琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】レンタルなんもしない人の“もっと”なんもしなかった話 ☆☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
今回も引き続きなんもしてません。亡くなったお祖父ちゃんの生家を一緒に探してほしい、惚気話を聞いてほしい、降りられない駅に行ってほしい、アンドロイドの練習に付き合ってほしい、呪いの人形と一晩過ごしてほしい、ヘルプマークを付けて外出するのに同行してほしい―2019年2月から2020年1月のドラマ化決定までの約1年間に起こった出来事を時系列で紹介。


 「レンタルなんもしない人」の活動を書籍化したものです。
 今回は、2019年2月から2020年2月まで。


 以前の活動の記録は、こちらになります。

fujipon.hatenadiary.com


「レンタルなんもしない人」も、始めてからもう2年になるんですね。正直、こんなに続くとは思っていませんでした。
 レンタルさんが疲れるか、レンタルする側が飽きるかで、終わってしまうだろうと予想していたので。

 今回収録されている期間での大きな変化は、これまで「交通費のみ」だったのが、「どんな依頼でも、交通費+1万円」に改定されたことです。

【(2019年)9月16日】
 生活費や養育費をもっと家庭に入れろという声が多いので(もちろん今もある分は入れてますが)、利用料とることにします。すでに引き受けた依頼については大丈夫です。これから成立した依頼については1件につき1万円でお受けします。のちほどプロフィール修正し詳細追記します。


 この時期、家族と別居していることについて、ネットでかなりバッシングされていましたよね。
 無料でこんなことをしていて、家族は放ったらかしかよ、みたいな。
 僕は、本の出版とかでの収入は発生しているみたいだし、これは社会実験みたいなものでもあり、他人の家庭のことをとやかく言うのは余計なお世話だよなあ、と思っていました。
 家族には、それぞれの事情や考え方もあるのでしょうし。

 「有料化されてから、依頼の内容が変わったのか」については、SNSでの簡単なやりとりだけで済むような依頼は少なくなった印象を受けます。
 そして、お金が介在するから、これまでもあった、依頼者の活動の宣伝的な依頼が増えるのではないか、と予想していたのですが、意外とそうでもなかったみたいです。 
 これは、そういうのをレンタルさんがあまり採りあげなくなったからなのかもしれませんし、サービス開始から1年以上経って、宣伝効果が薄れた(と宣伝したい人が判断した)からなのかもしれません。

 それでも、「1万円払ってでも、『なんもしない人』に、ただ、傍にいてほしい」という人は絶えないのです。

 この本を読んでいて感じるのは、「他者と仲良くする」というのは、心地よいことではあるけれど、「貸し借り」みたいなものを意識してしまう人にとっては、けっこうめんどくさいというか、プレッシャーを感じるものだということなんですよ。
 僕自身も、「この人は自分にとって大事な人だし、仲良くしたい、嫌われたくない」と思うと、「一緒にいて楽しいけれど、やたらと疲れる」ということになるのです。

 友達ではない人をレンタルする理由としてよく聞くのが「自分の趣味に付き合わせるから全額奢りたいのに友達だと払おうとされ、それを断ったりするやりとりを想像するだけで面倒」「奢った場合も別の機会にお返しされたりしてしんどい」というもので、僕自身もこういう理由で友達がいないような気がする。


 僕もそんな感じなんですよ。でも、世の中には「1人で行くにはちょっと敷居が高い」場所が多すぎる。

 医師国家試験の合格発表を一緒に見てほしい、なんていう依頼もあって、「これはわかる!」と僕も思いました。
 8割から9割くらいは受ける試験で、合格か不合格しかない。
 同級生に「不安だから、一緒に見に行こう」と言われても、もし、どちらかが落ちていたら、どう振る舞えばいいのか想像もつかない。でも、ひとりで見るのはやっぱり怖い。
 たしかに、こういうときに、「これまで面識もなく、これからの人生で利害関係が生じる可能性も低いけれど、ただそこにいてくれる」レンタルさんがいてくれたら助かると思うのです。
 僕の場合は、レンタルさんにでも、自分が落ちたところを見られたら恥ずかしい、かもしれないけれど……

 他人に恥ずかしいところを見せたくない、「借り」をつくりたくない、でも1人はつらい。

 本当は、ほとんどの場合、みんな自分のことなんか見ていないんですよ。医師国家試験だって、不合格になったとしても、その場では慰められることがあっても、みんな自分のそれからに精一杯で、すぐに他人のことは忘れてしまうし、一年留年したからといって、気にもしない。
 ただ、どんなにそう周りから言われたところで、本人にとっては、その一歩が踏み出せないことはあるのです。
 
 この本を読めば読むほど、レンタルさんの価値は「その場にいるけれど、何もしてくれない」ことにあるのだと感じます。
 レンタルさん自身も、「レンタルなんもしない人」の看板を外しているプライベートの状況で、知人と麻雀をしていて「自分が何もしていなかった」ときに、けっこう居心地が悪かった、と仰っているのです。
 けっこう重い話を聞かされたり、人が落ち込んだりする現場に立ち会っていて、「何もしないでその場に居続ける」というのは、けっこうキツイと思うんですよ。

 レンタルなんもしない人を利用して身近な人には言いづらい話をし、とくに余計な口を挟まれずすっきりできたとしても、そのことを僕がツイートしたときの反響の中に恐らく回避したかったであろう言葉が混ざってしまうのが悩ましい(それを見越して「ツイートしないで」等、遠慮なくお申し付けください)。
 交通費とかしかもらっていないときはさておき、依頼ごとに1万円以上もらうことにしてからの「レンタルなんもしない人」は模倣するの結構難しいんじゃないかと思う。受け取る金額に比例して、かなりの”なんもしたくなさ”が要求される。


 レンタルさん自身が「自分は共感力に乏しい」と仰っているのですが、「1万円」という、それなりの金額をもらって何もしないというのは、基本的に「返報性」を持っている人間にとっては、けっこう難しいのではなかろうか。
 それを考えると、「なにもしないでその場にいられる」というのはかなり特別な能力ではないか、とも思うのです。
 

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