あらすじ
北海道で医大に通う田中(三浦春馬)は、ボランティア活動を通じて体が不自由な鹿野(大泉洋)と出会う。鹿野は病院を出てボランティアを募り、両親の助けも借りて一風変わった自立生活をスタートさせる。ある日、新人ボランティアの美咲(高畑充希)に恋をした鹿野は、ラブレターの代筆を田中に頼む。ところが美咲は田中の恋人だった。
2019年、映画館での1作目。
平日の朝の回で、観客は30人くらいでした。
僕は原作を4年前に読んでいるのですが、どんなふうに映画化されるのか、楽しみにしていたのです。
けっこう厚い本だし、鹿野ボラ(鹿野靖明さんの自立生活を支えるボランティアの人たち)のさまざまな視点から描かれていたので、ひとつの「お話」にするのは難しいのではないか、とも思っていました。
この映画のタイトルに「愛しき実話」とあったのをみて、正直、「わざわざ『実話』って断りを入れなければならなかったのだろうか」と思い、「愛しき」って、観客の感情を誘導しないでほしいのだけど……とは感じたんですよね。
原作で印象的だったのは、「鹿野靖明という重い障害を抱えながらも、王様のようにボランティアたちに君臨し、自分の我儘を通して生き抜こうとした人」へのボランティアたちの違和感や困惑が率直につづられていたことでした。
この映画でも、最初のほうで、鹿野さんの「やりたいこと」に振り回される(眠いのにオセロに付き合わされたり、食べたいものを買いに行かされたり、性的な処理の手伝いを求められたりする(ただし、女性に対する「強要」はないです)ボランティアたちが描かれていて、僕は原作既読にもかかわらず、「僕には『鹿野ボラ』は絶対に無理だな……」と思い、「自分に障害があるからって、他人にこれほどまで命令して良いのか?」とムカついていたのです。
主人公の医学生が傍若無人のふるまいに辟易していると、「君は医者になるんだろう?医者のくせに、患者に向き合おうとしないのか!」と説教するシーンでは、「何このモンスター患者……」とうんざりしました。
いるんですよね、こういう「自分の我儘を通すために、『お前は医者なんだから、弱い患者の言うことには何でも従うべきだ」っていう人。
で、具合が悪くなったら、「医者が悪い!病院が悪い!」
薬だって、ちゃんと飲まないと効かないよ……
我儘言ったもの勝ち、だよなあ、と嘆息したくなる場面が、今の世の中には多いし、他者に優しくあろうとする人ほど、うまく使われてしまう。
その一方で、鹿野さんは「手練手管を尽くして生きよう、自分の生を少しでも充実したものにしようとした、きわめて正直で剥き出しの人生を送った人」でもあり、「かわいそうな障がい者」というステレオタイプにはまってしまうことを拒否した人でもありました。
実際、本音で接してくる人のほうが、こちらも本音を言いやすいところはあるし、鹿野さんには、人の心をとらえる魅力もあったのだと思います。
「重病の人が望んでいることだから」と、みんなが配慮していることがわかっていてあれこれ要求するのは、やっぱりズルいよ、と言いたくなる。
でも、そういうズルさは、誰もが持っているものでもある。
鹿野さんに関するエピソードは、『愛しい』なんて綺麗な言葉で語られるべきなのだろうか?
正直、厳しいシゴキに耐えて卒業した部員たちが、時間がたってから、「あの頃はよかったなあ」「それに比べて、いまの若い連中は」なんて、その体験を「美化」してしまうようなものではないか、と僕は思うのです。
助けてもらいたい、という人がいて、助けてあげたい、という人がいて、お互いのニーズがマッチしていれば、それで良いのかもしれません。実際にその場にいなかった僕がとやかく言うことじゃない。
まあでも、この映画での鹿野さんの場合には、美咲さんへの感情とか、いろいろと難しいところも描かれているんですよね。
「サポートすること」と「愛すること」は、よく似ているようにも、まったく違うようにもみえるのです。
鹿野さんのあと、われわれは、乙武洋匡さんという「ハーレムまでつくってしまった障がい者」を目の当たりにしてしまいました。
鹿野さんが「愛しい」のであれば、乙武さんがやっていたことは、「もっと愛しい」と評価されるべきではないのか。
少し時間が経って考えてみると、あれは「プライベートな問題」ではあったわけだし。
ある意味、「五体満足」であれば、もっとうまく隠蔽できたり、みんながそれほど大きく問題視しなかったりしたことが、乙武さんの場合には好奇も含めて注目されてしまった面もあるのです。
人を魅了し、自分のための動かす技術に長けていたという点では、鹿野さんと乙武さんは、すごく似ている。
「愛しき実話」なんて言われると、「そんな甘ったるい話じゃないだろ」と言い返したくなるし、鹿野さんを大泉洋んが演じているというだけで、かなりいろんなイメージが良くなっているはずです。
この映画をみて、「感動」した人には、ぜひ、原作も読んでみてほしいのです。
鹿野さんの生きざまと周囲の人の関わりを、この映画の「愛しき実話」として消費して終わりにするのは、あまりにも勿体ないと思うので。

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