- 作者: 金子達仁
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2017/12/13
- メディア: 単行本
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- 作者: 金子達仁
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2017/12/12
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内容紹介
時を遡ること20年前の1997年10月11日、総合格闘技イベント「PRIDE.1」で実現した「最強プロレスラー」高田延彦対「400戦無敗の男」ヒクソン・グレイシー。日本の総合格闘技の礎を築いたと言っても過言ではないこの世紀の一戦は、いかにして実現し、その舞台裏では何が起こっていたのか。高田延彦、ヒクソン・グレイシー、榊原信行を筆頭とする関係者への延べ50時間以上に渡るロングインタビューをもとに、ノンフィクション作家の金子達仁氏が、その知られざる物語を書籍化。20年の時を経たいま、初めて明らかにされるその真実とは――。
高田延彦対「400戦無敗の男」ヒクソン・グレイシーの伝説の試合の舞台裏を描いたノンフィクション。
僕もこの試合、けっこう楽しみにしていた記憶があるのですが、その半分は、「マスコミが強い強いと煽っているヒクソン・グレイシーって、本当にそんなに強いのか?実は虚像でしかなくて、高田にあっさり負けちゃったりして……」という「拍子抜けへの期待」だったことを告白しておきます。
これまでの異種格闘技戦って、さんざん期待を持たせておいて、しょっぱい試合になることが多かったし。
しかしながら、ヒクソン・グレイシーは「本当に」強かった。正直、試合そのものは高田があっさりギブアップしてしまい、「しょっぱい」ものだったのも事実なのですが……
名古屋で行われたプロレス団体・UWFインターナショナルの興行のあと、髙田延彦さんが昔からの友人である大相撲の寺尾さん、イベントを仕切っていた榊原信行さんと飲みに出かけ、広島カープの選手たちと痛飲する場面から、ものノンフィクションははじまります。
当時の高田さんは、UWFのエースとしての立場、プロレスという「勝敗があらかじめ定められた世界で生きる」ということと、「強さ」を求める欲求との板挟みになって、苦しんでいたそうです。
さんざん飲んだあと、高田さんと宿舎の部屋に戻った榊原さんは、こんな場面に遭遇することになります。
取り留めのない四方山話がしばらくは続いた。なにしろ、初めて出会ったのがほんの10時間ほど前でしかない二人である。どんなくだらない話でも、互いの人間性を知るためには必要なことだったのかもしれない。
いつ、どんなタイミングでそれが始まったのか、榊原の記憶は漠然としている。というより、その後に起きたことのインパクトが強すぎて、それ以前の記憶が飛んでしまった、という方がより正確かもしれない。
その瞬間、酔いが一気に飛んだ気がした。
彼がはっきりと覚えているのは、ベッドに突っ伏す形でなかば独り言のように話をしていた高田の肩が、細かく震え始めたということである。
最強のプロレスラーとも呼ばれた男が、泣いていた。
「嗚咽しながら、言うんです。俺はUインターを愛してくれた人を裏切ってしまった。もう引退したい。でも、ヒクソン・グレイシーかマイク・タイソンと戦ってから引退したいって」
それは、榊原が初めて目撃したプロレスラーとして生きる男の業の深さだった。
「武藤戦の話とかをしたわけじゃない。でも、高田さんがしてるのは、明らかにそういう話だった
。あの試合で武藤に4の字固めで負けたってことは、高田さんにとって自分でも許せないほどの屈辱だったんでしょうね。自分が、団体が生きていくためにはそれを受け入れざるをえない状況があって、高田さんは受け入れた。魂を売った、売らざるをえなかった。その辛さや痛み、いろんなものが一気に吹き出してきた感じでした」
この榊原さんが、偶然、ヒクソン・グレイシーと会うことになっていたことから、髙田延彦対ヒクソン・グレイシー戦、そして、「PRIDE.1」が現実のものとなっていくのです。
実際は、かなりの紆余曲折があり、途中で、高田さんとマイク・タイソンとの対決が持ち上がる、ということもありましたが、結果的に、1997年10月11日に、この「世紀の対決」が行われることになります。
ところが、その試合の時点での、髙田延彦さんのコンディションは「最悪」とも言えるものでした。ヒクソン戦に至るまでのさまざまな障壁で、高田さんのモチベーションも下がっていたのです。
ちなみに、この本のなかでは、「グレイシーの道場に殴り込みに行って、返り討ちにあってしまった男」安生洋二さんの話も収められています。
僕はあれも「演出」のひとつだと当時は思っていたのだけれど、実際は真剣勝負で、一対一で完膚無きまでにヒクソン・グレイシーに叩き潰された安生さんは、こう述懐しているのです。
「考えてみれば、引退するよりはるか以前に、ぼく、死んでるんですよね。あの日、ヒクソンの道場に乗り込んで返り討ちにあった日。あれである意味、ぼくの中でのすべては終わってるんです」
飄々とした空気が、一瞬にして消え失せていた。
「もちろん肉体的には生きてるんですけど、魂的には死んでるっていうか。あの否を最後に、物事に対する興味とか、探究心みたいなもの、ほぼなくなっちゃってますから。
この”事件”が終わってからも、ファンやマスコミの目に映る安生はそれまでの安生そのものだった。彼は相変わらず大言壮語し、この5年後には試合会場で前田日明を背後から襲撃して失神させ、傷害罪による略式起訴されるという大事件を引き起こした。
だが、あわや前科者になりかねない状況に追い込まれても、安生の中には狼狽すらできなくなっている部分があった。
怒ったり、喜んだり、嘆いたり、本来あった柔らかい感情の定位置には、真っ黒い「虚無」が代わりに居座っていた。
生きているのに、どこか死んでいる。それが、いままで通りの自分を演出していた安生の内面だった。
プロレスの世界で「強さ」を追い求めてきただけに、ヒクソン・グレイシーという「圧倒的な強さ」は、安生さんに大きな衝撃を与えたのです。
試合前から、高田さんは、かなり打ちのめされ、自信を喪失した状態だったことも明かされています。
自分には、ヒクソンを倒すための武器がない——高田がその現実に気づいたのは、試合まであと2週間という時だった。
「ヒクソンと柔術の試合で数回引き分けたことがあるセルジオ・ルイスっていうブラジル人の柔術家をコーチとして呼んだのね。最終的なチェックと、最後の自信をつけるために。で、スパーリングをやった。身体のあちこちは痛かったけど、五分と五分な感じなわけですよ」
気をよくした高田はセルジオに聞いた。
「いまの俺にできる、一番効果的な戦法、戦略をアドバイスしてくれって。そうしたら、まずは『寝るな』と」
高田は納得した。なにしろ相手はヒクソン・グレイシーである。寝技は彼のホームグラウンド。よし、わかった。寝ない。
「次のアドバイスが『殴るな』。殴ったらカウンターを合わせて飛びついてくるから、と」
これにも納得した。
「3つ目は『蹴るな』。蹴ったら足を取られるよ、と」
蹴りは自分にとって最大の武器のひとつである。それでも、高田は妙に納得してしまっていた。そうか、柔術っていうのはそういう技まで持っているのか。聞いておいてよかった。
「で、最後にひとつ、大切なポイントがあるという。『スタンドで組むな』。とにかく彼のまわりをグルグルグルグルグルグルグルグル回ってろって。要は、ヒクソンに触るなってこと。
さすがに高田は啞然とした。ブラジルから呼び寄せたコーチのアドバイスを忠実に守るなら、100%、いや200%勝機はないということになる。
「でもね、彼は真顔で言うのよ。『自分にできるアドバイスはそれだけだ』って。うわーって感じですよ。俺って負けるためのアドバイスもらうために自腹切ってブラジルからコーチを呼んじゃったのかよって。噓でもいいから『とにかく打って打って打ちまくれ』とか『ローだってバチバチいけ』とか言ってほしかったんだけどね」
コーチはきっちりギャラを受け取り、「今回わたしが君を指導したことは、くれぐれも内密に」と念押しをして帰国した。
なんてひどい話なんだ……
戦う直前にこんなことを言われたら、そりゃ闘志も萎えるというものですよね。
ただ、あの試合結果をみると、このアドバイスは正しかった、とも言えるのです。
この本のいちばんの読みどころは、著者がヒクソン・グレイシーに直接インタビューをしているところで、「最強の男」は、どういう人生を送ってきたのか、ルールにやたらとこだわって、ゴネているようにみえるのはなぜだったのか、ということについても語られています。
あまりにも奔放すぎる生きざまと「最強」を目指すための修行の数々。まるでマンガみたいだ……と思いながら読みました。
ヒクソンにとってのエリオは、いい父親だった。だが、母マルガリーダにとってのエリオが、いい夫とは到底言い難いことを息子は知っていた。エリオが家を留守にしている時、一人涙に暮れる母の姿を目にするのは珍しいことではなかった。
「エリオは意志が強く、自分の中に武士道を確立させている人間で、格闘家としては申し分なかった。ただ、母親に対する扱いは、非常によくなかった。母が家族のためにすべてを犠牲にしていたのに、感謝の気持ちを見せることは一度もなかった。その上、母がちょっとしたミスをすると激しく罵倒する。でも、美味しいご飯を作っても褒めたことは一度もない。はっきり言って、父は夫としてのバランスがとれていない人間でもあった」
カーロスは6人の女性との間に21人もの子供を作った。エリオもまた、兄のやり方に倣った。
ヒクソンが日本でいうところの中学生になった頃のことだった。何気ない口調でエリオが聞いてきた。
「弟が欲しくないか? そう言われたんだ。わたしは末っ子だったし、弟が欲しくないわけではなかったけれど、どうすれば子供ができるかはもうわかっている年頃だった。だから、ちょっと口ごもっていると、じゃあ、一緒に出かけようってことになった」
エリオが向かったのは、ヒクソンが一度も足を踏み入れたことのないマンションの一室だった。
「ドアを開けて中に入ると、子供たちが何人もいた。そうしたら、エリオが嬉しそうに言ったんだ。どうだ、これがお前の弟たちだぞって」
父としては、弟が欲しそうに見えた息子の願いをかなえてやった気分だったのだろう。末っ子だったはずの少年は、一瞬にしてホウカー、ホイラー、ホイス、ヘリカという4人兄妹の兄となった。そして、この後さらに、兄弟の数は増えることになる。
こんなお父さんを反面教師にして、ヒクソンは家族思いの人になったのかと思いきや……
彼もまた、さまざまな家族の問題を抱えることになり、妻とは突然離婚し、息子との折り合いは悪くなってしまいます。
「最強の人間である」ことは、プライベートの安定や幸福とは、別物みたいです。
あの「しょっぱい試合」の裏で、こんなことが起こっていたのか……というのが、20年の歳月を経て当事者の証言で明かされる、興味深い一冊だと思います。
20年もかかったのか、というのと、20年経っているからこそ、さすがに、あの時の「金返せ!」という気持も雲散霧消してしまったな、というのと。
これほど「真剣勝負」や「最強」へのこだわりをみせていたはずなのに、このあと、『ハッスル』での高田総統のパフォーマンスを見ることになるのだから、人というのは、わからないものではありますね……
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