琥珀色の戯言

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【読書感想】安楽死を遂げるまで ☆☆☆☆

安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで


Kindle版もあります。

安楽死を遂げるまで

安楽死を遂げるまで

内容(「BOOK」データベースより)
安楽死、それはスイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクアメリカの一部の州、カナダで認められる医療行為である。超高齢社会を迎えた日本でも、昨今、容認論が高まりつつある。しかし、実態が伝えられることは少ない。安らかに死ぬ―。本当に字義通りの逝き方なのか。患者たちはどのような痛みや苦しみを抱え、自ら死を選ぶのか。遺された家族はどう思うか。79歳の認知症男性や難病を背負う12歳の少女、49歳の躁鬱病男性。彼らが死に至った過程を辿るほか、スイスの自殺幇助団体に登録する日本人や、「安楽死事件」で罪に問われた日本人医師らを訪ねた。当初、安楽死に懐疑的だった筆者は、どのような「理想の死」を見つけ出すか。


 僕自身は、安楽死に対しては「反対というより、積極的にやろうとは思えない」というのが正直なところなのです。
 著者が世界各地で「安楽死」(あるいは「尊厳死」)に関わっている人たちに取材したものを読むと、人の考え方というのは、環境や個人的な経験強く影響されるもので、実際に海外でそれを行っている人たちにも、迷いながらやっているのだな、と痛感しました。


 著者がこの取材をはじめるきっかけとなったスイスの自殺幇助団体ライフサークル代表・エリカ・プライシックさんは、お父さんの死をきっかけに、この活動をはじめたそうです。
 7人の子供を男手一つで育て上げたお父さんは、77歳のときに脳出血で倒れ、その後遺症で右腕と右足の自由を失ってしまいました。
 その後、二度の脳卒中を発症し、会話もできない、寝たきりの状態になったお父さんは、寝床で服薬自殺を図り、その現場をプライシックさんは目撃したのです。

<人は、ここまでして生きる必要があるのでしょうか。なぜ死にたくても、死ぬことができないのでしょうか>
 医師ならば、父親を生かさなくてはならない。そんな矛盾する思いとジレンマを乗り越えた末、会員登録すれば、自殺幇助の申請が即可能なディグニタスに問い合わせた。2005年5月、彼女がついに、もう旅立ちたいという父の願いを聞き入れた時、涙が止まらなかった。その日は、暴風雨だったという。
<今日は大切な日よ。自分で決めたんですものね>
 そう語る彼女の手を、父は優しく握った。彼女は、涙を隠そうと朝食の用意を始めた。馬好きだった父は、白い馬が失踪する絵の入ったクッションを頭の下に挟み、ソファに腰掛けた。彼女をはじめ、ディグニタスのスタッフが立ち会う中、致死薬を口に流し込んだ。彼は、最期の眠りにつく前に、「ワイン!」と声を上げた。苦い薬で人生を終えるのではなく、大好物の赤ワインを一口啜って息を引き取ったのだ。
<私はしばらく、父の死を整理できず、不安な気持ちで一杯でした。でも、幸せな死だったと改めて感じるようになると、家族も納得できるなら自殺幇助は間違っていないのではないか、と思うようになりました>
 以来、彼女はディグニタスのスタッフとして、2011年までの6年間、様々な病を患う各国の安楽死希望者を時には海外出張で診察し、団体の規定に反していないと判断した患者についてはスイスで自殺幇助を行ってきた。2011年にライフサークルを設立。私たちが知り合うまでの4年間で、彼女の手により、国内外の患者150人が自ら希望した死を遂げるに至った。


 この本を読むと、「安楽死」とされる行為にも、医者が致死薬を注射する(積極的)安楽死が許されている国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ)と、致死薬が入った点滴をセットするまでの準備はするが、その点滴のストッパーは患者自身が解除するという「自殺補助」までは許されている国(スイス)、癌の終末期患者(余命1~2週間程度)に薬を投与し、痛みを抑えて人工的に昏睡状態にして、死に向かわせる「セデーション」(スイスではこれも可能。フランスでも最近認められた)など、さまざまな他者の関与のしかたがあるのがわかります。
 

 プライシックさんは、自殺幇助のほうが、家族や友人にちゃんと別れを告げられるし、患者も家族も納得できて良い別れになるのではないか、と基本的には考えているようです。
 ただし、この本を読んでいると、「安楽死」というのは、けっして「死にたいという人を無差別に死なせる」ような行為ではなくて、病状や本人の意思などを何度も確認し、他の手段での改善が期待できず、本人が本当にそれを望んでいる場合に限られている」ということもわかります。
 法的に許されているからといって、致死薬を注射する側にとっては、良心の呵責にさいなまれることもあるのです。

 なぜ、スイスでは自殺幇助が許されるのか。
「それは、人が自分の生死を決定することは、ヒューマンライツ(人権)の枠に入るとされているからではないでしょうか。他の国では、個人が人生の結末を決めることができないこと自体、私には不思議でなりません。
 しかし、彼女の考え方を法的に容認するのは、世界基準からすると、ほんの数ヵ国に過ぎない。むしろ異端だ。英国の主要紙は、彼女の自殺幇助をバッシングし、患者が「殺された」という表現を多用する。
「ある英国人癌患者の自殺幇助を行う2日前、サンデータイムズ(英紙)は、『老いを恐れて死を決意』との見出しを打ちました。私が、病気を持たない人々も幇助しているかのように、読者は思ったでしょう」
 以来、ブライシックは、メディア取材の対応に敏感になっているのだと、私に話した。どのメディアも誤った記事を掲載し、彼女を「殺し屋」と決めつける取材が多かったという。後々、取材を受けたことを後悔するばかりで、メディアに嫌気がさしていた。


 著者は、実際に安楽死を遂げる前日の患者さんと話をしたり、その瞬間に立ち会ったりもしています。
 痛かったり辛かったりするのはわかるけれど、そうやって人と話ができるような状態の時点で、死ななくてもいいのに、とは思うんですよ。
 でも、彼らは、「自分で自分の死にかたをコントロールして、ちゃんと周りの人にお別れを言って死にたい」という強い意志を持っている。
「自分の人生の終わりを自分で決められるのも『人権』のひとつなのだ」という考えを持っている人と、「人の命というものは、その人だけのものではない、人は『生かされている』のだ」と認識している人と、どちらが正しいか、決めることができるのだろうか。


 著者は「安楽死の現場」に立ち会い、それが「安易な殺人」ではないことを実感しながらも、それを完全には受け入れられない自分の感情を発見することになったのです。
 長く日本から離れて、海外で生活をしてきて、価値観も「西欧寄り」であったはずなのに。

 私は、安楽死を選び人々の共通点と、その因果関係が気になり出してもいた。彼らには子供がいないことが多い。つまり子供がいたら、安楽死を選ばない可能性がある。人間は血を分けた家族の感情意見を尊重する傾向があるということなのか、欧米諸国では個人の死ぬ権利が強調されるが、安楽死を選ぶ背景に、人権とは別の側面が見えてくる。
 さらに私は、もう一つ別の共通項があることに気づき始めていた。それは「意志の固い人」、別の言い方が許されるのであれば、「利己主義的な人」だったと考える。私は個人的には利己主義者が嫌いではない。だから、否定的な意味でそう言うのではない。


 「安楽死が認められている国」でも、その運用についてはまだ問題点が多く、「回復の見込みがない」ということで、認知症精神疾患も対象にすることの是非、あるいは、新しい治療法ができて、治るようになる可能性もあるのに、死なせてしまっても良いのか、という論議は続いています。
 患者さんによっては、「いつでも自分の意志で死ぬことができる」ということが「救い」になって、自然死するまで生きられる、という人もいて、人間というのは本当に千差万別だよなあ、と考え込まずにはいられないのです。


 著者は、日本で起こった「安楽死事件」の関係者たちにも取材をしています。十分に話を聞くことができた例もあれば、そうでなかったこともあったようですが、現場の人間である僕としては、「少なくとも、今の日本では『安楽死』に医者として関わるのはリスクが高すぎる」と感じました。


1991年4月に起こった「東海大学安楽死事件」では、2年半の公判が行われました。結局、「患者本人の意思が欠落している」ということで、担当医には懲役2年、執行猶予2年の有罪判決が出ています。

 桂(仮名:亡くなった患者さん)の長男・隆之(仮名)は、母親と共に、父親がベッドの上で、もがき苦しむ姿を見ていた。「父を早く楽にしてほしい」「早く家に連れて帰りたい」などと、担当医に何度も懇願したとも報じられている。担当医を罪に問うなら隆之らも殺人教唆罪に当たる可能性もあったが、1992年11月に行われた第3回公判で、隆之はこう証言した。
「あの日、担当医に『父を早く楽にしてください』と言った覚えはありません」
 遺族は、担当医の医療行為が、死に直結するという認識がなかったと主張した。しかし、検察側の冒頭陳述によると、患者の死を確認した担当医が「ご臨終です」と言った際、隆之は「お世話になりました」と言って頭を下げたという。この食い違いは何を意味するのか。はっきりしているのは桂の死亡直後、医師と遺族の間に何の摩擦も起きていなかったことだ。
 事件発生から裁判に至るまで、様々な批判を浴び続けたが、担当医を守る者は、ついぞ現れなかった。病院側も一部の同僚を除けば、組織防衛に走った印象を抱かせる。マスコミや検察はもちろんのこと、遺族からも突き放された。


 こういう状況では、医療関係者としては、積極的に「安楽死」に関わるどころか、問題提起をすることさえリスクがあると考えるようになりますよね。
 もちろん、そう簡単に認めてしまうわけにはいかない、悪用されるおそれもある、というのも理解はできる。


 「安楽死」について知りたい、考えてみたい、という人は、一度読んでおくべき本だと思います。
 僕も「本場」ではこんな感じなのか……という驚きとともに、自分の死生観を問い直されたような気がするのです。
 結局は、そのときになってみないとわからないし、考えてもしょうがない、というのが、僕自身の現在なのですけど。


安楽死のできる国(新潮新書)

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