琥珀色の戯言

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【読書感想】バッタを倒すぜ アフリカで ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

自分の婚活よりバッタの婚活!? 日本、モーリタニア、モロッコアメリカ、フランス――世界中を飛び回り、13年にわたり重ねてきたフィールドワークと実験は、食糧危機の原因となるバッタの大発生を防ぐ可能性を持っていた! 現実を舞台にした異世界転生ストーリー、ついにリブート! 新書大賞受賞、25万部突破の『バッタを倒しにアフリカへ』刊行から7年。画期的な研究内容がベールを脱ぐ。


 あの『バッタを倒しにアフリカへ』の7年越しの続編が!

fujipon.hatenadiary.com

 前作もすごく面白かったのと同時に、研究者になりきれなかった人間としては、著者の圧倒的なバイタリティが羨ましくもあったのです。
 前著がベストセラーになったことで、世の中には「研究」というものに興味を持っている人がこんなにいるのか、そして、こんな「論文を書く高野秀行」みたいな人が存在するのか!と驚きました。

 この本は、すなわち、異世界転生モノ的に、アフリカのバッタの繁殖行動を明らかにしようとする研究者の活動話を大黒柱とし、それを「婚活」「仕事」「旅」という裏話の三本柱で支えたものである。
 すでに壮絶にバランスが悪く、崩壊しそうな建てつけになっているが、そこは著者と編集者の腕の見せどころである。どのようにバランスをとりながら本書が綴られるのか、ハラハラしながらお楽しみいただきたい。


 タイトルが前作と紛らわしい続編なのですが、新書で600ページを超える分厚さで、書店で手に取って思案し、結局、Kindleで読みました。
 新書って、手軽に読みきれるのが長所なのに、このボリュームなら分冊したほうが良かったのでは、なんて思いつつ。

 これ読むの大変だなあ、と内心ぼやきつつ読み始めたのですが、最後は読み終えるのが惜しくなってしまいました。
 やっぱり面白いなあ、前野ウルド浩太郎さん。
 そして、紹介されている研究の内容も、地道なフィールドワークの積み重ねと研究室内での実験・統計の両方から「事実」に迫った素晴らしいものでした。

 知のピースとなる観察事例が増えるほど、パズルが組み上がっていくように、知りたい自然現象の全体像を想像しやすくなる。
 今回の野外観察で、昼はオスだらけなのに、夜になるとカップルだらけになっていることを観察できた。手持ちのほんのわずかな知のピースを眺めているだけでも、「もしかしたらこうなんじゃ……」と、妄想を繰り広げるこの時間は、もどかしいけど、すごく贅沢かつエキサイティングである。

 これまでたった2回の調査しかしていないが、ピースを時系列に並べると、

1.日中、集団はオスに性比が偏っている
2.オスの集団にメスが飛来する
3.夕方、カップルが集合し始める
4.夜になるとカップルが密集して産卵し始める
5.朝になるとほとんどのバッタがいなくなっている

 という流れになる。
 もし雌雄が同居していたら、日中の時点で性比はほぼ1対1になるはずだが、出だしはオスに性比が偏っている。徐々にメスの割合が増え、カップルの数も増え、夜になるとカップルだらけになり、性比はほぼ1対1になる。
 ということは、メスはオスと同居せずにどこかで別居しており、交尾・産卵するためにオスの集団を訪れ、翌朝までにカップルを解消して、どこかに移動しているのかもしれない。
 てっきり雌雄が仲睦まじく同居しているもんだと思い込んでいたが、なんだこの繁殖行動は! たった2回の観察で結論付けるわけにはいかないが、これは未だかつて知られていない発見になるのではなかろうか。


 ここで、「まあ、偶然だよね」で済まさないのが研究者、なんですよね。
 とはいえ、本当に「偶然」の可能性もあるし、季節や地域性など、特殊な状況でのみ成り立つ現象なのかもしれません。
 そこに疑問を抱き、その疑問に仮説を立て、みんなが納得し、再現できる形で検証して見せないと、「研究」にはならないのです。

 なんとなくそんな気がする、とか、自分が見たときはこうだった、では、通用しない。
 仮説を立てて、長年検証した結果、それは偶然だった、とか、なんらかのバイアスがかかる状況だった、とか、発表前に他の人が同じような研究結果を論文にして世に出してしまっていた、ということもよく起こります。

 頑張らないと結果は出ないけれど、頑張っても報われるとは限らない。
 論文になって、有名な雑誌に掲載されないと、それは「自分の実績」としては認められない。
 厳しい世界だよなあ、本当に。

 その一方で(だからこそ、なのかもしれませんが)、この本の中には、ウルドさんを支援してくれるたくさんの人たちが出てきます。
 ウルドさんの旅費や滞在費を出して、アメリカで実験のやり方を見せてくれた教授や、それぞれの専門を活かして、研究のサポートをしたり、アイディアを出してくれた仲間の研究者も大勢出てきます。

 研究者どうしは「ライバル」ではあるのだけれど、これまでの様々な研究者の仕事の積み重ねがあればこそ、「巨人の肩の上に立っている」ことを意識し、助け合ってもいるのです。

 もちろん、ダークサイドが全くない、というわけではないけれど。

 バッタ学、というのは、比較的、お金につながりにくいジャンルだけに、それを専攻している人たちは、他者を出し抜くことよりも、同好の士を歓迎するのかもしれませんね。
 
 「バッタの繁殖行動とか、研究してなんの役に立つの?」という疑問についても、この本の中で著者は答えておられます。
 こじつけとかじゃなくて、確かに、人類にとって大きなメリットがある研究なのです。
 著者にとっては、「お金になる!」とかいうよりも、「バッタの生態を知りたい!」という興味、好奇心のほうが上回っていると思いますが。

 前作『バッタを倒しにアフリカへ』はベストセラーになり、「世界一受けたい授業」に出演するなど、サバクトビバッタとウルドさんは、かなり世に知られるようになったのです。
 それは、経済的なゆとりをもたらし、研究の環境の改善にもつながりました。
 フィールドワークのためにはアフリカに行かなければならないし、現地でも助手を雇ったり、実験の道具を揃えたりするのには、お金が必要です。
 公的な助成金の制度はあるのだけれど、あまりお金になりそうもない研究にはお金が出にくいのも現実です。

 ただ、そうして「まだ研究の成果を論文として発表しないまま、『有名な研究者』になってしまったこと」は、大きなプレッシャーになったのです。

 真摯に科学に向き合うべき研究者としては、決して褒められたものではないこれらの露出ぶりは、サバクトビバッタのみならず、私の名前も一部界隈で有名にした。だが、有名になるために研究をしてきたのではなく、研究を続けるために、やむを得ず有名になったという信念を抱いていた。
 研究者の名が知れ渡るのは、論文によって公表された何らかの発見が注目されるというように、研究を通じての場合がほとんどだが、私の場合は順番が逆で、ネットを利用して知名度をあげ、それによって研究の中身を知ってもらうという流れだった。そのため、「実力不足なのに無駄に有名」という謎の図式ができあがっていた。
 ようやく、経済的なことを心配することなく、落ち着いて研究できる環境に辿り着いたが、邪道な方法を用いた私を待ち受けていたのは「有名税」であった。私を嘲笑し、中傷する噂話が、どこからともなく耳に飛び込んで来ては、心を痛めた。
 長年かけてデータを収集していても、論文発表をしていなければ、何もしていないのと同じである。自分なりに苦労し、あちこち飛び回り、足りない頭をひねってアイデアを絞り出しては、地味な難問を乗り越えてきたとしても、私を嘲笑う人たちの耳や目には、私の努力は何も届いていない。
 多くの研究者が私を見下しているのも知っている。「最近、論文出ていませんね」と、直接、研究者仲間から言われることも少なくない。自身の実力不足が招いた結果ではあるが、屈辱であった。
 しかし、私が悪いのだ。彼らを見返し、研究者としての尊厳と自信を取り戻す方法は、ハイインパクト雑誌に論文が掲載されることだった。一発逆転を狙い、何が何でもと意地になっていた。だから、論文執筆の時間を割いて取材対応をすることに、すさまじい焦燥を感じていた。


 この本では、ウルドさんの論文執筆の過程から、雑誌への投稿、そして、さまざまなハードルを乗り越えて、論文が世に出るまでが詳しく書かれています。
 ウルドさんの論文が掲載されたような、インパクトファクター(掲載された論文がどれくらい他誌に引用されているかを示す指標)が高い雑誌に認めてもらうのは、本当に大変なことなんですよね(僕自身はその栄誉に浴することはなかったので、正直すごく羨ましかった。でも、ここまでやらないといけなかったのか、と納得もできました)。

 僕はウルドさんの前作を読んで、面白いなあ!と思ったのと同時に、「研究者」にも、こんなにもバイタリティやプレゼン能力が求められる時代なんだなあ、と、せつない気持ちにもなったのです。研究者って、地味にコツコツ、というイメージがあるけれど、その「地味にコツコツ」ができて、しかも、他者とのコミュニケーション能力を併せ持っていないと、成功するのは難しいのです。「偏屈な天才」には向かない職業、になっている、とも言えます。


 あれ「婚活」は?という疑問はさておき(少なくとも「バッタの婚活」についてはしっかり書かれているのですが)、今の日本では、やや軽んじられがちな「すぐにお金になるわけではない研究や、その研究者」の魅力が描かれた本だと思います。
 論文の有名雑誌への投稿って「婚活」みたいだな、とも感じました。

 ビッグデータの処理がインターネットやコンピュータの性能アップで以前より簡単になり、AIも進化している時代は、長年・大量のデータを集めて「メタ解析」した論文も多くなっているのですが、ウルドさんの研究は、まさに「研究者がその場にいて、自分の目で観察したからこそできたもの」なのです。
 
 研究者的には、ある程度コンスタントに論文を書いて、それなりの雑誌に載せないと実績にならないし、そのためには、地道なフィールドワークとかは効率が悪い、というのも事実なんですよね。

 この本は、エンタメ寄りだと思われやすいけれど、「フィールドワークには、まだまだ可能性がある」というメッセージも込められているのではなかろうか。
 というか、AI時代には、フィールドワークが人間の仕事に回帰し、データ解析はAI、と分業化していくような気もしています。
 ただ、どんなにAIが進化しても、「仮設を立て、何を研究対象とするか」という起点だけは、おそらく最後まで「人間のもの」として残っていくのでしょう。

 
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