藤井聡太 天才はいかに生まれたか (NHK出版新書 532)
- 作者: 松本博文
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2017/10/06
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
- 作者: 松本博文
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2017/10/10
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内容紹介
日本中を熱狂させた少年、その知られざる素顔に迫る!
恐るべき天才が現れた。その少年の名は藤井聡太。史上最年少でプロ棋士になるや否や、デビューから破竹の29連勝を収め、歴代最多連勝記録を更新してのけた。その強さの理由はどこにあるのか? 並外れた集中力の秘密は? 家庭ではどのように育てられてきたのか? 藤井四段本人や親族から棋士・関係者まで、豊富な証言をもとに、天才の知られざる素顔に迫る。
前人未踏のデビューから公式戦29連勝を成し遂げた藤井聡太四段。
この新書は、その藤井四段のこれまでの歩みを周囲の人々への取材をもとにまとめたものです。
まさしく、早熟の天才である藤井四段なのですが、この本を読んでいると、将棋を覚えてから連戦連勝、というわけではなかったんですね。
将棋教室や小学生のときの将棋大会、そして、プロ棋士の養成機関である奨励会でも、藤井四段は、けっこう負けてきたのです。
それでも、師匠や対戦してきた棋士たちの多くが、彼が「天才」であり、将来、タイトルに手が届くような棋士になることを確信していたようです。
そもそも、将棋の世界というのは、勝負に徹底的にこだわる人が多い一方で、どんな強い棋士でも、全戦全勝、というわけにはいかないんですよね。
藤井四段が将棋を覚えたての頃のエピソード。
聡太は五歳の時に将棋に触れ、祖母にはすぐに勝てるようになった。
「最初の頃は単純に、勝つのがうれしかったです」
藤井聡太は、そう回想している。ここは重要なところだ。勝てば面白くなり、熱中して、さらに強くなる。聡太は期せずして、そのサイクルに入ることができたのだ。しかし一般的に将棋は、最初に勝てるようになるまでが大変である。強い家族や友人がいて、負かされて面白くないから、すぐにやめてしまった、という例もよく聞く。
「負けてあげてください」
羽生善治は「子供に将棋を教えるコツ」を尋ねられた際には、そう繰り返し言明している。強い親から、必ずしも強い子が育つとは限らないのが将棋である。逆にいえば、弱くて、子供に負けてしまうような親であっても、それは子供に自信と素晴らしいきっかけを与えている、ということになるだろう。
藤井四段と同じように中学生でプロ棋士となった谷川浩司十七世名人も、著書『中学生棋士』のなかで、早熟の才能を示した中学生棋士たちの親で、「将棋が強かった人」は、渡辺明さんのお父さんくらいだったと仰っています。
僕は自分の子供とゲームをやるときに、「手抜きをしたらバカにしているみたいだし、強い相手として壁になってやらねば!」なんて思っていたのですが、この羽生さんの話を読んで、「失敗したなあ……」と後悔しました。
そうか、負けてあげて、子供に自信をつけてあげたほうがいいのか……
弱い親のほうが、かえって子供のモチベーションを上げる、というのは、何かを教えることの難しさを痛感させられる話です。
また、藤井四段の詰将棋の才能とともに、将棋というのは、数学的な能力が大事なのかな、という印象も受けました。
本に記されている詰将棋を、藤井少年は片っ端から解いていく。そしていつか、驚くほどに速く解けるようになっていた。
「詰将棋を速く解けるのは、棋士の誰もがうらやむ能力です」
と杉本(七段・藤井四段の師匠)は語っている。
長年にわたって子供たちを指導してきた竹内努は、付き添いで来ている保護者を見て、ある共通点に気がついた。子供の対局が終わるのを待っている間に、親はいろいろなことをしている。その中には、数独をやっている親がいる。その親の子には、だいたい将棋の才能を感じるという。竹内の記憶では、藤井の両親がそうだった。
「親がクロスワードパズルをやっているよりも、数独の方が、将棋向きの家庭なのかもしれんね。詰将棋の得意な棋士の親にアンケートを取ってみたら、数独をやっていたって人が多いんじゃないかな」
藤井は幼稚園の時にはすでに、九九を言えるようになっていた。また、四つの数字を、足す、引く、掛ける、割るの四則演算で10にする、「メイクテン」をよく考えた。そうした数理的な素養は、幼い頃から身についていたものだった。
藤井は小二の時に、詰将棋の創作も始めた。自作の問題をノートに記録していた。
僕だったらスマートフォンでソーシャルゲームやSNSをやっていそうなので、クロスワードパズルでも、けっこうインテリな親という感じがするのですけど。
コンピュータ将棋というのは、とにかく終盤に強くて、詰将棋の能力が人間より圧倒的に高いのです。電王戦での人間とコンピュータの戦いの際に、人間側は「序盤にリードをつくり、逃げ切る」のが人間に残された勝ちパターンだと言われていました。
詰将棋に強く、不利な状況でも粘って相手のミスを待てる藤井四段は、人間とコンピュータの「いいとこどり」のような存在のようにも感じます。
藤井の将来の可能性を否定するファンや関係者は、ほとんどいない。しかしデビュー以来無敗の29連勝という、奇跡のような活躍ぶりと、それに伴う過去に例のないほどのフィーバーは、半年前には誰も想像できなかったはずである。
「将棋界はイメージアップのため、先輩たちが八百長で、藤井少年に勝たせているのではないか」
将棋界の外からはそんな口さがない声を耳にすることもあった。しかしこの業界に限っては、そうした発想はどこの誰からも生まれない。それは藤井の29連勝中の棋譜を見ても明らかだ。新人相手に楽に勝たれては自らの沽券に関わる。先輩棋士の誰もが全力で藤井を負かしにいって、この結果である。
将棋界長年のスポンサーである新聞だけでなく、テレビや雑誌、ネットなどでも、藤井の話題が取り上げられない日はなかった。将棋教室に子供や女性が集まり、藤井の関連グッズは飛ぶように売れる。将棋界が構造的に抱えている危うい事情は、根本的にはすべては解消していない。それでも将棋界は斜陽産業どころか、現代を代表する、花形業界のようにも見え始めた。
コンピュータが強くなれば、棋士の存在意義がなくなるのではないか、という疑問に対して、藤井の登場が一つの回答となった。つまり、棋士は尊敬され続け、若き天才は称賛され続ける、ということがわかった。そして盤上に目を向ければ、改めてこのゲームは、喩えようもないほどに面白い。
僕は内心、「29連勝とはいえ、デビュー直後だから、ぬるい相手ばっかりだったのが幸いしたんじゃない?」と思っていたんですよ。
この本で、あの連勝の経過を追っておくと、羽生さんや渡辺明さん、佐藤天彦さんのような現在のトップクラスではないものの、若手の実力者が並んでいますし、辛勝や終盤での逆転勝ちもありました。
藤井四段は、実力はもちろんだけど、運もある人なんだなあ、って。
プロ棋士ばかりを相手にして、29連勝というのは信じがたい記録なのです。
藤井四段の今後が楽しみであるのと同時に、「他の若手もそう簡単には負けるなよ!」と僕は思っています。まあ、簡単に負けてくれるような人たちじゃなさそうですが。
- 作者: 谷川浩司
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
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- 作者: 中村徹,松本博文
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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