琥珀色の戯言

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【読書感想】人生の経営戦略──自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20 ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「そもそも生きている意味がわからない」「仕事で失敗するのが怖い」「40代を過ぎて、部下の若手の成長に焦る」「仕事ばかりしていて家族との時間がない」「最近全然成長できていない気がする」…人生でぶつかる様々な問題を、「経営戦略」のコンセプトで解決する、まったく新しい生き方の本。超人気著者の集大成!


 人生って、思ったようにはいかないものですよね。「思ったように」とは言うけれど、何を目的にして生きているのか、自分自身でもよくわからないまま、日常のつらいことやめんどくさいことをこなしていくために時間を費やし、いつの間にか歳を重ねてしまう。


 『ニトリ』の社長さんが、こう仰っていました。


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 ニトリがまだ2店舗だった1972年、私は第1期「30ヵ年経営計画」を作り、「2002年までに100店舗に増やし、年間売上高を1000億円にする」という目標を社内外に宣言しました。これがニトリが最初に設定したビジョンです。
 当時の売上高は1億6000万円ほどでした、実現不可能だと誰もが思ったことでしょう。しかし31年後の2003年に、1年遅れではありますが、これを達成しました。そのために私たちが行ってきたのが、「未来から逆算し、今日一日、すべきことを実行する」ということでした。
 まずはビジョンを「30年、10年、3年、1年」という形に分解していきます。たとえば、ニトリであれば、2002年までの30年を10年ごとに大きく分け、最初に店づくり、次に人づくり、最後に商品と仕組みづくりと定めました。それを3年、1年、さらに年間計画は週ごとに分け、「その週に何をするのか」という具体的な行動計画にする。そして、行動計画をもとに、今日一日、すべきことを、徹底実行していく。計画通りにいかないなど問題があれば、その根本原因が何か、事実を調査したうえで対策を決め、即座に行動に移しました。このように、ビジョンから逆算して行動するということを、30年以上、ひたむきに積み重ねていったからこそ、当時は不可能としか思えなかった大きなビジョンを達成できたのです。


 「未来から逆算する」という思考法には「なるほど」と頷くのだけれど、現実は、日々の生活にただただ疲れて、食べて、ちょっと遊んで寝るだけ。
 「どういう人生が、自分にとってベストなのか」は、やってみないとわからないところがあるし、働かずにのんびり暮らす、というのも、僕にはけっこう居心地が悪かった。お金はまだしばらくはもちそうで、まだ徳俵に足がかかっていなくても、どんどん預金が減っていく、という状況には、けっこうストレスもありました。
 「脱成長」「下り坂の日本を受け入れろ」という人は多いけれど、今やこれからが人生の最盛期である人にとっては「お前ら今の高齢者はバブルとかでさんざん楽しんできたじゃねえか……と言いたくもなりますよね。

 自分で「やりたいこと」「向いていると思っていること」で、生きていけるとは限らない。この『人生の経営戦略』の著者も大学では哲学と美術史を研究していて、広告代理店の電通に就職し、コピーライターを目指していたのだけれど、なかなか成果があげらない状況が続いていたのです。
 ある会議に加わっていたときに、あまりにも議論が堂々巡りで約束の時間に遅れそうになったために、末席から前に進み出てその会議の問題点を洗い出し、うまく仕切ってみせたのがきっかけで、「自分はクリエイティブな仕事よりも複雑な問題を整理・構造化することに適性がある」ことに気づき、それが経営コンサルティングを仕事にしていくきっかけになりました。

 僕は著者とほぼ同年代なのですが、中高生時代の自分は、40年後にこんな仕事をして生きているなんて、想像もしていませんでした。
 もうちょっと「ひとかどの人物」になっているはずだったんですけどね。

 自分が好きなこと、得意だと思っていることと、職業としての「適性」は、多くの場合異なっています。
 やりたいこと、できることが、お金になることとは限りません。
 野比のび太があやとりで食べていくのは、なかなか難しいのです。

 みんな「幸せになりたい」から、稼げるとか、やりがいがあるとか、楽しいと感じる仕事に就こうとするのだけれど、いつのまにか、仕事のために、自分の趣味や家庭を犠牲にしてしまうようになってしまいます。もちろん、「仕事がいちばん自分がやりたいこと」の場合もあるでしょう。「日常」って、基本的にはそんなに面白いものじゃないですし。
 僕は「資産を運用して金持ちになって、南の島でのんびり暮らす」なんて言われても、「ビーチでゴロゴロしているなんて、自分は3日で飽きるだろうな」としか思えないのです。大好きなテレビゲームも読書も、そればかりやっていると、楽しさは半減でした。


 著者は、こう述べています。

 本書では、「人生というプロジェクトの長期目標」を次のように設定します。

 時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイング(その⼈⾃⾝が感じる幸せや満⾜感)の状態を築き上げ、いつ余命宣告をされても「自分らしい、いい人生だった」と思えるような人生を送る。

 ウェルビーイングに関する研究はまさに百家争鳴の体を成しており、何がウェルビーイングを実現するための鍵なのかについても、さまざまな意見がありますが、それらの研究を俯瞰して、最大公約数となる要素を抜き出せば、次の3つに整理することができると思います。

(1)自己効力感:自分に能力があり、何か意義のあることにそれを十分に活かすことで成長できているという実感、誰かの役に立つことで自分もまた高めているという実感を持っていること。

(2)社会的つながり:職場や取引先から信頼・信用されているという実感、コミュニティ内の知人や友人や家族と友愛的・親和的な関係を続けているという実感を持っていること。

(3)経済的安定性:経済的に安定しており、多少のことがあっても通常レベルの生活を維持していくのに不安がないという実感を持っていること。


 ここまで読まれて鋭い読者の方は気づかれたでしょう。そう、この3つはそれぞれが人的資本・社会資本・金融資本に対応しているのです。ここで時間資本がやっとウェルビーイングに接続されました。
 特に注意が必要なのが、ともすれば「キャリア論」において、大きくフォーカスが当たりがちな「金融資本」は、ウェルビーイングを生み出すための一要素にしか過ぎない、ということです。
 確かに、現在の日本においてウェルビーイングの状態を実現しようとすれば、一定水準の金融資本が必要なことは確かです。しかし、金融資本は一定の水準を超えてしまうとウェルビーイングの実現に貢献しないということがわかっています。さらに指摘すれば、多くのウェルビーイングに関する研究は「豊かな社会資本=友人や家族との関係性」が最も幸福実感に貢献することもまた明らかにしています。
 もし、そうなのであるとすれば、私たちは、金融資本を過度に追求することで「人的資本」や「社会資本」の形成をなおざりにしてしまい、本当の意味での「人生の敗者」になってしまう愚を厳に戒めなければなりません。
 しかし、これがなかなか難しいのです。金融資本の誘惑は常に強力で、私たちはともすれば、3つの資本の優先順位を忘れ、金融資本の形成に自分の時間資本を過度に傾斜させてしまうという愚行を犯してしまいます。
 重要なのは、世間でもてはやされているような「成功のイメージ」の虚像にとらわれず、自分にとって本当に大事なものは何か? という論点を常に「人生というプロジェクト」の中心においてぶらさないことです。


 僕は仕事柄、たくさんの高齢者をみてきているのですが、歳を重ねて、噛むことも、動くことも難しくなった状態で何億円も持っていても、身内で相続争いが起こるくらいで、あんまり良いことはなさそうです。
 行き場がないくらいお金に困るというのは大問題ですが、ずっといろんなものを我慢して貯蓄した結果が、ちょっと立派な高齢者施設に入所できるくらいというのは、僕の感覚では、あまりにも虚しい。
 でも、「お金を稼ぐ」とか「貯める」っていうのは、わかりやすく数字で結果が出るし、「楽しい」と感じる人が多いのもわかるような気がします。
 僕自身も、口座のお金が増えていくのは嬉しい。

 「ウェルビーイング」とは、人間にとって、自分にとっての「幸せ」とは何なのだろう?と、あらためて考えてしまいます。
 結局、僕にはよくわからないから、馬券が当たったとか、面白い映画を観た、とかいう即興的な「幸福感」に頼ってしまうのかもしれませんね。
(東大を出た大企業の社長や有名スポーツ選手の通訳として知られた人がギャンブルに依存してしまうのも、「豊かな社会資本」が誰にとっても幸福感につながるとは限らない、ということの一例のような気がします。彼らは理屈では「他者が胴元のギャンブルで勝てるわけがない」ことはわかっているはずなのに)

 よく転職や移住に関して「自分には勇気がない」「自分には度胸がない」といったことをいう人がいますが、ライフ・マネジメントにおける意思決定を「勇気」や「度胸」の問題として単純化するべきではありません。
 ライフ・マネジメントにおける意思決定において、真に問題となるのは「勇気」でも「度胸」でもなく、「自分の居場所の趨勢についてどれだけ論理的に考え抜くか」という「思考の累積量」なのです。
 もし、考え抜いた末の結果が「自分の居場所の見通しは暗い」ということであれば、別に勇気や度胸に頼らなくても、人はその場から離脱するためのアクションを取るものです。


 著者は、人生のおける「ウェルビーイング実現戦略」の数々を、古今の経済・経営学の知見から検証、紹介しています(多くは近年の経済学・経営学の知見に基づくものです)。
 僕自身は、経済学や経営学について素人なのですが、この本では著者が読んできた数々の論文や人生で経験してきたことが一冊にまとめられていて、ものすごく得をした気分になりました。
 そのなかには、これまで僕が漠然と疑問だったこと、「あたりまえ」だと思考停止したまま誤解していたこともたくさんあったのです。

 一般的なイメージと違い、「臆病」というのは、実は非常に重要なコンピテンシーなのです。これは大規模な調査研究からも明らかにされています。例えば経営学者のジョセフ・ラフィーとジー・フェンは、5000人以上の起業家に対して「本業を続けながら起業したか?」「本業を止めて起業に専念したか?」という質問調査を行ったところ、本業を続けながらサイドプロジェクトとして起業した人の方が、成功確率がずっと高いということを明らかにしたのです。
 皆さんが投資家の立場で、二人の候補者のどちらかに投資しなければならないという状況を考えてみてください。
 一方の「本業を続けながら起業する人」が、何とも腰の据わらない、弱々しい印象を与える一方で、「本業を止めて起業に専念する人」は、いかにも潔く、自信に満ちている印象を与えるものではないでしょうか。投資家としては、後者を選びたくなるのが人情というものでしょう。しかし、実際の起業はその真逆だったのです。
 これは一見すると不可解な結果のように思われるかもしれませんが、よく考えてみると実は合理的な理由があります。
 私たちは「本業を止めて起業に専念する」人の方が、大胆にリスクを取って果敢に挑んでいるようなイメージを持ちます。しかし、ラフィーとフェンの研究結果からわかったのは、実は真逆の傾向だったのです。すなわち、リスクを嫌って安定した収入をもたらしてくれる本業を続けながら起業した人ほど、副業で大胆なリスクを取ることができた一方で、リスクを厭わず、大胆に起業に専念した人ほど、実際にはリスクが取れずに小粒な取り組みに終始する傾向があり、失敗しているということです。


 マイクロソフトビル・ゲイツハーバード大学を「休学」して起業していますし、Googleの2人の創業者もスタンフォード大学在学中に「休学」して起業しました。ローリング・ストーンズミック・ジャガーは、ストーンズ結成時はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスという超エリート校の学生だったのですが、ストーンズが最初のレコードを出して、成功が確実になってから正式に退学したそうです。
 インターネットでは「背水の陣での起業ストーリー」がもてはやされがちなのですが、そう言われてみれば「とりあえず食べていける収入や有利な学歴」があったほうが、「日々生きていくための収入を得るための妥協」をせずに済むし、「冒険」できる可能性は高そうです。

 
 この本、読んでいて本当に「面白い」んですよ。紹介されているエピソードがどれも興味深く、なるほどなあ、と唸らされるものばかりで、著者の「教養」に感心してしまいます(「リベラル・アーツの有用性」についても語られているのです)。

 さて、次のような状況を設定してみましょう。
 1983年のアメリカズカップ勝戦は、4試合を終えた時点で、デニス・コナーがスキッパー(艇長)を務めるアメリカのリバティー号が3勝1敗でリードしていました。これまで132年にわたって防衛に成功してきたニューヨークヨットクラブ観戦艇にはお祝いのための高級シャンパンが運びこまれ、クルーの家族たちは赤・白・青の星条旗カラーのドレスを着て、選手たちがゴールに戻ってくるのを今や遅しと待っていました。
 4戦目のレースがスタートしたところ、挑戦者であるオーストラリアII号はフライングのために一度スタートラインに戻らなければならなくなり、チャンピオン艇は労せずして37秒のリードを築くことに成功します。トップレベルのヨットレースでは僅差が勝敗を分けることも多々あります。スタート失敗でのこのハンディはあまりにも重いものでした。誰もが「これでチャンピオン艇の勝利は間違いない」と確信しました。
 そこで挑戦艇であるオーストラリアII号の船長ジョン・バートランドは、「当日の風向きは安定している」との予報を無視して、大きく風向きが変わることに賭けてコースの左側に進路をとって追いかけることにしたのです。
 現在の風向きを考えれば、チャンピオン艇の勝利が間違いありません。しかし……
 さて、ここであなたがチャンピオン艇のスキッパーなら、次の2つの選択肢のうち、どちらを選びますか?


(1)現時点の風に最適なコースをこのまま走り続ける

(2)スピードを落とす可能性が高いが、挑戦艇と同じ方向に舵を切る


 この1983年のアメリカズカップ決勝の4戦目とその後については、さまざまな場所で語られていて、ヨットレースには全く興味がなかった僕も記憶に残っています。
 ちなみに、デニス・コナーは(1)を選択しました。リアルタイムで見ていた人たちの多くが、「まあ、そうだよね」と思う選択だったのですが……

 
 デニス・コナーは「間違っていた」のか?それは「不運」だっただけではないのか?と感じたら、ぜひ、この本を手に取ってみてください。

 もしかしたら、「勝つための正解」はわかっていても、「絶対王者」だからこそ、プライドが邪魔をしたのかもしれないな、とも思います。
 スキッパーがAIだったら、「勝つための最適化」ができただろうか。

 この本を若い時に読んでおきたかった、あるいは、若い人に読んでもらいたい、と思わずにはいられませんでした。


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