琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】90年代サブカルの呪い ☆☆☆

内容紹介
問題作『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』の続きが登場!!
90年代サブカルという特殊な過去の遺産を今の価値観で振り返り、怒り狂っているヤバい単細胞が昨今目立ちます。
彼らによる考察ならびに反省は、一見まともでも的を射てないものが実に多く、世間に間違った解釈を広めてしまう害悪でしかないのです。
この負の連鎖を食い止めるべく、誰よりも正しいミュージシャン、そう、ロマン優光が(ぼんやりと)立ち上がった次第であります!


第一章 鬼畜ブームの正体
「鬼畜系」とはなにか/その「鬼畜系」間違ってます/自販機本と変態マガジン/90年代悪趣味/鬼畜系の変遷


第二章 90年代という特殊な時代
カウンターカルチャーだった/鬼畜カリスマ編集人の生涯/死体をチヤホヤする若者/『完全自殺マニュアル』の扱い方/付かず離れずな悪趣味系音楽/やっかいな根本信者/『ディープ・コリア』再考


第三章 メンヘラ誕生 メンヘラの定義/リストカットはアピール?/病みおじさん/メンヘラの先駆け・井島ちづる/90年代ロフトプラスワンの功罪/メンヘラの承認欲求


第四章 暴走するエロ文化 バクシーシ山下全盛期/サブカルにおける特殊AV/平野勝之のAVでわかったこと/バッキー事件/深刻なロリコンブーム/女子高生とのセックスが普通だった/宮台真司の援交擁護


第五章 サブカル消えた人残った人
宅八郎という男/やり過ぎな復讐が話題に/石丸元章は鬼畜系ではない!?/90年代サブカルの伝説・金井覚/ブレーメン大島・石川誠壱/『クイック・ジャパン』のひどいライター


第六章 サブカルしくじり先生
小山田圭吾のいじめ問題/モラルがない恐怖/会田誠の便所覗き問題/ポットのお湯に糞尿を入れて……/不謹慎のあり方


第七章 この90年代サブカル漫画を読め!
特殊漫画家・山田花子の軌跡/自殺という陳腐な物語でとらえるな/丸尾末広のサンプリング/後世に影響を与える丸尾作品/あの頃の蛭子さん


第八章 根本敬の悪影響
根本敬という混沌/奥崎謙三にロマンを感じてるやつら/村崎百郎が伝えたかったこと/鬼畜ブームの終焉/意識をアップデートしていこう


 この本のタイトルを書店でみて、「これは僕のための本だ!」と思い、レジに持っていったのです。
 が、しかし……
 読み始めて、僕は自分が、この本の内容についていけるようなレベルの「サブカル者」ではないことを認めざるをえませんでした。
 えっ、サブカルって、筋肉少女帯とか、電気グルーヴとか、メガドライブとか、『ログイン』とかじゃないの?
 
 正直、「サブカルとは何か?」という定義そのものが、けっこう曖昧ではあると思うのです。
 「ちょっとマイナーな趣味」で、クラスの主流派の連中に「何それ?」と小馬鹿にされるようなものが「サブカル」だと僕は思い込んでいたのだけれど、この本で著者が論じている「90年代サブカル」は、そのなかでもかなりコアというか、過激で露悪的なもののように感じます。
 僕は、大学時代に『完全自殺マニュアル』を見て親が心配するのではないか、と隠しておいたくらいの「サブカル度」だったので、「鬼畜系」とか「死体写真」とかいうのは、全くの守備範囲外でした。
 この本に関しては、『トンデモ本の世界』くらいはわかるけど……と、困惑しながら読んだのです。

 「僕が表層をなめていただけの『サブカル』は、こんなにディープな世界だったのか……」と、あれから20年以上経って、思い知らされた、という気分でもあるんですよね。


 鬼畜ブームの仕掛人、ともいわれる編集者・青山正明さんに関して、著者はこう評しています。

 高い評価のあるサブカル編集者・ライターの青山氏や、執筆しているサブカル著名人たちがどういう人物なのか把握して、驚嘆すべき社会の暗部に触れつつ、青山氏の製作意図や露悪芸を楽しんだり、著名なサブカル人の文章を楽しんでいた人たちと、社会的なアングラ情報を求めて読んでいた人たちとの間には当然認識に大きな違いがあったでしょう。ただ、社会のアングラ情報を楽しんでいる人たちだって、基本的には覗き見して喜んでいるだけで、実行する人なんてほとんどいないわけで。こういう人はこういう人で、それを実行したりしないからこそ、覗き見して楽しんでる人が大半なんです。

 そこに取り上げられている様々な事柄は、社会的に黙殺されがちで表だって語られることがないという共通点があり、その意味でそれらは等価値であるとしても、実際にやるとなると実行を許されないものだってあるわけで、そういう常識はわきまえているというのが、本来だったら前提になければならないはずです。
 しかし、ブームというのは何でもそうなんですが、ブームになると本来持っていなければならない様々な前提を持たない人たちが多く参入してくることになります。たいていの場合、「あいつらバカじゃないの」とか文句を言えばすむ程度の話でしかないのですが、「鬼畜系」の場合、題材が題材なだけに文字どおり解釈するような人が現れたことで大変なことになったわけです。


 ひねくれ者たちが隅の方でこっそりやっとけばいい程度のことが、変にブームになってしまったために、本来だったらそういうものに絶対に関わってはいけないような人――そこで取り上げられていることを「カッコいいこと」として本気で賛美したり真似したりするような、理解力に乏しい人や、耐性のない素直な人や年少者に届くことになってしまうなんて誰もが予想してなかったことでしょう。


 「実際にやってしまったらそれは犯罪だし、とりかえしがつかないことになってしまう」ということは、ありますよね。会田誠さんの作品に描かれている、女性を虐待している場面を実在の女性でやってしまったら、それはもう犯罪行為でしかない。
 でも、「誰もが予想してなかった」というのは、あまりにも性善説すぎるというか、自分たちの加害性を無視していると僕は思うのです。
 この本を読んでいて、もっとも「しっくりこなかった」のは、著者は、「90年代サブカルの『鬼畜系』というのは、インテリが頭の中で『いけないこと』を想像してニヤニヤする、いささか悪趣味なゲームであり、実行しないことが大前提だった」と主張していることでした。
 いや、「誰かが実際にやるなんて思っていなかった」って、メディアで話をする立場としては、言わざるをえないというのはわかります。
 でも、あれだけ「挑発」しておいて、「実際にやるやつがいるとは思わなかった」って、あまりに無責任ではなかろうか。
 それなら、「誰かがとんでもないことをやるかもしれないけれど、自分の趣味嗜好として、これを世に出さずにはいられなかった」という主張のほうが、ずっと率直かつ真摯ではないか、という気がします。もちろん、それを「世の中に問うことの是非」はあるし、僕は「生理的に無理」だったから、『完全自殺マニュアル』止まりだったのですが。

 99年末、ブームも末期の頃、20代前半のX氏たち三人が制作し、インターネット上で販売していたビデオの内容は本当にひどいものでした。当時、ある雑誌の誌面で組まれた特集を元に内容の紹介をします。
 コンビニでバイトをし。店長と結託してポットのお湯に糞尿を入れ、小学生にそれで作ったカップラーメンを振る舞って食べさせる。「ブスを晒し者にする」というコンセプトで路上で女性の顔を撮り続ける「ブスファイル」。乗車拒否したタクシーに対して近代化センターにクレームを入れ、謝罪に来たタクシー会社の社長に対してヤクザのふりをして恫喝。ゴミ屋敷の住人を戦争体験の取材と騙して撮影したり、留守宅に侵入して内部を撮影。切り取り屋(時効になった債権を裁判所から買い取り、それを元に違法に取り立てをする非合法な仕事)に同行して、取り立てを受ける家族を無断で撮影。

 一言でいうと、無茶苦茶です。普通に女性蔑視とか人権無視とかだけではなく、単純に犯罪でしかない行為を堂々とひけらかしています。しかも、過去に犯してしまった犯罪を語るとかではなく、わざわざビデオのために犯罪を犯して、それを販売しているのですから。思考停止みたいで申し訳ないのですが、やっている行為が色々な部分でひどすぎるという感想しか出てきません。小学生に糞尿を食わすなんて、完全に気が狂っている行為です。しかも、動機は面白動画を撮りたいからというだけです。頭がおかしいとしか言い様がないです。
 しかし、別にX氏たちは「生まれながらに常軌を逸脱した先天的に犯罪性の高い異常者」とかいうフィクションの登場人物にしか存在しないような恐怖の存在というわけではないのです。単に、調子に乗ってしまっているだけの普通の青年です。そう、普通の人なんですよ。「鬼畜であればあるほど偉い」という間違った観念にとらわれた青年であり、「面白ければ何をやっても許される」という面白至上主義の成れの果てを見るような想いです。


 現在でも、「ウケるために」迷惑行為をしてSNSに動画を投稿する人は後を絶たないわけで、これは、90年代サブカルだけの病ではないと思われます。今でも、「チャンネル停止ギリギリのライン」をいかに攻めるか、で再生数を競っている動画投稿者は少なくありません。
 ただ、それこそ「想定外の視聴者にさらされる」ことによって、通報されて消されたり、社会的制裁を受ける事例も多いので、ある意味「可視化されたことによって、抑止力がはたらくようになった」とも言えそうです。
 

 「面白いから」という理由であれば、どんなことでも許されるわけじゃない。
 でも、人というのは、自分が当事者でなければ、そういう「暗い笑い」に寛容になりがちです。
 あまりに浄化された世の中は、息苦しいし、つまらない。
 とはいえ、露悪的な冗談も、実行してしまえば、洒落ではすまなくなってしまうことも少なくない。
 90年代サブカルの呪いというのは、今の時代にも尾を引いているというか、むしろ、その直撃世代が大人になり、親になることによって、子どもたち、若者たちに、「ダメなものはダメ」と言えない難しさが生じてきているような気がします。


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