- 作者: 杉村啓
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/08/26
- メディア: 新書
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内容紹介
主要作品総まくり! グルメ漫画の半世紀を味わいつくす!
月間数十点に及ぶ単行本が刊行され、メディアミックスも相次ぐなど、隆盛を誇るグルメ漫画。では、グルメ漫画はいつ生まれたのでしょう? 調べてみると、その誕生は1970年であるとわかりました。また、約五〇年間で七〇〇作品以上が発表されていました。本書はその中から、特に重要な一五〇作品に着目し、グルメ漫画がどのようにして生みだされ、いかなる発展をしてきたか解き明かしていきます。「あの有名作品はどこが画期的だったのか?」「私たちは、なぜグルメ漫画を面白いと思うのか?」--そういった疑問を、半世紀を旅しながら解き明かしていきましょう。ようこそ、もっと美味しく読むための“グルメ漫画史”の世界へ!
僕はこれまで、グルメ漫画に関しては、付かず離れず、というか、特に好んで読むわけではないけれど、読む作品に迷ったときに、つい手にとることが多い、という感じでした。
そもそも、最近の漫画って、食べ物とか料理ものばっかりですよね。ほんと、みんな右にならえでさあ……
と思っていたのですが、この本を読むと、グルメマンガって、実際は「最近になって増えた」というわけじゃなくて、長い歴史があって、ジャンルとしての深化、細分化がすすんできたことがわかります。
この本、グルメ漫画マニアにとっては、「有名作品ばかり採りあげられている」と思われるかもしれませんが、僕のような、「とりあえずリアルタイムで『美味しんぼ』と『将太の寿司』は読んでいて、最近では『孤独のグルメ』『ダンジョン飯』くらいは押さえている」というくらいの漫画読者には、ちょうど良い塩梅なんですよ。
個々の作品の紹介としては、物足りないところはあるかもしれないけれど、「通史」としては、すごくバランスがとれていると思います。
一番初めのグルメ漫画はいつで、何なのかを見てみましょう。1970年にその祖を求めることができます。しかも、三作品です。
雑誌掲載順に述べますと、一つ目は『週刊少年ジャンプ』に掲載された『突撃ラーメン』(望月三起也)。二つ目は『なかよし』に掲載された『ケーキケーキケーキ』(原作:一ノ木アヤ、作画:萩尾望都)、そして三つ目は『しんぶん赤旗』に掲載されている『台所剣法』(亀井三恵子)です。
グルメ漫画って、僕と同じくらいの年齢なんですね。
それにしても、掲載誌が『週刊少年ジャンプ』『なかよし』『しんぶん赤旗』って、すごいバリエーションだな……
この本のなかでは、「食べ物が漫画の題材になった背景」や「グルメ漫画のテーマの時代による変遷」についても考察されています。
『美味しんぼ』の初期、1980年代は「食の安全」がクローズアップされた時代でしたし(というか、『美味しんぼ』自体が、食の安全について問題提起をしていった、という面もあります)、名作『孤独のグルメ』は、1994年に連載がはじまり、1997年に単行本が出た時点では、知る人ぞ知る、という作品でした。
『孤独のグルメ』の原点となった『夜行』という作品があって、それは、夜行列車に乗ったタフガイが幕の内弁当をごはんとおかずのバランスをとりながら食べる姿をハードボイルドに描く、というものだったそうです。
掲載誌はあの『ガロ』(1981年)!
『孤独のグルメ』の連載が始まったのは『夜行』から13年後の1994年です。当初は人気があったというよりは、異色の漫画とされていました。というのも、1994年はバブルがはじけて1〜2年で、バブルを象徴するような「金にあかせて豪華な食材を集めて豪奢な料理を食べる」から、「料理は一人で食べるよりもみんなで食べる方が美味しい」「家族で食べる食事が一番」という風潮へと移っていった時期だからです。同時期に連載されていた代表的なグルメ漫画と、『美味しんぼ』は豪華な食材を集めて豪奢な料理を食べ、『クッキングパパ』はみんなで作ってみんなで食べます。『将太の寿司』には一人で食べる料理は美味しくない、家族の愛情こそが必要というエピソードが頻繁に出てくるのです。さらに『料理の鉄人』は豪華な食材をふんだんに使ってごちそうを作る。こういった時代に「中年男性が一人で外食する」という作品は、とても奇異に見えたのです。
1997年には連載をまとめた単行本が発売されましたが、この時点で爆発的に売れたわけではありません。2000年に入って文庫版が出てから、徐々に人気に火がつきました。これは世間に「一人飯」という概念が受け入れられたことと無関係ではないでしょう。一人飯の代名詞でもある「便所飯」という言葉が登場したのが2001年。その頃までは「一人でご飯を食べる」という行為は恥ずかしく隠すべきという風潮だったのです。ちょうどその時期に井之頭五郎の独特の台詞回しがインターネットで紹介され、人気に火がつきました。
そこからは右肩上がりに伸びていき、2008年には新装版の発売と週刊SPA!誌での不定期連載が開始され、2012年1月にはドラマ化。さらにはフランスやイタリアでも10万部を超える売れ行きとなる日本を代表する作品となりました。2015年には不定期連載をまとめた2巻が発売されています。最初の原型である『夜行』から考えると、30年近くかかって、中年の男性が一人でご飯をこだわりながら食べるという作風が広く受け入れられたのです。
そうだよなあ、「一人飯」って、寂しい人の代名詞みたいなところがあって、そう見られないために、学生時代、「一緒にお昼ご飯を食べる『友だち』を確保する」ことが最優先事項だった記憶があるのです。
どうしても一人で食べなければならない状況では、牛丼やラーメン、うどんのような「おひとりさまでサッと食べられるもの」が選ばれていたのですが、『孤独のグルメ』の井之頭五郎は、むしろ、「一人で食べたいものを食べるという自由」を得るために「一人飯」を積極的に選択しているのです。
世に出てからの不遇な時期の長さを思うと、『孤独のグルメ』が、「一人飯」に市民権をもたらした、というよりは、「孤食」が珍しいもの、恥ずかしいことではなくなってきたからこそ、『孤独のグルメ』が評価されるようになった、ということなのでしょう。
時代のほうが、ようやく、『孤独のグルメ』に追いついてきたのです。
今では、「女性のひとり呑み」や、お弁当などの「中食」がテーマの作品も一般的になってきています。
また、この本のなかでは、「グルメ漫画における表現の進化」も紹介されています。
寺沢大介さんの『ミスター味っ子』について。
もうひとつ大きなポイントは、料理の感想をテンポよく、それでいて長めにとっていたことです。一言二言で感想を言うのではなく、一口食べては感想を、二口食べてはさらに感想をと、わかりやすい表現でたたみかけます。特に有名なのが単行本4巻に登場したおじさん。審査員でも何でもなく、ハンバーグ対決の際に相手の店のハンバーグと陽一が手伝う店のハンバーグを並んで食べ、舌鼓を打ちます。そしてあまりの美味しさに「ブラボー!」「すばらしい、すばらしいぞう!」と叫ぶのです。このキャラがあまりにもいい味をだしていたために、当時同じく週刊少年マガジンで連載されていた『コータローまかりとおる!』の作者蛭田達也によって「須原椎造」と命名。以後は、ちょくちょく通りかかって勝手に感想を述べたり、最終的には味皇グランプリの審査員を務めたりしたのでした。
この須原椎造を介して生まれた漫画表現が、口の中にさらに須原椎造が出て、さらにその中に……という入れ子構造です。これが、「料理のおいしさをリアクションで表す」の元祖といえるでしょう。
ちなみにこのリアクションを突き詰めたのが、1987年10月から放映された、『ミスター味っ子』のアニメ版でした。アニメでは須原椎造がブラボーおじさんとしてナレーションや解説を担当。料理を食べたときのリアクションは、敵も味方もかなりダイナミックな演出で行っています。何より有名なのが、味皇のリアクションでしょう。カレー丼(アニメオリジナルのメニュー)を食べたときには口からレーザーを出し、大阪城を浮かび上がらせました。その後、対戦相手が不服を漏らしたことに激怒し、巨大化して大阪城を身にまとい、粉々にして説教をするのです。このような荒唐無稽な表現が、漫画側にも入り、「グルメ漫画の料理のおいしさをリアクションで表す」へと繋がっていったのです。
いくらなんでもやりすぎじゃないの、これ、と思っていた『味っ子』のリアクション、今から考えると、僕もけっこう楽しんでいたんですよね。
グルメ漫画は、取り扱うテーマが限られていたがために、それを「どう見せるか」で、差別化しようとしてきたところもあるのです。
僕は『ダンジョン飯』をはじめて読んだとき、こんな「昔風のファンタジー世界のダンジョンRPG+架空の食材を使った料理」なんてニッチな漫画が、よくヒットしたなあ、と感じたんですよ。
この本を読んで、『ダンジョン飯』も、突然変異ではなかったということがわかりました。
『週刊少年ジャンプ』で連載された『トリコ』について。
現実にはない動植物がたくさん生息しているファンタジー世界が舞台。グルメ細胞のおかげで、ありとあらゆるものが食材になった世界はどのくらいすごいのかというと、全身の肉が霜降り状態の獣や、身のずっしりつまったオマール海老やタラバ蟹の身が一年中生える樹、ブランデーがたえまなく湧き出る泉があるほどです。お約束として生き物は捕まえにくい(捕獲レベルが高い)ものほど美味しく、中には特定の手段で調理しなければ味が落ちたり毒化してしまう特殊調理素材もあります。
ファンタジー世界、架空の食材という設定で『トリコ』が成功したからこそ、『ダンジョン飯』のようなマニアックにみえる作品に可能性が見いだされたのではないかと思います。
こういう「歴史の流れ」みたいなものを感じられる本なんですよ、これ。
グルメ漫画は別に好きじゃないんだけど……という人にも、ぜひ読んでみていただきたい。
「読んでいないつもりだったのに、案外読んでるものだな」って、思いますよ、きっと。
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