琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

USスチールを2兆円で買収する大胆な決断は、この変革の延長線上にあった!

過去最大の最終赤字4300億円を計上した年から約5年、瞬く間に復活し戦線を拡大する日本製鉄。
その裏には、血のにじむような構造改革とやるべきことを最短距離で実行する企業風土への変容があった。
「動きが重い」と言われてきたかつての姿は、もうそこにはない。
重厚長大産業の中でも、代表格である日本製鉄の「転生」を描いたノンフィクションが誕生。

日本の伝統的な大企業はこんなにも変われる!


 日本製鉄は鉄の国内生産シェアで約半分を占める日本最大手で、世界では第4位のメーカーです。

 日本製鉄は良くも悪くもそうした歴史の重みを背負いながら歩んできた。1901年操業の官営八幡製鉄所を実質的に引き継いだ八幡製鉄と、富士製鐵の2社が合併して新日本製鐵が誕生。2012年の住友金属工業との経営統合を経て、2019年に社名を日本製鉄に改めた。
 その規模は「巨艦」と呼ぶに相応しい。全国の製鉄所の面積を足し合わせると約80平方キロメートルで、東京ドーム1715個分に相当するという。連結従業員数は約11万人。売上高に相当する売上収益は8兆円で、連結事業利益は1兆円に迫る。

 従業員数11万人、売上収益8兆円!
 あらためて、その大きさを思い知らされます。
 自動車メーカーであれば、そのメーカー名が明示された製品に日常的に接しますが、どこのメーカーの鉄を使っているのだろう?なんて気にすることはないですよね。
 過去の花形産業というイメージがあったのですが、製鉄というのは、それぞれの国にとっての基幹産業であり続けています。

 日本製鉄によるアメリカのUSスチール買収計画をめぐって、バイデン前大統領が禁止令を出したり、USスチール買収を狙っているアメリカの製鉄会社の日本への批判(というか、誹謗中傷レベル)の映像が話題になったりしています。

jbpress.ismedia.jp

 この状況をみていると、そんな言いがかりみたいなものをつけられまくるのであれば、日本製鉄も買収なんてやめてしまったほうが良いんじゃないか、とも思っていたのです。
 USスチールが買収されることを決断したのも、経営状態や今後の見通しが思わしくないからです。
 せっかく経営の合理化や価格決定力の獲得、高炉の廃止などで立ち直ってきた日本製鉄が、ここで家中の栗を拾いに行くのはリスクが高すぎるのでは……

 もう、企業買収で、見せかけの「成長」をアピールするしかないのだろうか、大丈夫なのか、日本製鉄。
 そう思いながら、日本製鉄の経営と技術の改革、今後の戦略を取材したこの本を読みました。

 
 読んでみて、昔から同じようなことを続けている、伝統的な重工業、というイメージだった製鉄会社は、こんなにも変わろうとしてきているのか、と驚かされました。
 
 日本製鉄がアメリカ政府や他の企業と衝突してもUSスチールを買収したい理由、USスチール側が、外国の企業である日本製鉄に買ってもらいたい理由が、ようやく少し理解できたような気がします。


 2019年に日本製鉄の社長に就任した橋本英二さんは、これまでの業界の慣習であった「鉄の買い手の大手自動車メーカーなどに値段を決められていた」ことの改善や鉄鉱石を溶かして「銑鉄」を製造する大型設備である「高炉」の削減、なるべく余剰生産力を絞り、コストを抑える、などの改革を、現場に粘り強く足を運びながら進め、数年間で日本企業の経営を再建しました。

 2019年に社長に就任した橋本英二は、安売りが常態化していた原因が、他ならぬ自らにあったと指摘する。
「原料や商品価値、競合に対する優位性などを考慮し、本来は売り手が価格を決めなければならない。価格形成力がなかったのは営業以前の問題。自らの営業構造、経営そのものが決定的に間違っていた」
 供給過剰から抜け出せず、数量を追うシェア争いに明け暮れているようでは、本来であれば上がってもいいはずの価値が下がってしまうという分析だ。

 値上げ交渉が完全に暗礁に乗り上げた顧客にはどう対応したのか。通常なら価格優先でシェアを追いたくなる。だが、橋下は違った。「値上げで取引数量を減らされてシェアを奪われるなら、それはそれで構わない」。営業の面々をこう諭したのだ。そして、最後にこう付け加えた。「俺が責任を取る」と。
 さらに「営業が努力しても黒字化の見込みが立たない場合は撤退する」という選択肢も議論するようになった。橋本はシェアには目もくれなかった。販売動向が気にかからないといえば嘘になる。それでも橋本は「営業にシェアは一切聞かない」と自らを戒めた。シェア至上主義から解き放たれた営業部門の面々は、顧客と堂々と渡り合うようになった。


 経営合理化でリストラされたり、これまでやっていたのとは違う仕事に回された人だって、少なからずいたはずです。
 鉄の価格が上がることによって、消費者レベルでは、いろんな製品が値上がりしてもいるのでしょう。
 それでも、この改革があったから、日本製鉄は、慢性赤字体質から脱却し、生き残ることができた。

 「安売りをやめる」という方針を声高に叫ぶだけなら、誰にでもできたかもしれません。
 でも、妥当な価格での取引ができないのならシェアの維持は気にしなくていいし、責任は自分が取る、と宣言し、実行することは、企業の責任者としては、すごいことだと思います。
 理想は掲げつつも、実際にシェアが下がれば「なんで業績が下がったんだ!」と慌てたり部下を叱責したりする「偉い人」は多いのです。
 リーダーの力量だけで、組織やその体質はそんなに変わるものなのだろうか、と僕は疑問だったのですが、日本製鉄の事例に関しては、「やっぱり、誰がリーダーになるかって大事なんだな」と思わずにはいられませんでした。

 鉄鋼の世界第2位の企業、欧州アルセロール・ミタルとともに、インドの鉄鋼大手、エッサール・スチールを買収したときのことも紹介されています。
 なぜわざわざインドという言葉も文化も違う国の製鉄企業を買わなければならなかったのか?

 著者は、エッサール・スチール買収の理由として、人口が中国を抜いて世界一となり、資源も豊富なインドの可能性を指摘しています。
「(石炭を除き)鉄鉱石や天然ガスなどの材料から最終製品までインド国内で一括してコスト管理できれば収益が安定する」のです。
 日本は技術があっても自国産の資源に乏しく、資源の価格に左右されやすいのです。

 そして、鋼材を自国で生産する動きが世界で強まっていることも日本製鉄の決断を後押しした。ここ10年ほど、世界の鋼材生産の半分を占める中国から安値の鋼材があふれ出し、それが世界に流通してきた。各国は反ダンピング(不当廉価)措置など関税障壁を一段と高くして自国の製鉄産業を守ろうとしている。
 日本製鉄社長の橋本英二の持論は「鉄鋼はもともと巨大なローカル産業」。米中対立など世界経済の不確実性が高まり、保護主義が台頭する中、日本から半製品を輸出して海外で完成品にするモデルから脱却する必要性を強く感じていた。
 その中で鋼材の自国生産拡大を国家目標にしていたのがインドだった。製造業の振興策「メーク・イン・インディア」を掲げるインドのモディ政権は、「インドに出自を持つメーカーによって、産業の礎である鉄鋼を国産化する」という方針を打ち出し、海外からの輸入品に高い関税をかけて国内鉄鋼メーカーを保護してきた。世界では「鉄は国家なり」の時代が再来しつつある。
 タタ製鉄やJSWスチールなど地場メーカーがひしめく上に、外資系への参入障壁が高くなっていたインド。日本製鉄はミタルとともに”インサイダー”へと変身し、保護主義の荒波を乗り越えようとしている。


 ウクライナ戦争やイスラエルでの戦争などの世界情勢の不安定化もあって、「もしものために、自国での鉄の生産を保護していくべき」だというのが、今の世界のトレンドになってきているようです。
 そのなかで、生き残っていくには、「国内企業化(インサイダー化)」していかざるをえません。
 経営が危なくなっているからこそ、USスチールは、見事に再生してきた日本製鉄に買収してもらって、地域の企業と雇用を守りたい。
 そして、日本製鉄は「アメリカの企業」として、アメリカの保護主義の内部に入りこみたい。
 世界に商圏を広げていくには、「安くて良い製品をつくる」だけでも通用しないのです。

 逆の立場で考えると、アメリカ政府が日本製鉄のUSスチール買収に横槍を入れるのも、「長年の同盟国とはいえ、大手鉄鋼メーカーが他国の企業のものになるのは避けたい」という国家安全保障レベルでは、理解はできます。
 それでUSスチールが倒産してしまっては、元も子もないでしょうけど。

 「どこの国に買収されようが、その企業がうまく利益を出せるようになって、地元の雇用が守られることが大事」だと言えるほど、いまの世界は「グローバル化」を楽観してはいない。


 この本、2024年の1月に出ていて、そのときはまだ、USスチール買収がこんな形で難航するとは予想もされていませんでした。
 現在は橋本社長は会長職に転じておられますが、もうすぐ社長を退く、というタイミングでの著者のインタビューで、こう仰っています。

──過去からの慣例にとらわれない経営の秘訣は、よりどころは自分だという意識なのでしょうか。


橋本英二近い将来、社長を退任する時、一つだけ自分がこだわったKPI(重要業績評価指標)は何だったかと聞かれたら、私は「社員に支払っていた給与をどれだけ増やせたか」だと言うでしょう。労働組合の委員長には、賃金改善のレベルを、以前鉄鋼業が占めていたトップのところに戻せたことが一番うれしいと言っています。
 中国の古典に「恒産無ければ恒心無し」という言葉があるのをご存知でしょうか。安定した職業や財産がないと、安定した道徳心を保つのは難しいという意味です。会社を成長させ続けるためには、それに見合った給料を支払う必要があります。


 理想や美辞麗句だけでは人は動かないのが当然なのだ、企業として経営を改善し、自分が称賛されるだけではなく、働いている人たちにその成果を還元するまでがリーダーの仕事なのだ、という橋本さんの仕事ぶりや言葉が、多くの経営者に届くことを僕も願っています。
 カリスマ経営者になっても、つねに新しい問題を意識して、長い間、同じ企業でずっと続けるのは、さらに難しそうではあるけれど。


fujipon.hatenablog.com

アクセスカウンター