- 作者: 竹中千春
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2018/01/20
- メディア: 新書
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内容紹介
暗殺から七〇年。非暴力不服従により社会を民衆の側から変革しようとした、ガンディーの生き方と思想は、いまも汲めど尽きせぬ恵みをもたらす。恐怖と不信に屈すれば真理を見失う。人々の真の自由と独立は、平和を紡ぐ糸車(チャルカ)から生まれる。「マハートマ(偉大なる魂)」と呼ばれた人の生涯を語る、熱き評伝。
知っているようで知らない、ガンディーの生涯。
僕は子供のころ読んだ学習マンガのガンディーの巻で、争うヒンドゥー教徒とイスラム教徒のあいだに割って入り、「憎しみあわないで!」と訴えながら暗殺される場面が忘れられません。
力で相手を屈服させることがあたりまえのこの世界で、「非暴力・不服従」でインド独立を成し遂げた偉人・ガンディー。
アカデミー作品賞を受賞した映画『ガンディー』も観ました。
僕にとっては、自分にはまねできないけれど、尊敬する存在である、マハトマ・ガンディー。
でも、その人生について、映画で観た以上のことを知らないのも事実で、あらためて、この新書を手にとってみたのです。
この本、第二次世界大戦までのガンディーに関しては、実際にやってきたことを淡々と書いているのです。
素っ気なさを感じるくらいに。
ガンディーの生き方は、世界中の人々にインパクトを与えてきた。アメリカ合衆国でアフリカ系の人々の公民権運動を率いたキング牧師が、ガンディーを尊敬し、彼の非暴力的な市民不服従運動に学んだことは有名である。そのキング牧師を慕ったバラク・オバマは、2003年のイラク戦争開戦に反対した唯一の上院議員であり、2008年の大統領選挙ではアフリカ系アメリカ人として初の合衆国大統領に選ばれた。「核なき世界」を訴えてノーベル平和賞を授与されたオバマも、しばしばガンディーの言葉を引用してきた。
振り返れば、世界各地の民主化運動や人権擁護の運動においても、ガンディーの言葉や肖像が使われてきた。旧社会主義国であったポーランドの人々の「連帯」の運動、フィリピンでマルコス大統領の独裁を倒した「黄色い革命」、南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動、スペインのバスクで平和を求める運動など、枚挙にいとまがない。ガンディーが没した後の70年あまり、国境、宗教や民族、時代の違いなどを超えて、人間の自由や平等を訴えるどのような運動にも、ガンディーはインスピレーションを与えてきたと言ってよい。また、ビジネスの世界でも、アップルのスティーブ・ジョブズが、自分の尊敬する人物の一人として、ガンディーを挙げていたことはよく知られる。
高校の世界史の教科書を思い出してみると、ガンディーは、第一次世界大戦後のインド・ナショナリズムが高揚した時代、民衆の運動を率い、大英帝国からのインド独立を導いた偉大な指導者とされている。たいてい1930年の「塩の行進」のときの写真が添えられている。少し猫背で、うつむき加減に歩く、痩せたおじいさん。このおじいさんのどこに、そんなパワーがあったのだろう。どうして、インドの膨大な数の人々が、このおじいさんについて行ったのだろう。
この本を読んでいると、ガンディーの生涯は順風満帆とはいいがたく、弁護士になるために当時のインドの宗主国であったイギリスへ留学したエリートであったにもかかわらず、母国のインドでは仕事がうまくいかず、仕事を求めて渡った南アフリカでようやく成功をおさめることができたのです。
その際、南アフリカでのインド人移民の問題にかかわったのをきっかけに、存在感を増していき、インド国内でのイギリスからの独立問題についての中心的な存在となっていきます。
富裕層出身のエリートでありながら、農民たちの話にもきちんと耳を傾け、暴力を放棄して「非暴力・不服従」を説くガンディーは、農民たちから神のように慕われていたそうです。
それでは、農民たちにとって、ガンディーとはどのような存在だったのか。政府のある報告書には、このような記述がある。
農民たちにとって、ガンディーとは、どこか遠くにいる、西欧の教育を受けた法律家・政治家ではなかった。ガンディーは、マハートマであるとともに、パンディット(ヒンドゥーの学者)であり、ブラーフマンであり、(アラーハバードに住み手織綿布を売る)商人ですらあった。遠く離れた村々にさえ、ガンディーの名前は驚くほど知れ渡っている。ガンディーは何者で誰なのかと、はっきりと知っている人はいないようでも、ガンディーが命じたことは成し遂げられなければならない、ということは、人々の常識となっている。
統合州ゴーラクプル県の非協力運動に加わった農民にとって、ガンディーは神のような存在だったと、歴史研究者のサミール・アミーンは論証した。そこここで、ガンディーの引き起こした「奇跡」の逸話が語られた。ガンディー様に祈れば、枯れたマンゴーの木に花が咲き、涸れ井戸に水が湧く。ソナウラという村では、涸れ井戸にガンディー様の名前を唱えて5ルピーを供えたところ、ゆっくりと水が湧きはじめた、という。
ガンディーという人は、生きながら神格化されていたんですね。
本人の気持ちがどうであったかはさておき。
だからこそ、「塩の行進」もあれだけの影響力を発揮したのです。
ガンディーと仲間たちには、事前に下調べをしてルートを確保し、メディア対策も行うという戦略性もありました。
ガンディーは、無私で争いをおさめるためには自分の命も投げ出す、という純粋さとともに、自分という人間の影響力を客観的に評価する冷静さもあったのです。
ここで、少し時間をさかのぼって経緯を振り返っておこう。たとえば、1924年、ガンディーがイェルヴァダ刑務所に収監されていたとき、インド中央に位置するナーグブルで多数派のヒンドゥー教徒にイスラームの人々が襲われる事件が起こり、まもなく北西辺境州のコフートでは多数派のイスラーム教徒にヒンドゥーの人々が殺害される事件が起こった。まさに「暴力の連鎖」である。
釈放後、ガンディーは事件の調査を指示しつつ、自らはデリーのイスラーム教徒の友人宅に滞在し、いきなり21日間の断食を行うと宣言した。妻のカストゥルパもパテールもネルーも知らされていなかった。虫垂炎の手術を受けたばかりのガンディーが断食をするという知らせは、全国を駆け巡り、心配した多くの人々がガンディーのもとを訪ねた。もしガンディーがイスラーム教徒の家で死ぬようなことがあれば、すべてのイスラーム教徒がヒンドゥー教徒仇討ちされかねない。会議派には、なんとしてでも、ヒンドゥーの過激化を抑える必要があった。結局、イスラームとヒンドゥーの両派を代表する人々が集まり、衰弱してベッドに横たわるガンディーの前で、互いに対立を抑えると誓い、幸いにも事態は収拾に向かった。
ガンディーは、自分の命の「価値」を熟知したうえで、その命を利用して(賭けて、というべきかもしれませんが)、争っている人たちにプレッシャーをかけていたのです。
武器をもって立ち向かってくれば、排除する大義名分ができるし、言葉で批判してくれば、相手の非をあげつらうことも可能です。
でも、「言うことを聞いてくれないと死んじゃうよ」というのは、相手にとっては困惑するというか、厄介だっただろうなあ。
どうでもいい人なら、「勝手にしろ」で済むことでも、民衆から神格化されていたガンディーを「自分のせい」で死なせるわけにはいかない。
晩年のガンディーは、ちょっと性的に異常に思える行動があったり(19歳の孫娘を呼び寄せて説得し、着物をつけずに裸で休み、寝床をともにするという「修行」をやっていたそうです)、イスラームとの和解を説き続けたことに対して、ヒンドゥー教徒から批判を浴びたりしていたそうです。
ヒンドゥー教徒中心のインドから、イスラーム教徒たちが分かれてパキスタンをつくったのですが、両国の抗争は激しさを増すばかり。
ガンディーは1948年にゴードセーというヒンドゥー教右翼の人物によって暗殺されました。
さて、法廷でのゴードセーの弁明には、傍聴人の多くが感激の涙を流したと言われている。それだけ、彼に共感を示す人がいたわけである。ガンディーは間違いの上に間違いを重ねてきたと、ゴードセーは糾弾した。そして、非暴力という誤った思想を説き、ヒンドゥーを犠牲にしてイスラームに力を与えてきた、と。
1946年8月以後、ムスリム連盟の紙幣がヒンドゥーの人々を虐殺したが、総督ウェーヴェルは……レイプ、殺人、強盗を止めなかった。ヒンドゥーの血がベンガルからカラチまで流出したが、ヒンドゥーの側はほとんど報復しなかった。
「国民の父」と呼ばれるガンディーこそ、分離独立を認め、国民を守る義務を果たさず、「パキスタンの父」となったと非難した。そして、法で裁けない相手だからこそ、自分が処刑したのだと、ゴードセーは胸を張って答えた。
ガンディーの非暴力主義は、けっして、万人に支持されていたわけではありませんでした。
ガンディーが属していたはずのヒンドゥー教徒の側には、「なぜ、われわれの側だけが譲歩しなければならないのか」という不満がくすぶっていたのです。こちらのほうが多数派なのに、と。
殴られたら、殴り返してはいけないのか?
暗殺という手段は肯定できないけれど、人って、自分のほうがガマンさせられている、と感じやすいのも事実です。
ガンディーは暗殺されたことによって、当時の政府に美化され、神格化されることになりました。
まだ独立したばかりのインドには、国民の心をひとつにする「象徴」が必要だったのです。
ガンディーは後世、どんどん神格化されていったけれど、同じ時代には、「もどかしさ」を感じていた人もたくさんいたのです。
人は争いに疲れると、ガンディーのことを思い出すけれど、ずっとガンディーの精神を持ち続けることは、とても難しい。
そんなことを、あらためて考えずにはいられませんでした。
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