琥珀色の戯言

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【読書感想】デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
アメリカの大統領選挙やイギリスEU離脱国民投票では、私たちが無意識のうちに提供している多くの個人情報が選挙キャンペーンや世論形成に利用された。嘘を混ぜたプロパガンダや個人の不安に直接訴える「マイクロ宣伝」といった、巧妙なサイバー戦略は、近い将来行われるであろう日本の国民投票でも使われるのは間違いない。これらによって醸成されたポピュリズムに私たちはどう抗うのか。欧米での徹底的な取材からデジタル時代の民主主義を考える。


 インターネット時代の「民主主義」は、どうなっていくのか?
 投票所まで出向かなくても良くなるし、ネットでさまざまな意見を検討したうえで投票できるのだから、大きな進歩がみられるはず、だったのですが……


 ネット時代は、ビッグデータの時代でもあります。
 われわれは、自分が検索しているつもりだけれど、その裏では、われわれが何を検索しているか、というデータが集積され、マーケティングに活かされているのです。
 また、こういう書き方だと「賛成」してくれるユーザーが多い、というような比較実験が、つねに行われています。

 ネット上の行動から集められた情報が、どのように使われているか、ある例を見てみよう。
 すでに多くの航空会社は、利用者の過去の購入履歴、ネット行動やブラウザー履歴などから独自開発した人工知能(AI)の「ボット(bot=自動化されたアプリケーション)」で料金を提示しているという。
 たとえば、利用者が何回も閲覧しているうちに、ボットが「これはきっと、購入しようと思っている」と判断し、少し高めの価格を提示したりする。一方、利用者は「前に見たときは安めだったけれど、仕方ない」としぶしぶ買うかもしれない。
 これは「このぐらいであれば払うだろう」という価格が利用者ごとに個別に設定されてしまうネット上の「価格個別化」である。つまり、ブラウザー履歴からすると何回も価格のサイトを見ているので、「この消費者はどうしても買いたがっている」と判断され、「やや高めの価格であっても買うだろう」と「価格が予測」される。これは消費者にとって有利にならず、サービス提供者や商品を売る側が有利となる。
 価格がどう決定されるか、アルゴリズムがどうプログラムされ、どの情報からどのように決定されるかの詳細は、消費者には一切知らされない。むろん、法外な値段を押しつけることはできないかもしれないが、少しずつ価格を変えれば消費者は気がつかないかもしれない。 
 売る側は、同じ消費者が長年、繰り返し購入してくれた場合の「消費者の生涯価値」をアルゴリズムで計算、予測しているといわれる。そこでたとえばスーパーマーケットであれば、過去の購買記録や行動で、購買活動を予測し、時々、クーポン券や優待券などと送り、「得した気分」を助長することで、引き続き同じ店やウェブサイトで購入し続けるように誘導するだろう。
 このような「価格の個別化」が、顧客の購買意欲に応じて価格を変えて収益をあげる「ダイナミックプライシング」である。


 著者は、この「ダイナミックプライシング」が一般化すると、「定価がなくなる」と予想しています。
 それぞれの人に合った価格がカスタマイズされ、提示されるようになるのです。
 もちろん、売る側は「顧客が購入してくれるなかで、いちばん高い価格」に設定してくるはず。
 

 まあ、それはそれで、合理的だと言えなくもないのですが、同じようなテクニックが、選挙での投票行動についても応用されているのです。
 アメリカの大統領選の場合には、最初から共和党民主党がそれぞれ圧倒的に有利な州というのがあって、勝負は、それ以外のスイング・ステート(swing state:共和党民主党の勢力が拮抗しており、選挙のたびに勝つ党が変わる州)をいかに取り込むかにかかっています。

 CA(ケンブリッジ・アナリティカ)社のマット・オスコヴスキーはユーチューブ上で見ることができるCBSのテレビ番組(2016年10月11日付)でこうコメントしている。
「我々は、特に不満をもっている人が多いと見られる地方に住む白人男性をターゲットにした。また、ヒスパニックの有権者については多くが民主党に入れるのではないかと思われていたが、フロリダでは有権者は二派に分かれていた。それらの人たちにはマイクロターゲット広告が有効だった」
 マイクロターゲット広告とは、有権者のパーソナリティに応じてニュアンスや広告のタイプを変える、言い換えれば「個別化されたプロパガンダ」のようなものである。
 統計上は同じ州の同じような閑静な郊外に住み、同じタイプの車に乗っているが、性格が違う二人の有権者がいるとする。彼らがどのような不安をもっているか、どういう問題を抱えているか、主義・主張をもたないで懐柔されやすいか、などの心理分析データに応じて、選挙キャンペーンの方法を変えるというものだ。
 たとえば、政府による銃規制に不安をもっている40代の父親には、「父から息子へ」と題して夕暮れの野原で射撃練習をする親子の映像を用い、トランプ候補が当選すれば必ず銃所有の権利を守ってくれるという広告を送る。また、空き巣に対する不安を抱いている30代のシングル女性には、窓が割られた住宅の写真を添え、トランプ候補であれば、治安改善に最善の努力を尽くすという広告を送る。たとえ夫婦であっても、心理分析の結果次第で別のタイプの広告をそれぞれのソーシャルメディアへ送るという。
フェイスブックビジネス」というサイトでは、広告主へ向けて、どのように広告を個別化して標的とするグループに表示されるようにするか、事細かに説明している。
 たとえば、「カスタムオーディエンス」と呼ばれるツールで、ある支持者グループのリストに含まれたユーザーを検索し、特定のグループだけに広告を届けることができる。また、「ルックアライクオーディエンス」というツールは、似た趣味や特徴をもつ人々を検索し、それに合った広告を送ることができる。


 大量のテレビCMをやれば、より多くの人にメッセージを届けることはできるけれど、どちらかに心を決めている人や、そのCMでは効果が乏しい人たちも対象になってしまうので、ロスが大きくなります。
 それに比べて、マイクロターゲット広告では、よりピンポイントに、効果的な広告を送ることができるようになっているのです。本人には、それが「自分を目標に調整された広告」だとは知らせずに。
 トランプ大統領の誕生には、この「広告の進化」が大きかったといわれています。


 SNSでの「個人の好みの可視化」と「その人が好きなニュースが選ばれて配信されること」により、新たな断絶も生み出されているのです。

『ガーディアン紙』が、保守層とリベラル層それぞれに、読んでいるニュースを交換してもらうという試みを行った。
 ある保守層の読者は、「クリントンを褒める記事を見たことがあまりなかったので、肯定的な記事があることさえ知らなかった」と言い、リベラル層の読者は、「妄想に苦しむ人たちばかりがいる部屋に監禁されているような気分だった」と言った。
 毎日のニュースをフェイスブックに全面的に頼っているというある民主党の支持者は、「ソーシャルメディアは、極左と極右のセンセーショナルなニュースを集めている。もっと自発的に上質のニュース記事を選ぶべきかもしれない」、「両派の記事を見るといかに分極してしまったかがよくわかった。ソーシャルメディアのおかげで大学時代にそれほど仲良くなかった”友人”となんとなくつながっていたような感じだったけれど、これだけ分極化した大衆をつくりあげてしまうのであれば、アクセスしないほうがいいのかもしれない」と語った。


 著者は、この本のなかで、ずっと親しくつきあってきたけれど、SNSフェイクニュースばかり薦めているのをみて、しだいに疎遠になってしまったという人のことも紹介しています。
 これまでの時代は、「政治的スタンスはともかく、隣人として(表面上だけでも)うまく付き合ってきた」人たちも、SNSでの言動に耐えられなくなる、というケースは少なくないようです。
 いろんなものが「可視化」された世界だからこそ、生まれる断絶もある。


 インターネット社会の民主主義について、さまざまな知見をもたらしてくれる本だと思います。
 これはもう、アメリカだけの話ではないのです。


ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白

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