Kindle版もあります。
シニア日雇い派遣添乗員が綴る
“毎日が修羅場"な旅行現場のセキララな実態!67歳の現役ツアーガイドである著者は、
海千山千の旅行業界人と理不尽なお客が起こす、
さまざまなトラブルに振り回される日々。
びっくり仰天のアクシデントに右往左往しつつ、
旅先での温かな交流も活写した、
読んで楽しい、笑って泣ける「業務日誌」!【目次】
第1章 派遣添乗員はつらいよ
第2章 魑魅魍魎のトラベル業界
第3章 規格外だよ海外トラブル
第4章 悲喜こもごもの温泉地
第5章 ほろり道中
第6章 人生という名の旅路
第7章 新型コロナでどうなった
著者の梅村達さんが昨年上梓された『派遣添乗員ヘトヘト日記』は、けっこう売れたそうです。
サービス業の裏話には、一定のニーズがあるんですよね、たぶん。僕もそういう話を読むのは大好きだし。
そこで、二匹目のドジョウ、というか、前作に収録しきれなかったエピソードに、旅行業界側からみた新型コロナウイルスの影響などを加えてできたのがこの新書なのです。
ツアーの添乗員って、いろんなところに旅行はできるし、「何もトラブルが起こらなければ」そんなに忙しくもなさそうだし、けっこう楽しそうな仕事だよな、なんて思うこともあるのですが、実際にやっている人の話を読むと、世の中にはいろんな人がいるし、とんでもないトラブルも起こるものなのだな、と驚かされます。
業界用語に「ゴーショウ(Go Show)」、「ノーショウ(No Show)」というのがある。
前者はツアー参加者名簿に名前のない人が、集合場所に現れること。めったにないケースだ。それでも私は二度、経験したことがある。
一度目は初老の年格好の夫婦に夫の父親、つまりお祖父さんが勝手について来てしまったというもの。家からいそいそと息子夫婦が旅支度で出かけるのを見て、お祖父さんも旅心をかき立てられたのか。
あいにくそのツアーは、バスが満席であった。旅行会社に連絡を入れると、補助席で構わないのであればOKとのこと。その旨を伝えると、お祖父さんは大喜び。正規の座席ではないため、500円引きで「ゴーショウ」参加となった。
3人で話し合いがあったのであろう。本来は夫婦水入れずの席に、お祖父さんと奥さん。はみ出る形で補助席に座ったのが夫君。お祖父さんはツアー中、すごぶる上機嫌この上なかった。
もう一つのケースは、東京の池袋発のツアーであった。参加者の受付をしていた私に、老夫婦がツアーの旅程表を差し出して、「このツアーの係の人かい?」と訊いてきた。
旅程表を見ると出発は7時で、バスはとうに出ていた。私のツアーは、7時半出発である。同じ旅行会社ではあるものの行き先の異なる、まったく別のツアーであった。
要するに、二人は勘ちがいをして、30分遅れで来たというわけだ。そのことを伝えると、せっかくここまで来たのだから、代わりに私のツアーに参加させてくれとせがまれた。
これまた旅行会社に相談すると、席に余裕があればいいとのこと。その日は空席があった。それで夫婦は当初の予定の静岡から山梨へ、まさかの行き先変更の旅となった。
いずれの二例も昼食の人数変更を、食事処へすぐに連絡した。当日に減ることはあっても、増えることなどめったにない。事情を説明すると、先方も驚いていた。
後者の「ノーショウ」は名簿にのっている参加者が集合場所に来ないこと。「ゴーショウ」とは逆に、こちらはよくある。
「予約していた人が来ない状況」というのは、まあ、想像がつきますよね。
添乗員さんは困るでしょうけど、「想定内のトラブル」であり、ノウハウも蓄積されているはずです。
でも、「名前がない人が集合場所に来る」なんてことが実際にあって、そういうトラブルに対しても、けっこう臨機応変に対応していることには驚きました。「いや、さすがに今からは無理ですよ」って言うものだと思っていたので。
実際は、手続き上の不備や連絡ミスなどで、「申し込みしていたはずの人の名前が名簿にない」ということも起こりうるので、「ゴーショウ」も運営側にとっては、「想定内」ということなのかもしれません。
だからこそ、「ゴーショウ」なんていう用語も使われているわけで。
著者は(あまりしつこくならない程度に)参加者の雰囲気を良くするために、なるべく笑ってもらうよう心掛けているそうです。
ただ、長年添乗員をやっていても、参加者の「内心」というのはわからない、とも述懐しています。
私の経験上もっとも安定して笑いを取ることができるのは、アンケート用紙を配る際のひと言である。
その時に私は、「添乗員の評価もございますので、ぜひとも温かい目でよろしくお願いします」とひと言そえるようにしている。この下心見え見えのフレーズは、いつもバカ受けする。
そういう具合に自分なりにあれやこれや工夫して、参加者に少しでも喜んでもらえるよう、そして自分の評価が上がるよう、努力をしている。
それではギャグが大受けして、大爆笑になるようなツアーのアンケートがいいかというと、必ずしもそうなるとは限らない。
笑いをたくさん取ることができ、参加者のほとんどがニコニコしていて、愉快そうにしている。今日のアンケートはいいなと思っていると、あにはからんや意外な結果となることがあったりする。
その反対に何を言っても、参加者の反応はいまひとつ。通夜のようにずうっとシーンとしているということも間々ある。おまけにつまらなそうな顔、不機嫌そうな顔をしている人もいたりする。
そういう時には、戦々恐々としてアンケートを見ることになる。そしてこれまた思いのほかの評価のこともあったりするのだ。
ニコニコ顔も不機嫌な顔も、もちろん参加者の胸の内を映している。けれどもその奥底にひそんでいるのは、不可解な紋様である。
参加者の心という鏡は摩訶不思議で、謎にみちている。
僕自身は、バスの中でも和気あいあいとしていて、笑いが絶えないようなツアーは、それはそれで疲れるし、めんどくさいなあ、と思ってしまうのです。
ニコニコして周りに合わせながら、気疲れしている人も多いのではなかろうか。
険悪なムードになるのはキツイとしても、移動をともにするだけで、あれこれ詮索されないほうが気楽ではあります。
ツアー旅行そのものに、そんなにたくさん参加したわけではないのだけれど。
ツアーの参加者にもいろんな人がいて、添乗員さんと友人のように接したり、連絡先を交換して、今後も一緒にプライベートで旅行に行きましょう、と言われることもあるそうです。
相手はお客さんだから邪険にするわけにもいかないけれど、あまりに仲良くしようとされると困ってしまうのもわかります。
国内ツアーの添乗員にもっとも身近なのは、バス会社である。添乗員とバスドライバーは、いわば仕事仲間である。
一口にバス会社といっても、業務内容は様々である。路線バスを運営している会社、貸し切りバス専門の会社、そしてその両方を運営している会社。
コロナ禍で人出が少なくなり、すべてのバス会社がダメージを受けた。中でももっとも深刻なのが、貸し切り専門の一本足打法の会社である。
それまでは需要が拡大する一方で、アクセルを目いっぱい踏み続けていたところへ、旧ブレーキがかかってしまった。バスもドライバーも不足状態であったのが、逆ににわかに余剰資産と化してしまったのである。
バス業界は、中小や零細企業が多い。だから会社を維持する資金が底をつき、廃業に追いこまれてしまったケースが少なくない。
ツテをたよってマスクを仕入れ、糊口をしのいだ会社もあったという。ふだんはハンドルを握っている、いかつい顔をしたドライバーが、ペコペコ頭を下げてマスクを売り歩く姿は、百年に一度と言われる危機ならではの変事であろう。
そうして何とか難局を乗りこえたとしても、ドライバーたちの苦しみは、現在進行形なのである。
彼らはハンドルを握り、バスを走らせてナンボという世界の住人である。仕事が減って、収入がガタ落ちとなっている状態は継続している。
晩秋のツアーで仕事を組んだドライバーが、「明日は警備員のアルバイトに行くんですよ」と、哀愁をにじませた笑顔で語ったものである。
新型コロナ禍で、添乗員の仕事、とくに海外ツアーは壊滅状態で、現時点でも再開のメドも立たず、これを機に転職してしまった人も多いそうです。
新型コロナ禍の前まで、来日する海外からの観光客は増え、2020年の東京オリンピックを見込んで新しいホテルも続々と開業していただけに、まさかこんなことになるとは……
コロナ以前は、旅行は「うらやましい趣味」だったけれど、いまは「旅行に出かける」と誰かに言えば、眉をひそめられる状況です。
まあでも、コロナ禍のなかでも、状況は少しずつ変わってきてはいるのです。国内ツアーは少しずつ回復してきているそうですし、マスクを買うために開店前からドラッグストアに行列ができていたのも、ずいぶん昔の話のような気がします。ワクチンの効果が予測通りに得られれば、状況はかなり改善されるはず。
すべてが元通りになるかどうかはわかりませんが、それでも、人間の「新しい場所へ行ってみたい、知りたい」という欲求がそう簡単に消えるものではないとは思うのです。