、旅に出て、未知の環境にさらされると、外側への興味だけではなく、自分自身の内面と向き合ってしまうこともあるのだよなあ。
- 作者: 若林正恭
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/メディアファクトリー
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