琥珀色の戯言

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【読書感想】ウドウロク ☆☆☆☆

ウドウロク (新潮文庫 う 25-1)

ウドウロク (新潮文庫 う 25-1)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
49歳独身。職業・アナウンサー。これまで、いろいろなことがありました。たくさんの人と出会い、多くの言葉をもらってきました。そんなこんなを好きなように書いた本です。自他ともに認めるクロい部分も、ちょっとだけ残っているシロい部分も詰まっています。―人気アナウンサー初の書き下ろし本、待望の文庫化!「人生で一番悩んだ決断」にいたった経緯と本心も、初めて明かしています。文庫版書き下ろしエッセイ「大人になってからの失恋」収録!


 2018年3月にNHKを退社した有働由美子さん。
 マツコ・デラックスさんと同じ事務所に入ったことも話題になりました。
 ほぼ同世代の僕としては、有働さんが「現場で仕事を続けること」を望んだ気持ちはわかるような気もしますし、その一方で、「後進に道を譲らなくては」という意識もあったことも理解できます。
 その結果が『あさイチ』降板とNHK退社という選択になったのでしょう。
 僕は有働さんの声が好きで、あの声を聞いていると、なんだか落ち着くんですよね。


 その有働さんが、2014年に上梓したエッセイ集に書き下ろし分を加えたり、現在では考えが変わったりした内容について削除・修正したりして文庫化されたものです。


 有働さんは、このエッセイ集を書くときに、「好きなことを好きなように書いていただいて良いのですが、『わき汗』については、ぜひ」とリクエストされたそうです。

 わき汗アナになったきっかけは、こうだった。
 私が担当している「あさイチ」(NHK総合 平日8時15分〜の生活情報番組)では、視聴者から同じない要のファックスやメールが十通以上来たら、それがどんなご意見であれ、個人攻撃などでない場合は番組内で紹介しようと決めている。
 ある日のこと。その日、私は水色のブラウスを着ていた。
 いつものように番組を進行していたら、担当デスクが申し訳なさそうに持ってきたファックスの束があった。
「同じ内容が二十通以上来ています。さらに今も来続けています」
 それと同時ん、ドライヤーを持った衣装さんが走ってきて、スタジオでぶんぶんとドライヤーの冷風を私にあてはじめた。
 もちろん脇の下に、である。


 ファックスの内容は、
「きゃ〜有働さん、わき汗が! スタッフの誰か教えてあげて!」
 という母親目線のありがたいものから、
「有働さん、ホットフラッシュかも。わき汗がひどいです。気付いてますか?」
 という同世代ならではの医学的アドバイスもあったが、極めつきが、
「有働さんのわき汗は、見ていられません。治療してもらえばいいのに。同じ女性として、平気でわき汗を見せているのが信じられません」
「放送人として見苦しい、同じ女性として恥ずかしい」
 というものだった。


 衝撃だった。
 わき汗が、こんなに人々に忌み嫌われているものだとは、正直知らなかった。確かに額や頬をつたう汗とは違うけれど、そんなに恥じるものとは、思ったことがなかった。


 僕も、この話がネットで話題になるまで、「わき汗」というものを意識したことがなかったんですよね。暑かったり、緊張していたりすれば汗をかくのは当たり前のことだろう、と。異常な発汗があれば、体調を気にするかもしれないけれど。
 世の中には「わき汗」をこんなに気にする人たちがいるのか……

 自分がかかわっている番組ながらなんだが、「あさイチ」は、転んでもただでは起きない恐ろしい番組である。
 すぐにかわいい顔したディレクターがおずおずと私の席にやってきて、
「あの〜有働さん、実は、あのですね、あれだけ関心が高いということが分かったので、あれで特集しようと思ってるんですよ〜。あれで。いいですかねえ、わき汗」
 と、許可を取りに来た体を装って、決定事項を報告に来た。
 そして、実際に放送になったわき汗特集では、専門家が、
「わき汗は他の汗とは違って、緊張したりストレスを感じたりするときに反応する汗腺からもでるので、言ってみれば、わき汗をかきやすい人というのは、気遣いのできる優しい人だということが言えます」
 と、断言してくださったおかげで、番組内では、わき汗が微妙ながらも市民権を得ることになった。
 その後、日本中の女性から励ましのお手紙をもらった。
 わき汗で悩んでいる方からは、会社に行くのも苦痛になってしまうほど悩んでいたのだが、有働さんもだと知って勇気をもらったというお便りや、「これで私は治りました」的な飲み薬や、塗り薬、貼り薬、下着も送っていただいた。
 日本語の勉強のために海外でNHKを見ているという韓国や台湾の方からも、送っていただいた。日本語を勉強するために見てくださっているのに、わき汗のことなんかで気をそらせてしまって、申しわけない。


 「わき汗」って、会社に行くのがイヤになるほど悩むものなのか……
 こういうのって、情報が共有されていないばかりに、ひとりで悩んで、実像以上に苦しんでしまうことが多いような気がします。
 有働さんのおかげで、こうして話題になったことで、「わき汗」も語ることが許されるようになった、という面はあるのです。
 有働さんだったから、みんな率直に話しやすかったのではなかろうか。


 人前に立つ、目立つ職業であるようにみえるアナウンサーの私生活についても、有働さんはけっこう書いておられるんですよね。

 雨が今にも降らんとしている夕方五時半ごろ。その日のレジは、いつも以上に混雑していた。
 私はいつものように一口サイズのチーズと塩辛、豆腐、納豆、ねぎ、あとシュークリームを一つかごに入れて並び、
「お願いですから、このレジの人が手際のよい人でありますように」
 と、祈りながら待っていた。
 レジまであと六人、あと五人……しても意味がないカウントダウンをついしてしまう。
 じっと数えながら待っていると、後ろに並んでいた小学生の女の子が、何のくったくもない声で言った。
「おかあさん、この人のかごはさびしいね」


 ……。
 えっと……。
 あ、でも私は全然気にしない。していないから、お願い、お母さんフォローとかしないでくださいね。もっとみじめになりますから。
 と、これまた祈りながら何秒かを身を固くして待った。
 お母さんが言った。
「そんなかわいそうな人のかごの中とか、見てはだめ」
 と。


 このお母さんもひどいよね、言葉の選択を間違っただけなのかもしれないけれど。
 有働さんも番組のなかで、「素直というか、聞いていてちょっとハラハラするような言葉」が出てしまう人ではあります。
 ただ、「かわいそう」は、思っていないと出てこないような気がするし、「中年がひとりで(あるいはひとり分を)スーパーで買い物すること」=「かわいそう」という価値観の人は、少なからず存在しているのだろうな、とも感じるんですよね。
 どんなに立派な仕事をしている人に対しても、「あの人は独身だから」「子どもがいないから」人生が満たされていない、と言いたがる外野は少なくないのです。
 有働さんは、黙って支払いを済ませて、そのレジからいちばん離れたカウンターで買い物袋に商品を詰めたそうです。まあ、そうするしかないよね。


 ニューヨークでの特派員時代の話。

 印象深い言葉があった。
 別の友人の一人にウォールストリートで働く、まさに金融界でのし上がろうとしているアメリカ人の男性がいた。
「ユミコ、”ride the wave”って知っているか?」
 と、聞いてきた。
「人はみな、人生という波に乗っている。その波はどんどん高くなり、そしてある時点から下がっていく。
 問題なのは、普通の人たちは、自分の波が、いまどうなっているのか分かっていないことだ。波が高くなっていく途中なのか、いまがピークなのか、把握していない。
 そして、うまくいっているときには、この高い波はずっと続くんだと考える。高い波は長くは続かない、なんて思いもよらないんだ。
 そして気が付いたときには、その波はどんどん下がっている。もう一度高い波に乗るには、また一から乗りなおさなくてはいけない。
 でも、僕ら成功する人間は違う。波の一番高いところで、次の波にぽんと飛び移るんだ。その必要性が分かっているし、それだけの実力がある。そうしていくつもの波を渡り歩き、永遠に高いところにいるのさ」
 それを聞いたときに、は〜、さすが生き馬の目を抜くNY、勝ち組ってそんなこと考えているんだ、と思った。
 

 その話を、ジルにした。
 私は得意げに、さすがウォールストリートだと思わない? ジルも、有名人のレコードジャケットを撮り続けて波に乗り続けたらいいのに、と。
 するとジルは、めちゃくちゃに優しい笑顔を浮かべて、こう言った。
「ユミコの言ってることはわかる。でもね、波の高いところから落ちるとき、落ちきってしまったら、そのときどきの景色を味わえるというのは、人生にとって面白く、まったく幸せなことだ。
 仮にそれが苦しみであったり、焦りであったりしたとしても、高いところの景色ばかりを、落ちないように落ちないように気をつけながら見るよりも、楽しそうだと思わないか?
 いいときにはいいときの、悪いときには悪いときの景色を味わえばいいのだ。
 私なら、落ちていく波に乗る方を選ぶね」
 と。
 そんなことを、さらりと語ってくれる友人だった。


 有働さんは、率直な人ではあるのです。
 でも、言いたい放題だから支持されているわけではない。
 NY特派員時代に英語を身につけるための努力や番組に対する向きあいかたなど、向上心を持ち続け、「人に何かをうまく伝えるための試行錯誤」を続けている人なのです。
 「有働由美子というキャラクター」を意識して演じているところもあるのかな、という気もするんですよね。
 

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