- 作者: 吉田豪
- 出版社/メーカー: 白夜書房
- 発売日: 2017/06/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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内容紹介
プロインタビュアー・吉田豪が
愛憎満ちた全女のリングに迫る!
ビューティ・ペア、クラッシュ・ギャルズのアイドル的な人気、他団体も巻き込んだ“団体対抗戦"で一世を風靡した女子プロレス団体、全日本女子プロレス。この団体に所属していたレスラーや関係者の方々をプロインタビュアー・吉田豪が取材した月刊誌『BUBKA』の人気連載が一冊の本になりました。名勝負の裏で行われていた常識外れなエピソード数々。シュートマッチ、怪我、賭け、因縁が渦巻く全女のリングの「真実」に迫る!!
さらに特別収録として、ミミ萩原、松永高司のインタビューも掲載。
プロレスラーのインタビューというのは、虚々実々というか、豪快なエピソードに彩られていることが多いのです。
その一方で、プロレスの世界には、お互いに大けがをしないための「大人のお約束」みたいなものもあるし、タイトルマッチの最終的な勝敗は、あらかじめ決められていると言われています。
(あのUWFでもそうだったのです)
まあ、プロレスラー同士が相手を潰すつもりで本気でやりあったら、いくら鍛えているとはいえ、命にかかわるし、観客にとっても、殺伐としているだけで、盛り上がらないし……
ところが、そんな「お約束」をぶっちぎり、タイトルマッチの勝敗はやってみるまでどちらが勝つかわからない「押さえ込み」のルールで、関係者が勝敗に賭けまでしていた、そして、リング外の遺恨をあえてリング内に持ち込ませるような「仕掛け」までしていた、そんなプロレス団体が存在していたのです。
それが「全日本女子プロレス」。
いやしかし、これって、とんでもないブラック企業だよなあ、と思うのと同時に、吉田さんのインタビューに答えている選手たちは、みんな「あの先輩を殺してやりたい」なんて言いつつも、プロレスから離れたり復帰したりを繰り返したりで、「全女」を経営していた松永兄弟のいいかげんさにあきれながら、心底憎んでもいないみたいなんですよ。
ブル中野さんは、ヒール(悪役)時代のことを、こんなふうに振り返っておられます。
——実際に石を投げられてたんですか?
ブル中野:そうです。お客さんは、石を持って出てくるのを待ち構えているから目を開けられないんですよ。体育館からバスまで逃げるように帰って、その間はずっと当てられてる、みたいな。あのときはプロレスラーになりたくてプロレスの道に入ったのに、何でこんなことをされなくちゃいけないの?っていうのが大きかったですね。クラッシュ(・ギャルズ)はプレゼントの山を抱えてバスの中に入って、「ありがとう!」みたいな(笑)。これがレスラーの人格ができてから悪役になったんだったら、これは役なんだなとか理解ができたんだけど……。
——あの時代の悪役っていまの悪役とは違って、本当に心の中から「死ね!」って世間の人に言われる仕事だったじゃないですか。
ブル:全然違いますよね。本当に憎まれるだけで。親戚中から、「なんであんなことしちゃったんだ!」って言われて、両親もすごい責められて。
いまは、「ヒール」あってこそのベビーフェイス(善玉)だというのがけっこう広く認識されていて、悪役にも「良い仕事してるな!」という評価をする人が多いんですよね。
リテラシーが上がった、とも言えるし、昔ほどプロレスラーの「善悪」にこだわる人がいなくなった、とも言えそうです。
男子プロレスの悪役の場合は、ある程度経験を積んだ選手が、その役割の重要性を理解した上で、より多くのギャラをもらったり、試合を盛り上げることに快感を抱きながらやっているのに比べて、全女の場合は、10代後半のまだ世間を知らない女の子たちを、いきなり「お前は今日から極悪同盟」みたいな感じで配役を決めてしまうのです。
そして、ある程度年齢が上がってきて、世間を知り、ギャラや待遇に不満を持つようになってきたら(20代半ばくらい)、「引退」するように仕向けていく。
まあ、当時がそういう世の中だったとしても、けっこう酷い話だよなあ、って。
ただ、当事者にとっては、自分の「青春」をキツい世界に捧げてきただけに、それを自己否定しがたいところもあるのでしょうね。
実際、多くの人たちが、まだ未成熟であるがゆえに、歯止めが効かないで暴走してしまった選手たちの試合に心を打たれてもいたわけですし。
プロレスラーは、ヒールのほうが「いい人」が多いというのが定説になっているのですが、ダンプ松本さんはこんな話をされています。
ダンプ松本:ヒールのほうがみんな気が弱いね。よく言われてるけど、ホントに性格の悪い人がヒールになったら殺しちゃうし、もっとひどいことするでしょ。
——男子のヒールもみんないい人ですよね。
ダンプ:みんないい人、ホントに。だってクラッシュがファンの子にもらったプレゼントなんか、あの人たちはみんな平気で捨てちゃうじゃん。それを極悪が拾ってたんだから。
——ダハハハハ! エコロジーですね(笑)。
ダンプ:そうよ! せっかくもらったものなんだから、「これ着れる!」「このサイズ合う!」とか言いながら拾って、プレゼントにお金が入っていたときだけ本人に返す、高いものが入っていたときだけ本人に返すっていう。
——そこもいちいちちゃんとしてますね。
ダンプ:ちゃんとしてる。だって極悪同盟の鉄則っていうのがあって。「人の悪口を言わない、陰口を言わない、内緒話をしない、時間には遅れない、友達に優しく」だから。
——全然悪くないじゃないですか(笑)。
ダンプ:全然いい人でしょ? みんなに笑われるんだけどね。極悪は時間も守るし、仲間同士の悪口も言わないし、陰口も言わない。ヒールは客には嫌われるけど、人間的には嫌われない人でいようねっていうのが決まりだったから。その反対にクラッシュとかベビーフェイスの人はファンには好かれるけど、人間的には嫌われてたって感じで。その当時は……ってフォローしとかないとね(笑)。
ちなみにこの後、ダンプさんは、まだ十代で下積みだった長与千種さんが、急にスターになり、お金も貰えるようになったら、勘違いしちゃうのもしょうがないよね、とまで気遣った発言をしているのです。
いやもうほんと、これ、どこが「極悪」なんだ?という話で。
「ホントに性格の悪い人がヒールになったら危ない」というのも、頷ける話です。
これを読んでいると、当時の全女というのは、本当にギリギリのところでやっていた、というか、もうその危険水域をはるかにこえてしまっていたんですよね。
「松永一族」のひとりであり、全女のレフェリーをつとめていたボブ矢沢さんの回より。
ボブ矢沢:あと北斗晶が首を折っちゃったときも僕がレフェリーやってたんですよ。
——最近、映像を見直して戦慄しましたよ。
矢沢:あれはホントヤバかったですよ。
——何がとんでもないって、北斗さんが完全に首やっちゃったあとも、3本勝負だから試合がふつうに続いていくことなんですよ。
矢沢:そうなんですよ。1本目でいきなり首やったじゃないですか。「ヤバいな、やめようか」って言ったんですよ。そしたら「ボブちゃん、首を引っ張って」言われたんですよ。
——えぇーーーーっ!? その状態の首を!
矢沢:「いいから引っ張って! 大丈夫だから!」って北斗が言って。よく首が詰まって、それを引っ張ってアジャストするっていうのをやるんですけど、さすがにそのときはそのレベルじゃないっていうのはわかりましたから、「いや、これいじらないほうがいいぞ」「いや、最後まで私やるから。いいから引っ張って!」。それでしょうがないからタオル持ってきてガーンッと引っ張って、「どうだ?」「うん……大丈夫、治った!」。
——治るわけないですよ!
矢沢:治ってないですよ全然(笑)。だけど「大丈夫、できるできる!」って、それでふつうに2本目、3本目もやってましたね。
——2本目、3本目でもふつうに首を攻撃されてたから、とんでもない試合だと思って。
矢沢:ホントいつどうなるかと思って。こっちもいつ止めてもいいようにスタンバッてたんですけど、最後までやりましたもんね。
現在ほど、頭部打撲や頸椎損傷時の対処法が周知されていない時代とはいえ……
北斗さん、死んでいてもおかしくなかったよね、これ……
でも、周囲も止められない、鬼気迫るものがあったというのも事実なのでしょう。
ちなみに、首の骨を折ったあと、さすがの全女の経営陣も北斗晶さんの復帰は難しいだろうと考え、本人にもそう説明したようですが、北斗さんは「何があっても自分の責任だから、会社に迷惑はかけないから」と、半ば強引に復帰したそうです。
命をだいじに、というのと、命をかけてでも、やりたいことがある、というのと。
全女のようなプロレスは、これからの時代は成り立たないだろうとは思うのです。
うーん、でも、こういう「ガチンコ」を見たい、という人も、少なからずいるのだろうな……
多くの関係者が、それぞれの視点から語った「全日本女子プロレスの栄光と狂気」。
人それぞれ、自分にとっての「真実」がある。
かなり読み応えのあるインタビュー集でした。
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