- 作者: 磯田道史,倉本一宏,フレデリック・クレインス,呉座勇一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/08/22
- メディア: 新書
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内容紹介
歴史書ブームの立役者が集まった!
日本史の風雲児たちによる白熱の討論!民衆はいつも戦乱の被害者なのか?
白村江の戦い、応仁の乱、大坂の陣、禁門の変……
民衆はいかにサバイバルしたのか? 戦乱はチャンスだったのか?
『京都ぎらい』の井上章一氏も交え、国際日本文化研究センター(日文研)の人気学者たちが、
英雄中心の歴史とは異なる、民衆を主語とした日本史を描き出す。・日本史上最大の敗戦、白村江の戦いの知られざる真相
・一揆は「反権力」、足軽は「権力の手先」なのか?
・大坂の陣とアントワープの大虐殺、その相違点は?
・維新後の京都復興を遅らせた金融システムの破綻
・町家を壊しても、祇園祭を守った戦時体制とは?
・略奪はいつ始まったのか?
・民衆の被害に国家は関心を持っていたか……話題沸騰の日文研シンポジウム「日本史の戦乱と民衆」に、後日おこなわれた座談会を加えた、待望の新書化!
『武士の家計簿』の磯田道史さん、『応仁の乱』の呉座勇一さんなど、「新書時代の歴史研究者」の代表格の面々による「戦乱のなかでの民衆」に関するシンポジウムをまとめたものと、後日行われた対談を収録したものです。
正直、著者が多い分だけ、それぞれのキャラクターや主張は薄まっているような印象がありますし、シンポジウムの内容も、ダイジェスト版という感じで、「もうちょっと詳しく読みたい」とは思ったんですよ。
でも、さまざまな時代の専門家が集まっていることによって、歴史の「時代による変遷の比較」ができるという面白さもありました。
ベストセラー『応仁の乱』の著者である呉座勇気一さんは、京都で起こった土一揆の数を表にしておられます。
この表を見ると、1454年の土一揆以後、1466年まで一揆はかなり頻繁に起きています。長くて三年、短いときには一年間隔で一揆が京都を襲っています。しかし1466年を最後に、しばらく一揆はなりを潜め、京都では一揆の活動は見られなくなります。そして1480年代になってから、再び京都での一揆が復活していることがわかると思います。
なぜ、こうしたことが起きたのでしょう。飢饉がなくなったのか、政治が良くなって民衆の不満が解消されたのかというと、どうもそうではない。飢饉はあいかわらず続いていて、民衆の暮らしは苦しかった。ではなぜ、土一揆はいったん途絶えたのか。
この時期に何があったのか。そう、応仁の乱です。1467年に勃発した応仁の乱は、1477年まで続きました。その間、土一揆は姿を消していたのです。
一方、応仁の乱の戦場にはほとんどならなかった奈良では、乱中に土一揆が発生しています。
そこから見えてくるのは、それまで土一揆を起こしていた人たちが、応仁の乱が起きたために足軽になった、だから土一揆がなくなったという事実です。それ以外に考えられません。生活苦から土一揆に参加して京都で略奪をおこなっていた人たちが、応仁の乱が起きたので、今度は足軽として略奪をおこなっていたわけです。
土一揆と足軽とは、地続きの存在だったことがおわかりいただけるでしょう。
従来の研究では、一気は権力と戦う「反権力」の存在とされていました。一方で、足軽は大名の手下なわけですから「権力の手先」と位置付けられてきました。そのため、おおざっぱに言えば、土一揆は高く評価され、足軽の評価は低かったのです。
ところがその両者は、じつは同じ人がやっている。実態としてもやっていることは略奪ですから、同じことをやっているというわけです。したがって、「土一揆はすばらしく、足軽はけしからん」という論は、まったく成り立たないものなのです。
そこから見えてくるのは、民衆が必ずしも反権力の動きをしていたわけではないという事実です。民衆は、その時の状況に応じて反権力的な動きをみせることもあれば、権力の手先として動くこともあった。飢餓や戦乱が頻発する時代には民衆は生き延びることに必死て、生きるためには手段を選ばなかった。それが足軽や土一揆という存在を通して見えてきた、歴史の事実だと思います。
同じ人が同じようなことをやっていても、歴史家の「歴史観」によって、「反権力」とか「権力の手先」だと解釈されてしまうことがあるのです。
歴史上、起こったことはひとつだけのはずだけれど、それを見る人や時代によって、正しいことだと賞賛されたり、間違っていると糾弾されたりする。
とはいえ、ナチスのホロコーストが、これからの歴史上のどこかで正当化される、というような想像はしたくないのですが。
「足軽と土一揆」にしても、民衆にとっては、自分が生き延びるための時勢にあわせた手段でしかなかったのだと思われます。
でも、歴史を研究する人たちは、長年、自分のイデオロギーを反映させ続けてきたのです。
それは専門家だけの話ではなくて、ある歴史上の人物がNHKの大河ドラマの主要人物として好意的に描かれることによって、大きく好感度を上げるのは、よくある話ではありますよね。
磯田道史さんは、元治元年(1864)に起きた禁門の変(蛤御門の変)についての講演のなかで、こんな話をされています。
御所に攻め寄せたのは長州藩ですが、火をつけたのは会津と彦根であると書いてあります。もちろん、それが事実かどうかはわかりません。少なくとも、当時の京都の民衆はそう思っていたということなのです。一次史料の記述だから正しいわけではない。
歴史研究者が同時代史料を重視するのは当然なのですが、同時代の一次史料にこだわりすぎる傾向もあります。一次史料を絶対視し過ぎるということで、私は「同時代病」などと呼んでいます。プロの研究者よりも、それをめざす人やプロの研究者になりたい人にありがちです。一次史料を信仰するあまり、かえって史実を誤認することもあります。しかし実際には、同じ時代を生きた人の証言であれば、のちにその当時を回想して語った記録の方が同時代史料よりも事実を語っているということもあります。
磯田さんは、自ら古書店などで古文書を発掘し、読み込んでおられるのですが、そういう経験をもとに、「リアルタイムの証言は重要ではあるけれど、噂や誤解が混じってしまうことも多くて、用心しなくてはならない」と仰っているのです。
新聞やテレビといったマスメディアも、インターネットもない時代ですから、民衆が知り得るニュースの範囲は、ごく限られたものなのが当然ですし。
時間が経つことによって、全体像がわかったり、客観視できるようにもなります。
倉本一宏さんは、この本の後半に収録されている対談で、こんな話をされています。
倉本:歴史を学ぶ意味などと言うと、よく「歴史に学ぶ会社経営術」みたいな物言いを見かけます。私はそういったものはまったく信用していません(笑)。歴史学なんてものは基本的に信用できない。信用できるならば、人はこんなに愚かなわけがない。日本でいうと、二千年も歴史をずっとくりかえしてきて、それでも同じ過ちを重ねてきた。そしてこれからも過ちをくりかえすに違いない。近代だけ見ても、十年おきくらいに同じ失敗をくりかえしている。となると、歴史から学ぶ教訓がもしあるとするならば、人は歴史から学ばないということ、そして人は同じ過ちを何度でもくりかえすということではないかと思います。それは国家においてもそうだし、個々人においてもそうでしょう。
ただし、その教訓を知っているかどうかは、決して小さな問題ではありません。人は愚かな過ちをくりかえすものだということを知らずに、ただ過ちをくりかえす人もいる。それよりは、歴史を通じてその事実を学んだ方がまだましです。そう思って歴史を学んできました。
私の師匠の土田直鎮という人の口癖は、「わからないものは、わからない」というものでした。これは大事な指摘だと思います。私たちはさまざまな史料を読み込んで、さまざまな視点から分析しますが、それはつまり、「ここまではわかる」「ここからはわからない」という線引きをすることなのです。それが歴史家の仕事なのではないか。「わからないこと」を無理やりわかったことにするのは、もはや学問ではありません。そうなると、民衆がどう戦乱に対応するかといったことを考える場合も、わからないことはあります。だからこそ、学び、多角的に考えるわけです。
日本人の悪い癖だと思いますが、現代の日本を知るためには、近代以降の歴史だけ見ていればよいという風潮があります。しかし、それはあまりに視野が狭い。民衆と戦乱の関係ひとつ見ても、わからないことだらけです。古代も中世も近世も、あらゆる時代を通じて日本人がいかに戦乱に対応してきたかを意識することで、はじめて現代の意味がわかる。私はそう思っています。
戦乱のなかで、民衆はどう生きてきたのか、という問いに対して、歴史ドラマでは「戦乱で疲弊し、苦しむ民衆の姿」や「民衆のために平和を願う戦国武将」などが描かれることが多いのです。
しかしながら、史料にあたってみると、民衆の中には戦争のなかで火事場泥棒のようなことをやったり、商売をはじめたりして、「一山当てよう」という、「戦争をチャンスとみなす人々」も存在しています。
もちろん、大部分の民衆にとって、戦乱というのは望ましいものではなかったのでしょうけど、ただ翻弄され続けていただけではない、というのも歴史の真実のようなのです。
- 作者: 磯田道史
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