
- 作者: 十川信介
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2016/11/19
- メディア: 新書
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内容紹介
結局のところ、人間とはわからないものである。しかし、それでもなお、人間とはわかるものである──。漱石の作品はわれわれにそう語りかけているのかも知れない。暗い孤独と深い明暗を心にかかえ、小説という仮構を通して人間なるものを追究する。作家・夏目漱石(慶応三年─大正五年)の生涯をえがく評伝。
夏目漱石の伝記+書いてきた作品の概説、という新書です。
僕は『坊っちゃん』と『こころ』という、教科書に載っていた作品くらいしか読んでいない漱石読者なのです。
『夢十夜』とか、けっこう好きなんですけどね。
この日本を代表する作家は、あまりにも有名であるために、かえって「優等生的で面白くない」というイメージも持っていました。
とくに後期の作品『それから』や『門』などは、なんだかドロドロとした男女、夫婦の関係を描いていて、若い頃は、あまり興味を持てなかったし、自分が年を取ってからは、そういうものにはあえて踏み込んでいきたくない、という感じです。
ただ、こういう「若い頃に読んでおくべき名作」に、40歳くらいから、かえって興味が湧いてきているのも事実なんですよね。
『門』の有名な一節
彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかつた。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であつた。
なんて、「ああ、これは僕のことだ……」と思わずにはいられないのだよなあ。
だからこそ、ちょっと漱石作品を敬遠してしまうところもあるのです。
ちなみにこの『門』という作品には、こんなエピソードがあるそうです。
『門』の題名は小宮豊隆によると、漱石が面倒くさくなって、森田草平に適当に考えてくれと依頼したものらしい。森田は小宮と相談し、机上の『ツァラトゥストラ』をいい加減に開くと、「門」という言葉があったのでそれに決めたという。出来すぎた話だが、どんな第でもそれに合致したものを書いてみせるという、当時の漱石の自信が感じられる。
この新書では、夏目家の5男として生れ、一度は他家に養子に出されながらも家庭の事情で夏目家に戻ることになった金之助(漱石)の「家」や「家族」への複雑な環境が描かれています。
江戸時代の末期に生まれ、本人が積極的に望んではいなかったにもかかわらず、ロンドンに留学することになった漱石は、当時の知識人として、「個人主義」の最先端に触れ、それを自ら実践してみせようとするのと同時に、そういう「個人主義者」になりきれない人でもあったのです。
家では機嫌が変わりやすく、大病をして妻に献身的な看病をしてもらって「見直す」までは、独善的な家長としてふるまってもいたようです。
夏目漱石という人は、社会的な地位を得て、弟子たちにも気難しいところはあったものの誠実な「先生」でした。
その一方で、家庭人として、夫として、父親としては問題も多かったのです。
漱石の精神状態は六月の梅雨を迎えて悪化した。夜中になると癇癪を起し、枕やら何やら手当たり次第に投げ、子供が泣いたと言っては怒った。鏡子(漱石の妻)はまた妊娠し、悪阻で苦しみ、肋膜炎で少し熱もあった。彼は女中も気に入らずに追い出し、鏡子一人を集中攻撃した.実家に帰れとしきりに言うので、鏡子はひとまず子供を連れて中根家へ帰ることにした。ロンドンでは他人目を憚り部屋に籠ったが、自宅では一番親しい者に当たり散らすのが彼の病気の特徴である。講義の受けの悪さや、年度末試験の採点、面接の立ち会いなど彼にとっては愚にもつかない仕事の連続で、癇癪のこぶがどんどん大きくなっていたのだろう。
家庭人としては、かなり「困った人」だったのです。漱石さんは。
こういう人って、身内にとっては、つらいですよね。
留学中に鏡子夫人の筆無精をたしなめた手紙なども紹介されていますが、けっこう癇癪持ちで細かいところがある人でもあったようです。
漱石のキャリアのなかで、ロンドンでの留学生活というのは、その作品を語るうえで欠かせない要素なのですが、漱石自身は西欧文学やその個人主義に影響を受けながらも、留学生活そのものにはあまり馴染めず、かなり精神的に参ってしまっていたんですよね。
あまりにも賢い人だっただけに、「自分の西欧的な理性が、自らの江戸っ子的・感情的な面を攻撃しつづけていた」のかもしれません。
44歳のときに(おそらく胃潰瘍からの出血で)一時危篤となったときのエピソードなどは、内視鏡治療もなく、外科手術もない時代は、胃潰瘍も致命的な病気だったのだな、と思いながら読みました。
それでも、漱石の名声と人望あればこそ、当時の最大限の治療を受けられて、危篤状態を脱して、その後も数々の作品を残せたのです。
逆にいえば、当時の「普通の人」は、今ではほとんど直接の死因にはならないような胃潰瘍からの出血で命を落としていたのだなあ、と。
この100年の医学の進歩というのもすごいものですね。
著者は「あとがき」に、こう書いています。
青年期の初めには、「個人」思想が輸入され、拡がった。養家と実家の間で宙ぶらりんだった塩原金之助は、帰属すべき場所を持たない「一人」となり、「個人」として生きざるを得なかった。だがその意識が強すぎた彼は、結婚後、自分の家族もまた、それぞれに「個人」だという認識を持つには時間を要した。
この新書の最後は、こんなエピソードで締められているのです。
臨終間際に娘たちが涙を流したとき、父漱石はやさしく、もう泣いてもいいんだよと言ったそうだ。彼はしばしば子供たちにも怒りをぶつけ、泣くなと怒る人物だった。筆子は父の不合理な怒りに泣くと、そのことでまた泣くなと𠮟られていた。死に際して彼は本来の持ち前を表に出し、優しい本性を示すことができたのである。
「個人」や「家族」の価値観が変わっていく時代の「理性と感情の葛藤」は、いまの時代にもあてはまるテーマであり、だからこそ、夏目漱石は読まれ続けているのでしょう。
漱石自身もまた、葛藤し続けた人、なんだよなあ。

- 作者: 姜尚中
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