琥珀色の戯言

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【読書感想】プーチンの野望 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

独裁者・プーチンを徹底解明!
その内在的論理を理解しなければ、ウクライナ侵攻を理解することはできない。
外務官僚時代、大統領となる前の若き日のプーチンにも出会った著者だからこそ論及できる、プーチンの行動と思想。

〈戦争の興奮から距離を置いて、プーチンのそしてロシア人の内在的論理をとらえることが本書の目的だ。(中略)ロシアについて論じるときに私は、常に理解しがたい他者の内在的論理をつかみ、表現する努力を行ってきたつもりだ〉(はじめにより)

〈インテリジェンス(諜報)の世界で、お人好しは生き残っていくことはできない。だからインテリジェンス・オフィサー(諜報機関員)は、職業的におのずと陰険さが身につく。ただし、プーチンのように、陰険さが後光を発するほど強い例は珍しい。「プレジデントホテル」で死神の姿を見たときから、私のプーチン・ウォッチングが始まった〉(本文より)

※本書は、著者が論壇デビューした2005年から発表したプーチン論を再編集し、新たにウクライナ情勢を加えて大幅に加筆・修正したものです。


 ロシアの侵攻ではじまったウクライナ戦争は、ロシアへの国際社会の批判や経済制裁にもかかわらず、終わりが見えない状況が続いています。
 
 この新書、外交官として、「大統領になる前のプーチン氏」とも接したことがある佐藤優さんによるものです。

 戦争を引き起こした独裁者として、どうしても今の世界からは「悪者」に見えてしまうプーチン大統領なのですが、実際に多くのロシアの人々と接し、外交の世界に身を置いてきた佐藤さんは、「なぜ、プーチン大統領は独裁者となったのか?あるいは、ウクライナで戦争を起こしたのか?」という「あちら側の理由と経緯」を考えているのです。

 太平洋戦争で、日本の軍部の指導者層は「世界情勢や自国の力を見誤り、無謀な戦争で国民を苦しめた」と現在では「解釈」されることが多いのですが、当時は日本国民もその軍部の幻想を共有していたのです。
 「勝てば官軍」というのもまた人類の歴史であり、「大量破壊兵器がある(実際は存在が証明できなかった)」という名目でのアメリカのイラク侵攻も、客観的にみれば「ひどい言いがかり」ですよね。
 
 ただ、ウクライナに侵攻したのはロシアであることと、今の日本の世界での立ち位置を考えると、現在の日本のロシアへの対応は当然だとは思います。

 佐藤さんは、プーチン大統領の「自分が権力者でいることへの意識の変化」について、外交官時代にロシアのことや世界情勢について教えを受けたゲンナジー・ブルブリス元国務長官(現・連邦院〔上院〕議員)の言葉を紹介しています。

プーチンははじめ、大統領の権力をエリツィンから譲ってもらったと思っていた。その次に国民に選ばれたと感じた。しかし次第に、自分のようなKGBの中堅官僚が突然国家のトップになるのは、神の意思ではないかと考えるようになった。これはトップになる政治家に共通の要素だ。エリツィンにも神に選ばれたという思いがあったよ。だから教会の最高指導者とか天皇に独特の思いを抱くようになるんだよ」


 このブルブリスさんの見解は、この本のなかで、何度か繰り返されています。

 僕がこれを読んで最初に思い出したのは、F1レーサーのアイルトン・セナのことでした。
 彼ほど傑出したドライバーであり、最新のテクノロジーに囲まれて結果を残してきた人が、なぜキャリアを重ねていくにつれて「神」を語ることが多くなっていったのか?

 亡くなられた、安倍晋三・元首相のことも考えずにはいられなかったのです。

 人というのは、とてつもない成功をおさめると、孤独にもなるし、なにか大きな力の恩恵によるものではないか、という心境になっていくものなのかもしれません。
 プレッシャーは大きく、周囲の人が、自分の地位を脅かすのではないか、という不安にも苛まれます。
 感謝され、尊敬されるけれど、恨まれ、憎まれることも多いのです。

 その状況が長期間続けば、なおさら、「自分が権力を握っていられるのは神の意思」だと信じずにはいられなくなる。

 僕自身はそういう立場になったことがないので想像することしかできませんが。

 著者は、ロシアで生きている人々には、これまでの歴史的な経緯や生活習慣があって、それを「欧米的な常識や人権感覚」で判断するのは難しい面がある、と考えているのです。

 2000年にプーチンが大統領に就任して以降も、ロシアにはそこそこの言論・表現の自由があった。プーチンが設定した「ゲームのルール」──すなわち「経済人は政治に嘴(くちばし)を差し挟まず、金儲けに専心し、税金をきちんと納める」という原則さえ守れば、経済活動も自由にできた。
「そもそも良い人は政治家にならない。プーチンは悪い政治家である。しかし、うんと悪い政治家、とんでもない政治家ではない。まあ、この程度の独裁者ならば許容できるだろう」
 これがロシア大衆の平均的感覚なのだ。
普通のロシア人とプーチンについて議論すると、
「昔のような熱い支持はないよ。もう飽きた。しかし、プーチンの代わりに大統領を務めることができる人もいない。メドヴェージェフの小僧が大統領をやったが、力量不足だ。あいつは、ツイッターで軽々に発信する。それに英語でちゃらちゃら話をするあたりが軽い。プーチンのような恐さがなければ、ロシアで大統領は務まらない」
 という返事が返ってくる。プーチンをぼろくそに非難するのは、親欧米的な世界観をもった一部の知識人とジャーナリストしかいなかった。


 ウクライナへの軍事侵攻というのは、いまの日本に住んでいる僕からすれば「世界の秩序を破壊する蛮行」だと思うのですが、ロシアとウクライナの歴史的な経緯やウクライナという国の新ロシア派と親欧米派の分裂、隣国までNATOに加盟してしまう状況への不安、というロシア側の言い分もあるのです。
 プーチンは「独裁者」であり、反対派を弾圧するのは承知の上で、ロシアの人たちは、「ロシアの社会を安定させられるのは、現状、プーチンしかおらず、選択肢のなかではいちばんマシだろう」と判断しているわけです。
 それはそれで、合理的だとも言える。
 もっとも、この先も戦争が長引いて、市民の生活が窮乏を極めるようであれば、人々の考えが変わっていく可能性はあります。

 著者は、ロシアへの経済制裁の効果について、こう述べています。

 見落としてはいけないのは、ロシアは意外と孤立していないという事実だ。西側諸国は、厳しい経済制裁によってロシアを締め上げ、音を上げさせようとしている。前にも述べたが、経済制裁によってプーチン政権が倒れることはない。考えてもみてほしい。経済制裁によって、体制が倒れた国がこれまでどこにあるというのか。世界中から厳しい経済制裁を受けてきた北朝鮮もイランも、体制は転覆していない。少なくとも今のロシアは、北朝鮮やイランよりはよほど体力がある。

 ロシアのルーブルも、一時は大暴落し、紙切れ同然になると言われていましたが、現時点(2022年7月中旬)では、ルーブルの価値は戦争前と変わらないくらいになっているのです。
 日本の太平洋戦争での敗戦も、経済的な困窮は大きな要因とはなりましたが、ポツダム宣言受諾の決定打になったのは、沖縄を占領され、広島・長崎に原爆を落とされるという「アメリカの攻撃で多くの犠牲者が出て、戦力差を思い知らされたこと」でした。
 いまのロシアの場合は、国際社会のすべてを敵に回しているわけではないし、NATO軍が直接参戦してくることも考えにくい。

 1999年、ポーランドチェコハンガリーが新たにNATOに加わった。2004年にはルーマニアブルガリア、バルト3国(エストニアラトビアリトアニア)、スロバキアスロベニアの7ヵ国がNATOに加盟している。アメリカの主導によってNATOは東方拡大を続け、ロシアをずっと刺激し続けてきた。
 このうえウクライナまでNATOに加わることになれば、ロシア陣営でもNATO陣営でもない軍事的な緩衝地帯(バッファー)を失い、ロシアは喉元に匕首を突きつけられることになる。
 西側の同盟国になるか。ロシアの同盟国になるか。中立の道を選ぶか。独立国であるウクライナには、決定権があるのは当然だ。だがロシアとNATOという巨大国家に挟まれた弱小国であるウクライナは、バッファーにしかなりえない。この地政学的制約を、ウクライナは宿命として受け入れるしかないのだ──リアリストであるミアシャイマーシカゴ大学)教授はこう考える。私も同じ認識だ。


 第三者的にみれば、著者の言う通りではあるのでしょう。ウクライナがバッファーとしての役割に徹してくれれば、こんな戦争は起こらなかったかもしれません。
 とはいえ、ウクライナの人々からすれば「その国に生まれた運命だから、お前たちはバッファーになれ」と言われても、そう簡単には受け入れられないと思うのです。
 なぜ自分たちだけが、そんな「制約」を課せられるのか……と反発するのは当然でしょう。

 戦争というのは、正義と悪との闘争ではなく、お互いの正義の衝突なんですよね。
 とはいえ、いまの日本、そして僕の置かれた状況を考えると、アメリカとウクライナの肩を持たざるをえないのです。

 『潮出版社』の新書なので、巻末に、創価学会の宣伝のような章が収められているのは気になるのですが(最近の佐藤優さんは、創価学会にかなり接近しているように見えます。もともとキリスト教徒で、神学部出身でもあり、宗教への親和性は高い人ではありますけど)、実際のロシアを知る人の「プーチン大統領、そして、ウクライナ戦争についての見解」が読める新書だと思います。


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