琥珀色の戯言

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【読書感想】「モノ言う株主」の株式市場原論 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「黒字経営だからいい会社」は大間違いです!
新NISAで投資への関心が高まったこともあり、株価はバブル期の最高値を超えた。だが「失われた30年」で開いた海外との差はまだまだ大きい。逆にいえば、やり方しだいで成長に転じる潜在力が日本企業にはあるとも言えよう。それでは、どこをどう変えればいいのか?

まずは「ふつうの資本主義」を取り戻すことから始めなければならない。しかるに、日本企業は内部留保を抱え、研究開発や新規事業への投資に消極的であり、親方日の丸からの天下りなどガバナンスにも問題が大きい。

著者は、そんな諸課題を抱える企業を相手に「社長はおやめになったほうがいい」と直言してきた国内アクティビスト(モノ言う株主)の代表格・株式市場と企業経営の本質を喝破するとともに、ピカピカの会社ではなく、あえて改善点が多い会社に投資してきた自らの哲学を明かす。


 僕はけっこう長い間、投資というのはなんだか怖い感じがして、銀行に薦められた毎月分配型の投資信託をとくに触ることもなく10年くらい持ち続けていたのです。
 ネットで個別株を取引するようになったり、インデックス投資を積み立てるようになったりしたのは、コロナショック以降です。
 足を踏み入れてみると、「経済」という世界は奥が深いし、競馬みたいに外れてもいきなりゼロにはならない(実際は、意識しないところで、G1レースの負け額の何十倍ものお金が増えたり減ったりしているのですが)、ネットでやれば、スマートフォン1台で簡単にできる、という手軽さもあって、けっこう真面目に勉強するようになりました。
 信用取引で大勝負、というタイプではなくて、好きな会社や高配当株、面白そうな優待株を少しずつ買って、生活に支障が出ない範囲でやっている、という感じではありますが。
 自分が任天堂の「株主」だというだけで、ちょっと気分が良いじゃないですか。それがたとえ1単元(100株)だけであっても。

 この本は、国内アクティビスト(モノ言う株主)として知られるファンドを率いる著者が、今の日本企業の問題点と、「ハゲタカファンド」(お金になりそうな企業に難癖をつけて大金を稼ぐ)なんて思われがちな、アクティビストの実際の仕事について書いたものです。

 
 著者は、あの「村上ファンド」の村上世彰さんと一緒に仕事をしていたこともあるのです。

fujipon.hatenadiary.com

 自分で経済の勉強をする前は、アクティビストなんて、自分たちが儲けることしか考えず、企業とその他の株主から身ぐるみ剥いでいく連中だと思っていたのですが、村上さんは、上記の本に、こう書いておられました。

 アメリカでは90年代に入ると、株主が経営者を監視する仕組みとして、コーポレート・ガバナンスという言葉が当たり前のように使われていた。しかしその当時の日本では、金融機関に勤める人でも上場企業の経営者でも、まだ知らない人がほとんどだった。
 コーポレート・ガバナンスとは、投資先の企業で健全な経営が行われているか、企業価値を上げる=株主価値の最大化を目指す経営がなされているか、株主が企業を監視・監督するための精度だ。根底には、会社の重要な意思決定は株主総会を通じて株主が行ない、株主から委託を受けた経営者が株主の利益を最大化するために経営をする、という考え方がある。経営者と株主の緊張関係があってこそ、健全な投資や企業の成長が担保できるし、株主がリターンを得て社会に再投資することで、経済が循環していくメリットがある。日本でもコーポレート・ガバナンスの意識を高めることが、日本経済全体の健全な発展のために必要だと、その当時から私は強く信じていた。
 こうした新年の下、1996年から通産省を辞めるまでの三年間、私はコーポレート・ガバナンスの研究に時間を割いた。対象は必然的に、コーポレート・ガバナンスの先進国アメリカになっていた。アメリカではこの頃すでに株主の権利が確立され、株主が「もの言う」ことは当然だとみられていた。


 日本企業は、株主を軽視しすぎだ、という声はよく耳にします。
 僕自身が持っている地元の鉄道会社で(JR九州)、4年くらい前に、会社側と大株主であるアメリカの投資ファンド、ファーツリー・パートナーズの争いがありました。

media.monex.co.jp

 僕はこのニュースを聞いて、金の亡者の外資系ファンドが経営を担うようになれば、九州の鉄道網は「お金にならない」ということでどんどん廃線になり、お金になる不動産も叩き売られ(現在のJR九州は、実質、鉄道で赤字を出しながら不動産で稼いでいる会社です)、ボロボロにされて捨てられるのではないか、と危惧していたのです。
 結果的に、この争いは会社側が実質的な勝利を得て、ファーツリーは撤退したのですが、あらためて考えてみると、いち株主としては、ファーツリーの提案を支持して配当や株価の上昇を求め、利益が出たら売ってしまう、という立ち回りも「あり」ですよね。

 株主側、から見た世界には、「企業が好決算を出し、株価を上げるためには、法で許される範囲であればなんでもやってほしい」という人たちがたくさんいるのです。
 戦争が始まったら、不安や戦地の心配よりも、軍需産業・防衛関係の株を買いにいく。突き詰めれば、それが資本主義、というものなのかもしれません。


 ただ、村上さんの著書やこの本で「モノ言う株主側」から日本の企業を見てみると、企業がお金を配当として株主に分配するわけでも、研究開発費、あるいは企業価値の向上のために先行投資するわけでもなく、内部留保としてずっと溜め込んでいたり、政策保有株として安定した関係維持のために取引先の株をずっと持ち続けていたりと、「企業は株主のものなのに、株主への努力を怠り、情報公開が足りず、稼ぐ機会を損失している」と考えるのも納得はいくのです。
 もっと配当上げてくれたらいいのに、と僕も常々思っていますし。
 日本は銀行に預金してもほとんどお金が増えない状況なので、それならばと高配当株投資が流行っていますが、株価もどんどん上がってきています。
 近年は日本でも株主還元重視の傾向が強まってはいますが、アメリカに比べると、まだまだ、という状況ではあるのです。


 著者はこう述べています。

 私がこういう言い方をすると、しばしば経営者の方から反論されます。
「いや丸木さん、株主偏重はよくないよ」
「2019年には、米国でもビジネス・ラウンドテーブル(主要大企業のトップによって構成された財界ロビー団体)でさえ、株主偏重を止めてステークスホルダー(株主・経営者・従業員・顧客・取引先のほか、金融機関、行政機関、各種団体など、企業のあらゆる利害関係者)を大切にしようと言い始めたじゃないか」
 その時、私が返す言葉は決まっています。
「少なくともバブル崩壊以降、日本で株主が偏重されたことなんて一度もないですよ」
 確かに、2011年にはウォールストリートでデモが起きるなど、米国では株価の上昇の恩恵を受ける株主、巨額の株価連動報酬を受け取る経営者だけが豊かになり、経済格差が拡大したとして問題になっていました。一方日本では、やっと株主を大事にしようとする機運が生まれつつあるとは思いますが、株主が「偏重」されるのはほど遠い状態です。
 その何よりの証拠が、ここ30年にわたる株価の低迷です。例えば米国のダウ平均株価は、1990年時点で3000ドル弱、それが今や3万ドルをはるかに上回っているので、ざっと10倍以上も伸びています。配当込みだと約30倍です。それに対して日経平均は、ようやく1989年末のピーク(3万8915円)を超えたとはいえ、配当込みでも1.4倍程度であり、中長期で見れば米国をはじめ欧州やその他新興国の高騰ぶりに比べれば微々たるものです。これは日経平均ではなく、各国の時価総額で比較しても、あるいはGDP成長率で比較しても同様です。成長を続ける世界経済の中で、2023年までは日本だけが取り残されたわけです。
 もちろん、バブル崩壊の後遺症、金融・財政政策や円高など経済環境の影響もあったでしょうが、上場企業の経営者による株主変調どころか株主軽視も大きな要因だったと思います。もし株主がもう少し重視されていれば、日本企業はもっと利益を上げ、資本効率も良く、株価指標のみならず、日本経済も成長していたはずです。
 株主以外のステークスホルダーを満足させるだけでいいなら、とりあえず会社を潰さなければ十分です。、現状維持の経営で、わずかでも黒字を計上できれば、給料や代金の支払いが滞ることはありません。これなら経営者も楽なはずです。


 多くの日本企業では、経営者が「自分の代を無難にやり過ごすこと」ばかりを考え、規模の拡大や研究開発などの企業としての成長よりも、現金を溜め込んで「いざという時に備える」というスタンスになりがちで、大きな機会損失を続けている、ということなのです。

 僕個人としては、株価は上がってほしいし、配当も増やしてほしいけれど、数字上の成長を求めるあまりに不正に走ったり、顧客を犠牲にするのは正しいのか?とは思いますし、最近問題になっている、企業どうしの持ち合いの「政策保有株」にしても、それが両企業にとっての関係を良くし、取引の安定化につながるのであれば、必ずしもマイナス面ばかりではないのでは、とも考えてしまいます。
 それこそ「日本的」なのかもしれませんが。
 各企業で一気に政策保有株の売却が進められているのは、そうしないと、持ち続けているところと売ってしまったところで差がつくのではないか、という疑念も企業としてはありそうです。

 株価が上がってきたアメリカと、株価が停滞し続けてきた日本と、数字上の優劣はあっても、そこで暮らしている平均的な人々の生活は、そんなに格差が広がってしまったのだろうか。
 アメリカの学資ローン地獄とか医療費が高くてまともな医療を受けられない、普通に働いていてもフードスタンプ(食料を買える生活保護的な制度)をもらわなければならない、という現実を考えると、日本は本当に間違っていたのだろうか?と疑問になるのです。
 それは、僕の個人的な立場や経済状態に基づく偏見なのかもしれないけれど。


 日本企業はまだ「閉鎖的」で、経営者も労働者も、もっと外部の意見を聞き、「挑戦」していくべきではなのかもしれません。

 日本経済が長年抱える二つ目の大きなポイントは、雇用の流動化です。
 2023年夏、西武・そごうが親会社のセブン&アイホールディングスによって米投資ファンドフォートレス・インベストメント・グループに売却されたとき、同社の労働組合ストライキを行ったことが話題になりました。経営陣に雇用の維持を求めたもので、大手百貨店としては61年ぶりだったそうです。
 世間的には労働組合に対して共感・同情する声が大きかったようですが、私の見方は違います。そもそも西武・そごうで働き続ける必要があるのか、というのが正直な感想です。
 慣れた職場を離れたくない、百貨店という文化を守りたいという気持ちはわかりますが、もはやセブン&アイの経営では西武・そごうの事業自体がサステナブルではなかったのです。仮に経営者が強欲で、儲かっているのに給料をカットしたりリストラを断行したりするのであれば、抗議にも意義があります。しかし儲かっていない以上、身売り後は、新しい経営陣の決断で、従業員の削減を含めて何らかの措置が取られる可能性があるのは仕方のないところです。
 経営陣の交代により、経営が改善する可能性もあるでしょう。待遇も良くなるかもしれません。それに賭けるならストライキは不要ですし、そうでないなら、社外に目を向けたほうが選択肢は多いように思います。
 今なら、さまざまな業種・業界で人手不足が深刻です。失業率はずっと2%台で、ほぼ完全雇用に近い状態が実現しています。かなり賃金を引き上げないと、必要な人材を確保できない状況が続いています。
 したがって、今までのキャリアを活かせて、しかも今までより待遇の良い職場は見つけられるのではないでしょうか。意地の悪い言い方をすれば、自ら退職することこそ、経営者に対する最大の抗議にもなり得ます。多少の職業訓練は必要だったとしても、再建できるかどうかわからない会社より、経営が安定している会社で働くほうが未来は明るい可能性があります。


 「普通の人」の大部分は、新しいことをやるのは自信がないし、大変そうだし、今までと同じことを繰り返して、ときどきお酒を飲みに行ったり旅行に行ったりして人生をやり過ごしたい、と思っているのではないでしょうか。もちろん、僕もそうです。それを認めたくない、とも思うけれど。
 でも、世の中には、こういう考え方で、変化や成長を求める人がいるし、やってみれば、けっこう新しい仕事にやりがいを感じる人もいる、というのも事実なのです。
 こういう人たちって、ちょっと苦手なんだよなあ、という人ほど、この本を読んでみる価値はある。
 本を読むだけなら、本人の「圧」に劣等感を抱くこともないし、「意識高い人、話しづらい……」と困惑することもないので。


fujipon.hatenablog.com
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