琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ 不法移民とトランプの闘い 1100万人が潜む見えないアメリカ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
トランプ大統領の就任後、「移民の国」アメリカは様々な形で不法移民への圧力を強めている。強制送還や入国制限で、家族と離れ離れになった者も多い。それでもなお、アメリカを目指す人の波が途絶える気配はない。中南米、アジア、中東、アフリカ…。あらゆる場所からあらゆる事情の人々が、国境という壁を越えてくる。受け入れるか、拒むか、それとも無視か。彼らをめぐってアメリカ社会もまた、ゆれている。はたして、アメリカはこれからも「夢の国」でいられるのか?読売新聞ロサンゼルス特派員が、一五〇人に上る不法移民とその周辺を追いかけた渾身のルポ。


「メキシコとの国境に壁をつくる」と大統領選挙で公約していたトランプ大統領ですが、現時点では、国境の壁は「試作レベル」みたいです。
 著者は、この本のなかで、アメリカとメキシコの国境沿いをずっと車で走りつつみていく、という試みをやっているのですが、お金も人手も足りないなかで、長大な壁をつくるのが可能とは思えない、ということでした。
 トランプ大統領も発言はともかく、実際に壁建設に積極的に動いているとは言い難いみたいですし。

 その一方で、トランプ大統領は、「法で移民を制限する」ということに関しては、かなり積極的ではあるのです。
 
 著者は、読売新聞の特派員なのですが、この本の冒頭で、率直な疑問を述べています。

「不法移民を強制送還する」
 米国のドナルド・トランプ大統領が不法移民対策として繰り返すこの発言は、非人道的な対応だとして米国内で批判を浴びることが多い。一方、不法滞在の外国人を本国に還すという対応の中身を考えると、「当然やるべきことでは?」と思う日本人は少なくないのではないか。法律を守らない外国人の滞在を認めないのは、日本を含む世界中のほとんどの国で行われていることだからだ。日本で不法滞在が発覚すれば、出入国管理及び難民認定法違反となり、強制送還の対象となる。
 米国ではなぜ批判されるのか。米国では「不法移民を守るべきだ」という考えが一定の世論の支持を受けているからだ。滞在資格を与えるなど、定住を促す取り組みが普通に行われている。なぜか。世界中から多様な人々を移民として受け入れてきた歴史を持つ米国ならではの寛容な対応――というのが、取材相手の米国人らから得られる回答だ。理解できないことはない。ただ、「不法な存在として生きている人がいる」「そうした人を受け入れる人がいる」という感覚には正直、なじめないような気がする。法律に違反している人が罪に問われることなく、自分と同じように社会で普通に暮らしていけるのなら、法律や規則を守ることの意味がなくなってしまうように感じるからだ。
「貧困や治安の悪化で母国にいられないから、不法滞在も仕方がない」「それなら合法的に入国すればいいのではないか」「それができるなら不法滞在しない」「誰でも簡単に入国させるような国であってはならない」――大学の先生や移民当局の関係者とのやりとりで聞かされる主張にはどれも一理あると思うが、事態を打開する明確な方法が見えてくるようには思えない。


 著者は、不法滞在者にさまざまな事情があることは理解しつつも、「それでも『不法』なのだから、正当な移民や難民とは違うので、彼らが強制送還されないどころか、権利を声高に主張したり、彼らを守ろうとする人が大勢いたりすることに違和感があった」と述べています

 そこで、当事者の思いを聞いてみたいと、この取材を現地のアメリカ人スタッフと一緒にはじめたのです。


 著者は、不法移民や彼らをサポートしている人々、取り締まる側や行政の担当者など、さまざまな立場の人に取材をしています。
 不法移民には、中南米の母国で、麻薬組織への協力を拒否したために危害を加えられそうになってアメリカに脱出してきたり、シリアで命の危険にさらされて逃げてきたりした人たちがいます。
 そして、経済的に豊かな暮らしを求めて、とか、子どもの教育のために、という理由で国境を超えてきた人もいます。
 どこまでが許容範囲なのか、というのは、とても難しい。
 不法移民たちの言葉を聞いていると、「生まれた国や宗教が違うというだけで、アメリカ人よりも厳しい生活を強いられるというのは理不尽な話だよな」って思うんですよ。
 でも、「子どもを不法移民に殺され、不法移民の取り締まりを強く求めるようになった親の話」を読むと、自分がその当事者や周囲の人間だったら、「それはごくわずかな例外的な不法移民であって、あなたはそういう隣人の存在に寛容にならなければならない」という言葉を受け入れるのは難しいですよね。
 
 
 アメリカの側も、不法移民たちの不安定な立場を利用してきたのも事実なのです。

 ホンジュラス人で、TPS(Temporary Protected States:内戦や地震・ハリケーンなどの自然災害、その他さまざまな異常事態に見舞われた国の国民がアメリカに一時滞在できる資格)で、1998年からアメリカに滞在しているサントス・アルバラドさんへの取材より。

 2005年8月末にハリケーンカトリーナルイジアナ州を直撃した後、家やビルがことごとく破壊された様子を伝えるテレビのニュースを見て、「不謹慎だが、復旧作業で家やビルを建てる仕事が増えると思った」。まだ被害の全容がわからない段階だったが、9月初旬にはニューオーリンズに入った。同じように考えてやってきた中南米出身の人間がたくさんいた。「自分たちは復旧作業の仕事求めて集まった「第1陣」だった。すぐにいろんな仕事が舞い込んできたよ」
 ニューオーリンズは、カトリーナによる壊滅的な被害に加え、労働力不足にも陥っていた。人口の大半を占めた黒人が被災で町を離れたからだ。その穴を埋めたのが低賃金でも文句を言わずに働くヒスパニック系だった。サントスは、希望の建設現場ではなかったが、中心部に近い学校と病院の清掃の仕事に就いた。時給は12ドルだった。
 しかし、作業は過酷だった。
「毎日朝6時から夕方6時までの12時間労働で、週休ゼロ。つらかったのはニオイだ」
 食堂の大型冷蔵庫を清掃する作業は、何日も続いたという。放置され腐敗した大量の食材が強烈な悪臭を放ち、30分以上続けて作業ができなかったからだ。
「マスクをしても目や鼻がやられ、気を失いそうになった。6人グループ2交代制で取り組んだが、とにかく時間がかかったし、疲弊したね。それでも、この作業をしないと学校や病院は元に戻らないから、頑張った」。サントスはその時の臭気を思い出したのか、鼻をもぞもぞさせた。
 時間が経つにつて、清掃や撤去・解体から建築作業へと、請け負う仕事の内容が変わってきた。「被害は思っていた以上に大きく、仕事は途切れることがなかった。周囲はヒスパニック系ばかりで、気が休まるし、言葉の心配もない。しばらくここで生きていこうと決めた」。サントスは同胞と再婚し、ニューオーリンズに定住した。


 TPSの更新が当たり前のようになっていた2016年にトランプ氏が大統領候補となってから、風向きが変わり始めたのです。
 公共の場で「英語を使え!」と怒鳴られたり、差別的な扱いを受けることもあったそうです。
 2018年5月には、国土安全保障省から、ホンジュラス人へのTPS打ち切りが発表されました。
 サントスさんは、ヒスパニック系労働者のTPSの継続を訴える活動に参加するようになりました。

 活動中、州都バトンルージュで地元選出の与党・共和党議員に、「移民は我々の仕事を奪っている」と非難された。サントスは、カトリーナ被害の復旧作業の初期、腐臭に耐え冷蔵庫を掃除した日々を思い出し、こう返した。
「町の復興の仕事、良かったら米国人だけでやってみてもらえませんか。誰もやらないから、誰かがやる必要があるから、俺たちがやってきたのだけどね」。議員は黙ったという。


 「不法移民や外国人に仕事を奪われる」という危機意識を持った人が大勢いる一方で、とにかく仕事が欲しい不法移民たちに「アメリカ人が嫌がってやらない仕事」を与えたり、低い賃金で働かせたりしてきた歴史が、「先進国」にはあるのです。
 日本はそんなことはしていないのかというと、「技能実習生」という名目で、外国人に過酷な労働をさせているんですよね。
 

 一昔前は、日本人の学生アルバイトが多かったコンビニエンスストアも、「仕事が多彩で覚えることが多くて大変な割には待遇が良くない」ということで敬遠されるようになり、最近は外国人留学生のアルバイトが増えています。


fujipon.hatenadiary.com



 「あいつらのおかげで、われわれの仕事が奪われている」とは言うけれど、実はその多くは「われわれがやりたくない仕事」なのですよね。
 綺麗事を抜きにして考えれば、経済的な格差を利用して、移民を安い労働力として雇い、不人気な仕事をやらせている、とも言えるのです。
 彼らがいなくなれば、そういう仕事は、もっと条件が良くなり、アメリカ人もやりたがるようになるのだろうか?

 それでも、いま故国で厳しい状況に置かれている人たちにとって、アメリカは「希望の国」であり続けています。
 ただし、最近は、より移民に寛容で治安も良いカナダを選ぶ移民も増えてきているそうです。
 
 この問題は、どちらかが正しくて、どちらかが間違っている、というのではなくて、それぞれの立場からみれば、みんな正しいことを言っているように僕には思われます。
 

 広場の中央にある時計台のそばで、アランは思い出したように言った。「サンフランシスコの市職員に『行政の不法移民保護対策とは、どういうものですか?』と尋ねたことがあるのです」
 答えは?
「『ありません』でした」。その職員は戸惑うアランにこう説明したそうだ。
「不法移民にも、昔からいる住民にも、誰にでも、同じように公共のサービスを提供しています。誰もが平等だと思うから、特別に対応する必要がないと考えています」
 サンフランシスコの徹底した聖域ぶり、人権意識の高さのようなものを改めて実感した。それでも、不法移民を守りきれるわけではない。


 アメリカという国は、暗部が切り取られやすいのだけれど、こういう「理想主義」も活きている国なんですよね。サンフランシスコはそのなかでもとくに「理想主義寄り」の街なのだとしても。
 僕は、アメリカが陥っているジレンマとともに、その底力みたいなものも感じたのです。


移民大国アメリカ (ちくま新書)

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ブラック・ハンド―ーアメリカ史上最凶の犯罪結社

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