- 作者: 井出穣治
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/02/19
- メディア: 新書
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内容紹介
かつて「アジアの病人」と呼ばれたフィリピン。近年、サービス業主導で急成長し、経済規模は10年強で3倍となった。人口は1億人を突破し、国民の平均年齢は25歳。「アジアの希望の星」との声さえ聞かれる。
一方、貧富の格差はなお深刻で、インフラも不十分。ドゥテルテ大統領の暴言や強権的手法は世界から危惧されている。
経済成長著しい島国の魅力と課題に、IMF(国際通貨基金)でフィリピンを担当したエコノミストが迫る。
フィリピンについての僕の知識といえば、セブ島とフィリピンパブ(と言っても、実際には一度も行ったことはないのですが)と、イメルダ夫人の大量の靴、そして、最近では麻薬犯罪撲滅のために強権をふるっているドゥテルテ大統領くらいのものです。
なんとなく、東南アジアという地域にある国は、みんな似たようなもの、というイメージがあるのですが、この新書を読んでみると、フィリピンという国の個性や特徴がわかってきます。
次に、ASEAN各国の人口をみると、インドネシアが約2.5億人と突出して多いが、フィリピンの人口も約1億人と、ASEANの中で第2位に位置しており、他国を大きく上回っている。この人口希望が、フィリピン経済の潜在力を示す重要なポイントだ。また、フィリピンは、国民の平均年齢が約25歳と非常に若く、かなり長い期間にわたって生産年齢人口(15〜64歳の人口)の増加が続くと言われている。すなわち、人口動態に関して、フィリピンはASEANの中で優位なポジションにおり、この点も、フィリピン経済の潜在力が評価される理由となっている。
国民の平均年齢が、25歳!
フィリピンは、東南アジアのなかでもとくに「若者が多い国」なのです。
人口比から、今後もしばらくは、「働ける年齢の人」が増えていくと予測されています。
ちなみに、日本国民の平均年齢は46歳だそうです。
2015年の時点では、フィリピンの1人あたりGDPは3000ドル程度で、マレーシアの9500ドル、タイの5700ドル、インドネシアの3400ドルより下で、ベトナムの2100ドルを上回っています。
東南アジアの多くの国は、輸出振興による工業化をすすめていきましたが、フィリピンでは、既存の大地主の勢力がなかなか削がれなかったことや汚職や腐敗、政治的に不安定な時代が長かったことで、なかなか経済的に発展できなかったのです。
また、著者は、フィリピンの経済の「特殊性」について紹介しています。
フィリピンは近年、高度の経済成長を続けているのですが、その牽引役は、製造業ではなく、サービス業であり、GDPのなかでは、投資よりも個人消費の占めるウエイトが大きくなっています。
グローバル化とIT化に伴う大きな環境変化は、世界の共通言語である英語を母語とする発展途上国には、新しいビジネスチャンスとなる。この点、フィリピンでは、フィリピノ語(実質的にはタガログ語)が国語となっているが、英語も公用語となっているため、国民の多くは高いレベルの英語を操る。公式な統計がないので真偽のほどは良く分からないが、フィリピンの英語人口は、インド、英国にに次いで世界第3位と言われることも多い。
いずれにしても、フィリピンは、国民の高い英語力を最大限活かす形で、豊富な労働力を世界各地に輸出し、出稼ぎ労働者によるフィリピン本国への送金が旺盛な個人消費をもたらす。消費主導の成長モデルを確立した。それと同時に、国内では、グローバル化とIT化時代の新しい産業、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業を成長産業に据え、サービス業主導の成長モデルを作り上げた。
フィリピンは、世界有数の労働力を輸出する国であり、海外で暮らすフィリピン人の数は1000万人を超えている(最新の政府の発表では、2013年時点で1024万人となっており、このうち永住者は487万人)。これは、フィリピンの総人口の実に1割に相当する人が海外で暮らしていることを意味する。
海外企業のコールセンター業務や海外への出稼ぎが、フィリピンの「成長産業」なのです。
これは、英語が公用語である(そして、比較的欧米人に「聞きやすい」英語を話すとされている)フィリピンならではの特徴です。
この点だけでも、フィリピンは他の東南アジアの国々と比べると、特殊な状況にあるのです。
フィリピンは、急激な経済成長をみせている一方で、貧富の差はかなり大きいままです。
例えば、メトロマニラと呼ばれるマニラ首都圏に属するマカティ市は、超優良企業が集まるビジネス街であり、超高層ビルが立ち並ぶ。その光景は、先進国の大都市とあまり変わらない。一方、マニラのスラム街は、この国に対してまったく違うイメージを植え付ける。また、マカティ市の超高級ホテルでは、高給取りと思われるビジネスマンが日本料理に舌鼓を打っている一方、マニラの幹線道路沿いに目を転じると、交通渋滞で足止めとまっている車に、幼い少年少女が物を売ろうと近づく様子を目にする。
著者は、このような社会構造のなかでの「民主制」というのは、既成の権力者が困窮者への「施し」で人気取りをして、それを大義名分に権力の座に居座り続けることになりやすい、と指摘しています。
フィリピンは、民主主義国家としてのシステムはあっても、それが活かされていない国だったのです。
じゃあ、日本やアメリカで十全に活かされているか、と問われると、それもちょっと悩ましいところではありますけどね。
ドゥテルテ大統領について、著者はこう述べています。
ドゥテルテ大統領の誕生は、犯罪や汚職の少ない公正な社会を実現するために政府が強権を発動することに対して、フィリピン国民が一定のお墨付きを与えたことを意味する。これは、歴史上、国民の共通体験が「権力への抵抗」という形で示されてきたフィリピンにおいて、国民が規律のある統治を求めた新しい動きと言える。別の見方をすれば、構造的な問題の解決を願うフィリピン国民の声は、それだけ切実なものとなっている。
こうした国民のお墨付きを背景に、ドゥテルテ政権は、選挙公約通り、麻薬犯罪の容疑者を大量に殺害するなど強権的手段に訴えている。2016年12月時点では、ドゥテルテ政権が掲げる麻薬撲滅戦争における死者は約6000人と、毎月1000人以上の死者が出ている計算となる。なお、フィリピン政府は、約6000人の死者のうち、警察の捜査時に殺害されたものが約2000人、警察の捜査とは関係なく殺害されたものが約4000人としている(後者には、同国の麻薬犯罪組織による口封じ目的の殺害等が含まれている)。ドゥテルテ政権のやり方は、基本的人権の尊重や法の支配といった民主主義の基本原理を逸脱していると言わざるを得ない。実際、国際連合は、「超法規的な処刑」であるとして、フィリピン政府に対する批判を強めている。
もっとも、犯罪の少ない社会の実現はフィリピンの積年の課題であり、過去の政権の取り組みが功を奏して来なかった以上、強権的な手法を一切否定することは、フィリピンが置かれている状況を理解しないナイーブな議論であろう。実際、本書執筆の段階では、国民の多くは、自分の家族が超法規的殺人の犠牲になる可能性に不安を感じながらも、ドゥテルテ大統領が進める麻薬犯罪対策には支持を表明している。フィリピン国民の声を聞くと、教会を中心にドゥテルテのやり方を強く批判する声があることは事実だが、ドゥテルテは過去の政権がみてみぬ振りをした問題に取り組み、少なくとも一定の成果を挙げていると評価する声も多い。従って、短期間で犯罪の減少という目にみえる成果が出るのであれば、民主主義の基本原理の一時的な逸脱は、この国ではある程度目をつぶるべき性質のものかもしれない。
海外ニュースでみると「さすがにこれはやりすぎだろう」と感じてしまう「暴言大統領」ドゥテルテさんなのですが、フィリピン国内では、これまでの権力者が見て見ぬふりをしてきたことに、きちんと立ち向かっている、と評価する声も多いようです。
荒っぽい方法ではありますが、そのくらいやらないと、変わらないと考えているフィリピン国民が、大統領を支持しているのです。
そういうふうにして、国の秩序を回復するほうが、長い目でみれば「人道的」なのだ、という主張は、必ずしも、間違いとは言いきれません。
というか、現地で暮らしている人たちが支持しているのであれば、それが正しいのかもしれない。
もちろん、歴史のなかには「多くの国民が支持した差別や虐殺」もあるのですが……
この新書を読むと、フィリピンというのは、大きな可能性を秘めた国であるということがわかります。その一方で、まだまだ不確定要素も多そうです。
「フィリピンって、東南アジアの島国だよね」というくらいの知識しかない人(まさに、この新書を読む前の僕くらいの人)は、通読してみて損はないと思います。
積極的に知ろうとせずに、特定の地域とか国への先入観にとらわれているのって、もったいない、と感じますよ、きっと。
- 作者: 中島弘象
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