琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】壇蜜ダイアリー ☆☆☆☆

壇蜜ダイアリー

壇蜜ダイアリー


Kindle版もあります。

内容紹介
2017-2018冬 私はあさましく品がないが幸福者
2018春 欲望は抑えると、脇から形を変えてはみ出てくる。
2018夏 仕事の趣は必ず顔や考え方に出てくると思っている。
2018秋 独りで生きることしかできない体に着々と仕上がっている。

勝手に別れた男のことを勝手に思い出し勝手に浸り、学生時代に好きだったプライドの高いクールな女の夢を見る。美人女優の中で自分は華やかな熱帯魚の水槽に出汁をとったあとの煮干しのようだと思い、水泳にヨガにサウナに行っても体脂肪は変わらず、ナマケモノを飼ってナマケモノにために働く理不尽な生活をしたくなる……。
壇蜜のあるがままの日々。今日もまた〝自分いじり〟に磨きがかかる。

●著者自ら撮影の写真収録。


 相変わらず、壇蜜さんの日記は面白い。
 僕は『壇蜜日記』の最初の刊からのファンなのですが、こうして『ダイアリー』として続巻が出てくれて、本当によかった。
 

fujipon.hatenadiary.com


 壇蜜さんの文章って、「芸能人」になってしまった自分自身を、他人事のように観察し、記録しているようなところがあるのです。
 その一方で、「イロモノ」的に軽くみられたり、バッシングされたりして傷ついている部分を、あえてさらけ出してもいる。
 つきあっている男の話、なんていうのも、飼っている熱帯魚や猫や蛇の話の合間に、いきなり出てくるんですよね。

2017年11月9日
 鯛の身に包まれたおからを食べる。おからはいわゆる「産業的に要らないもの」として認識される中、今日は鯛に包まれ高級な昼食として皿の上に乗っていた。私も産業廃棄物と言われるので、何ともうらやましかった。共に鯛を食べ仕事をした俳句の先生はかつて「死ぬ時は箸を置くように死にたい」と言ったそうだ。人柄も詠む句も穏やかなムードがあったので納得できた。私はどうせなら鯛に包まれて黄泉の国へ行きたい。鯛の身の厚さで寒そうな黄泉から身を守れそうだ。


 ネットでは、芸能人に対して、「オワコン」とか「劣化」とかいう言葉が使われがちなのですが、言われる側にとっては、けっこうキツイものなのだろうなあ、と考えてしまいます。

「産業廃棄物」というのも、人間に対して使う言葉ではないですよね。そういうのって、「有名税」だとか、「同じ意見の人がたくさんいるから」と、言う側は思いがちだけれど、相手にけっこう届いてしまっているものみたいです。

 読んでいると、相変わらずの自虐っぷりに、「そんなに気にしなくても……」というのと、「これがあっての『壇蜜日記』だよなあ」というのが入り混じってしまいます。

2018年2月3日
 仙台の番組後に宿泊したのは私のチームだけだったという。共演者の皆さま方は最終の新幹線で東京に帰ったという。翌日休みで急ぎたくないとなると、宿泊が自然な流れだったが、暇だということを露呈してしまったようで恥ずかしい。まぁ暇だったので特にごまかしもしないが。暇ですから、と言えば「そんなことはないだろ」と言われるし、暇じゃないと言えば「オワコンのくせにか」と言われるので、「日々生きていますね」くらいしか言うことがない。


 こういうのを読んでいると、芸能人のブログが業務連絡だけになっていく理由、みたいなのが分かるような気がします。
 何をどう言っても、つきまとってきたり、揚げ足をとってくる人はいるのです。
 

 今回の『壇蜜ダイアリー』は、『壇蜜日記』の最初の頃に比べると、自虐度は抑えめで、仕事の愚痴や「壇蜜であること」への不安や世の中への違和感が書かれている日は少なめな印象を受けます。
 なんというか、壇蜜さん、肝が据わってきたというか、壇蜜であることを受け入れられるくらい慣れてきたのかな、と感じるのです。
 それはそれで、なんだか物足りない気がするのは、僕の趣味の悪さなのでしょう。

 壇蜜さんの日記には、読んでいて、ふと目が留まるような美しさを感じるところがあるのです。

2018年7月5日
 移動中の車のフロントガラスに雨がぶつかる。パラパラ、パタパタという音が嫌いではない。跳ね返るような雨粒の元気な音が、かえって自分を元気付けたりしてくれるときもあるからだ。雨は憂鬱なことが多いが、こんな受け入れ方をできる日もある。許せる日、許せない日があるというのは母親から教わった。そうやってあちこちに感情を置きながら時間が過ぎて、命が終わっていくのだという。悲観的な言い方ではなかったが、人間の面倒な部分を母はよく知っていると思った。

 これを読みながら、僕は自分が子どものころ、高速道路を走っている車の窓にあたった雨粒が、窓にしがみつくように揺れていたのを飽きもせず見ていたことを思い出していました。

2018年9月8日
 スーパーのアイスのコーナーで、幼女がお目当てのアイスを手中におさめようとしていた。幼女は1人。親は近くで買い物をしている。アイスを選んでいいというお許しが出たのだろう。隣で私は見ていたが、ケースの中のお目当てのアイスが微妙に届かないらしく、うんうん頑張って手を伸ばしていたので、「これ?」と近くに寄せた。幼女は「これ?」に頷いて笑顔でアイスを取り去っていったが、父らしき人になにか言われてアイスを戻しに来た。幼女は「買い物の最後で取っていいって」と私に説明しながら、アイスをそっと戻した。


 これまでの日記のなかでは、いちばん、壇蜜さんの心の揺れが少ないような気がするのですが、ずっと読んできた僕は、「ようやく、落ち着いてきたのかなあ」なんて、ホッとしながら読んでいました。
 なんでもないような日常の一場面も、壇蜜さんが切り取ると、なんだか少し違ってみえるのです。
 露悪や自虐がなくても、壇蜜さんの日記は、やっぱり面白い。


壇蜜日記 (文春文庫)

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どうしよう

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たべたいの(新潮新書)

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