
- 作者: 高槻泰郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/07/19
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- 作者: 高槻泰郎
- 出版社/メーカー: 講談社
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内容紹介
海外の研究者が「世界初の先物取引市場」と評価する江戸時代、大坂堂島の米市場。米を証券化した「米切手」が、現在の証券市場と同じように、「米切手」の先物取引という、まったくヴァーチャルな売り買いとして、まさに生き馬の目を抜くかのごとき大坂商人たちの手で行われていた。このしばしば暴走を繰り返すマーケットに江戸幕府はいかに対処したのか? 大坂堂島を舞台にした江戸時代の「資本主義」の実体を初めて本格的に活写
江戸時代の大坂に、こんな先進的な先物取引市場があったのか……僕は「堂島米市場」のことを知らなかったので、この新書を読んでいて驚きました。
江戸時代に米が盛んに取引されたことはよく知られている。だが、米切手(こめきって)という証券を通じて米を売買する市場があったことはあまり知られていない。この市場は、日本においてよりも、むしろ海外において有名なのかもしれない大坂の堂島米市場である。
米切手とは、諸大名が大坂で年貢米を売り払う際に発行した、言わば「お米券」である。この「お米券」を購入し、発行元の大名に提示すれば、一枚当たり10石(米の重量にして約1.5トン)の米俵と交換してもらうことができた。期限内であれば、いつ米俵と交換してもよいので、商人たちは、しばらくの間「お米券」のまま市場で取引を行った。重たくて嵩の張る米俵で取引するのはいかにも不便だから、当然と言えば当然である。
このように、発行した「お米券」について、全てが直ちに米俵との交換を要求されるわけではないことを知っていた大名は、実際に大阪で保管している在庫米の量以上に「お米券」を発行し、資金調達を行うことがあった。いや、それが日常化していた。つまり、実際に大坂に存在する米の量以上の「お米券」が、大坂市場を飛び交っていたのだ。
商人にとって「お米券」は便利な証券である。持ち運びや売買に適しており、何よりもお米の保管場所を心配しなくてもよい。一方、大名にとっても「お米券」は便利な証券である。今はまだ手元にはない米についても売ることができる、つまり必要なタイミングで資金を市場から調達できたのである。
しかし大坂の米商人たちは、この便利な「お米券」取引だけでは飽き足らず、「お米券」の先物取引まで行うようになる。
たしかに、10石、1.5トンの米となると、取引するために持ち運ぶのも大変です。
そこで、「米切手」というのが流通するようになったのですが、このような手形はいくら便利でも、確実に米に換えられる、という信用がなければ意味がありません。
当時の大坂では、商人たちが、お米券で換えられる米の「質」をチェックしていて、その質に応じて値段がつけられていました。
生産している米の質への評価は、自分の藩の収入に直結するということで、大名たちも、大坂で売る米の質を高く保ち、評判を上げるために、さまざまな工夫と苦労をしていたのです。
そして、幕府は、大坂の米商人たちと協調したり、無理難題を押し付けたりしながら、米の価格を安定させるための政策を打ち出しています。
原則から言えば、米切手は期限が来れば、その全てが米と交換されるはずなのだが、実際には蔵屋敷による買い戻しも行われていた。つまり、蔵屋敷に米切手が提出され、米との交換請求がなされた際に、時価、ないし時価に少し上乗せして、それを買い取ってしまうのである。ここでいう時価とは、堂島米市場で形成された価格である。
実際に米を必要としていた者ならばともかく、多くの米仲買は実物の米を必要とはしていなかったため、時価で買い取ってもらえるなら問題はなかった。蔵屋敷にとっても、買い取りに利点はあった。蔵米の在庫量以上に米切手を発行している場合、米との交換請求が重なると困るので、買い取りで処理できるなら都合がよい。
極端に言えば、米が一俵もなくても米切手は発行できたのである。本書後段で紹介するが、文化十一(1814)年に米切手の過剰発行によって大規模な取り付け騒ぎを引き起こした久留米藩蔵屋敷の蔵米準備率(蔵米在庫量を発行済み米切手高で除した値の百分率)は、わずか1.2%だった。さすがにこれは行き過ぎた例だが、買い戻しの一般化によって、米切手の発行規模は大幅に広がっていたと考えられる。
藩のなかには、米切手がすぐに米の実物に換えられることは少ないのを見越して、実際の生産高よりもはるかに多い「お米券」を発行してお金を稼ごうとしたところもありました。
米切手が、国債のように位置づけられていたのです。
藩の経営というのも、けっこう自転車操業だったみたいです。
そして、そういう不正に対しては、幕府も建前は維持しながらも、市場の混乱を防ぐために動いていたようです。
この新書には、当時の商人と各藩の担当者や幕府の役人とのやりとりが紹介されていて、「お金」にたいするいざこざや執着心というのは、江戸時代からすでにあったのだなあ、と感慨深いものがあります。
また、他の人よりも早く情報を仕入れたほうが、取引に有利になるということで、大坂から、あるいは大坂への情報伝達手段は急速発展していったのです。
通常の飛脚よりも早く、頻回に情報を持って行きかう「早飛脚」では飽き足らず、一定の距離ごとに人を配して、旗であらかじめ決めておいた合図を送って米価を伝達する旗振り通信が大坂と京都の間や大坂と大津の間で実際に行われていたことを著者は紹介しています。
ちなみに、「旗振り場」の間隔は、一里(約4キロメートル)から、五里半(約22キロメートル)で、平均三里(約12キロメートル)だったそうです。それを利用して、1日5回から10回、米価が伝達されていました。
大坂からの通信時間は、和歌山が3分、京都が4分、神戸が7分、桑名が10分、岡山が15分、広島が40分弱。なんと、平均時速720キロメートル!
人間というのは、お金を稼ぐためなら、ここまでのシステムをつくりあげてしまうのか、と感心するばかりです。
僕は経済学に疎いので、十分に理解できなかったところもあったのですが、経済学にある程度通じている人であれば、よりいっそう面白く読めるのではないかと思います。
江戸時代って、僕が思い込んでいたよりも、ずっと今に近いのだな、そんなことも考えながら読みました。

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