琥珀色の戯言

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【読書感想】高学歴発達障害 エリートたちの転落と再生 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

高学歴、高偏差値なのに……
使えない・空気を読めない・ミスを連発
するのはなぜなのか?

難関校に合格するも休みがちに、大学で周囲から孤立、職場ではまったく評価されない。
将来を約束されたエリートたちは、なぜ〝転落〟してしまったのか――。

精神科教授として発達障害の患者に長年向き合ってきた岩波明氏によると、ここ10年あまり、これまでとは違うタイプの患者が目立って増えてきたという。
高学歴で知的レベルが高く、有名校や一流企業に所属している。
ところが些細なことがきっかけとなって、それまでの「人生経路」からドロップアウトしてしまう。
彼らに共通しているのは、発達障害を抱えているということ。
20世紀末から社会の「管理化」「デジタル化」が強力に進行し、規格からはずれた個人が簡単にあぶり出されるようになったのだ。

数々の症例に接してきた精神科医である著者が、高学歴発達障害の人々の現状を浮き彫りにし、いかにして回復して社会復帰するか、〝再生〟に至るまでの道のりを提示する。


僕自身もおそらく、ADHD(注意欠如・多動性障害)なので(正式に診断を受けたことはないのですが)、他人事じゃないというか、結局のところ、僕の人生は、50年かけて「社会に適応」していくだけで精一杯だったのかもしれないな、とも思いながら読みました。

考えてみれば、「高学歴」とか「テストの成績が良い」というのは、「現代社会では好都合なだけの正規分布から外れた異常」なわけで、「勉強はできるけれど、性格的にバランスが取れていて精神的に安定していてコミュニケーション能力は人並み」なんていうのは、あまりにも「いいとこ取り」すぎるのかもしれません。

ただ、身も蓋もない話をすれば、知能が高ければ、その人の本質はさておき、社会に都合がいい「普通の人」に擬態することができる、というのも事実なのです。
発達障害の診療をしている先生に相談をしたことがあるのですが、その先生も「なんのかんの言っても、よほど特殊な事例でなければ、知能が高ければなんとかなるし、社会に適応していける人が多いですよ」と仰っていました。

この新書では、精神科医の著者が、いままで診療してきた様々な高学歴発達障害の人々の生育歴や社会への不適応を起こした経緯、そして、「せっかくいい(偏差値の高い)学校や一流企業に入ったのに」挫折してしまった人が、そのあと、どのようにして「社会復帰」あるいは「自分なりの穏やかな生活」を得ていったのか、を紹介しています。

著者は、ADHDの主な特徴として「不注意」「多動、衝動性」「マインドワンダリング(現在行っている課題や外的な環境から注意が逸れて、全く別のことを考えてしまう現象)」の3つを紹介しています。ああ、僕のことじゃないですかこれ。ただし、この「マインドワンダリング」は、「創造性」との関連が大きいことも報告されているそうで、アーティストや起業家にはプラスになることもあるそうです。
また、ADHDにはうつ病双極性障害などの気分障害、不安障害などを合併しやすく、ADHDの診断にまでは至らない事例でも、抑うつ状態や不安症状を示しやすいと述べています。

 一般にADHDの当事者は、「かっとしやすい」「感情的に不安定になりやすい」などの特徴を示すことがみられるが、これも衝動性の反映である。また彼らは、興味を持った特定のことに過剰に集中する傾向がある。この「過剰集中」が仕事に関して発揮されればすぐれたパフォーマンスにつながるが、刺激を求める傾向が強いこともあり、アルコールや薬物、ギャンブルに依存しやすい傾向も持っている。これらも衝動性のコントロールの問題と関連している。

 しばらく前の時代、不登校や引きこもりといった現象がどちらかというと特殊な現象で、その生徒や家庭環境に何らかの「問題」が存在するものと考えられていたように思える。実際、親によるネグレクトや家庭内暴力、あるいは経済的な問題が背景にあるケースが少なからずあったことは事実で、現在もそうした問題は以前と変わらずに存在している。
 その一方で、1990年代の後半以降、不登校や引きこもりがより「一般化」するにつれて、これまでは目立たなかったパターンが認められるようになった。それは一見したところ、「「普通の家庭の普通の生徒」のケースである。「普通の家庭」といっても、経済的には比較的豊かであり、両親の知的レベルは高く、当事者の生徒も優秀な能力を持っていることが多い。つまり明らかに質的な変化がみられ、過去には問題になることがあまりなかったような子供のケースが、最近になる目立つようになったのである。
 恵まれた環境にあるはずの彼らが、簡単にコースアウトしてしまう。急に学校に行かなくなり、あるいは行けなくなり、自室に引きこもってしまう。彼らは一日中ゲームばかりしていることもある。何もしないで、ただ部屋に閉じこもっていることもある。学校には行けないが、ディズニーランドにだけは欠かさず通っているという女生徒もみかけた。
 発達障害の専門外来を担当していると、そういったタイプの生後と頻繁に出会うことになった。彼らの多くはASD自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如多動性障害)の特性を持っていたが、知的には優秀な人たちである。また、知人の医師や編集者から、彼らの子供の不適応の問題で相談を受けることも多くなったが、その多くは何らかの発達障害を持っていた。
 ASDADHDの特性を持つ子供は、勉強などについて生来高い能力を持っているものの、現在の学校の制度の中では、思春期の時期に不適応になりやすい。この不適応を誘発する要因として、中高の規制の厳しさがあげられる。受験勉強についてはゲーム感覚で苦労なく乗り切ることができたが、気乗りのしない学校の授業にはまったく手を付けようとしないというケースもみられている。
 こうした中で、全例が良い経過をたどるというわけではないものの、いったんメンタルダウンしコースアウトしても、どこかの時点でリブートし再チャレンジに成功するケースが少なからず見られている。ここではこういった例について報告したい。


読んでいると、「ただし高知能、高学歴に限る、だよなあ……」と思ってしまうのですが、もともとそういう「高学歴発達障害」を採りあげた本ではあるのです。そして、こういうタイプの「社会的不適応」は、近年増えてきているようです。
社会全体も、僕が子どもだった昭和時代のような「よほどのことがないと、学校を休むなんて許されない」という雰囲気ではなくなりましたし。


著者は、自らが体験した事例を、診断された年齢や時期別にかなりたくさん紹介しています。

 MJさん(女性、20代)が発達障害の専門外来を受診したのは、ある偏差値の高い総合大学の理学部を中退しようとしていた時だった。彼女は大学入学後に単身生活を始めたが、すぐに立ちいかなくなってしまった。
 子供のころから片付けができず、自分からしようともしなかった。そのため一人暮らしの部屋はすぐにものであふれて、足の踏み場もない状態になった。郵便物を開封しなかったために、公共料金の支払いができずに、電気やガスが止められた。こうした状態を見るに見かねて母親が部屋を引き払って、実家に連れ戻した。
 小学生の頃から忘れ物が多く、よく教師に怒られた。ランドセルを持たずに登校したこともあった。親と買い物にいくと頻繁に迷子になった。友達関係については、はじめはうまくいっても、約束を忘れてしまうことなどによって長続きしないことが多かった。いずれも典型的なADHDの特徴である。
 母親の指示で大学は中退した。自分自身、このまま続けるのは無理だとわかっていた。実家に戻ったMJさんは、アルバイトを始めた。外来では投薬も開始され、多少落着きはでてきた。本人は薬の効果について、「頭の中のざわざわした感じが減ってきている」と述べているが、服薬は不規則だった。


MJさんは薬を変えたり、母親に家事をしてもらったりしながら、アルバイトを続けていたのですが、数ヶ月するとアルバイトでのミスが増えていったそうです。その後、投薬の調整と睡眠時間の確保で少しずつ状態が安定し、工業用の工具の製造会社に就職することを自ら決めました。

その会社での仕事は事務全般で、パソコンを使った業務が多かったのですが、パソコンを使用する作業が得意なほうだった、というMJさんは「仕事はできるけれど、社内での人間関係は苦手で、上司からは「協調性がない」と指摘されていたそうです。

 このころ彼女の会社では、自社製品の工具類を中心にした通販サイトを立ち上げることになった。社員の中でホームページを作成する知識を持っている人は誰もいなかったので、多少の知識はあったMJさんが自分から希望して当面の担当になった。当初は彼女がある程度企画を考えた段階で、専門家に相談する予定になっていた。
 ところが、MJさんは自分で調べて知識を得て、熱中して作業をした結果、1週間あまりで実用可能なホームページを作成してしまった。それはしっかりした出来栄えで、プロが作成したものと比べても、遜色はなかった。これには会社の幹部は驚いたが、まずはこのまま彼女の作成したサイトを実際に使ってみようということになった。
 結果は十分な成功だった。この通販サイトは使い勝手がいいと評判になり、予想以上の収益をあげることができた。このため、会社はMJさんを厚遇した。彼女は通販サイトの専門職員になり、ほかの仕事からは解放され、週の半分はリモート勤務を認められたのである。会社のきまりに縛られるのが苦手な彼女にとっても、これは有難い話でった。その後数年が経過しているが、MJさんはこの会社での仕事を継続し、プライベートで多少の浮き沈みはあるものの、安定した生活を続けている。ただし後輩の指導を求められている点が、多少の負担となっている。また今の仕事に飽きてきたので、別のことをしてみたいとも思っている。


やや不穏な余韻を残しつつ、まずは、めでたし、めでたし、という話ではあります。

高学歴(高知能)の発達障害者の場合は、家族の協力と本人に合った環境を選ぶこと、適切なタイミングで診療・診断を受け、必要であれば状態に応じた服薬をすることで、かなり社会復帰(適応)できる可能性があるようです。
MJさんの例でいえば、母親がしっかり関わって、有名大学を辞めて治療に専念することを決め、会社でも本人の適性に合った仕事を見つけられたことが大きかったのです。

逆に言えば、親が「せっかく受験勉強をして良い大学に入ったのに」と、本人に「努力」や「改善」ばかりを要求したり、本人が一流大学出身を武器にしようとして商社のエリート社員や学校の先生、医療従事者などのコミュニケーション能力が求められる対人援助職についたりしていたら、もっとひどい状況になっていた可能性が高そうです。

実際のところ、親の経済的な余力や発達障害に対する知識が豊富なほうが、子どもの病状や環境の改善にもつながりやすいようです。
名門校をやめて通信制の学校に転校したり、働きやすい会社に転職したり、必要と判断したら服薬するという「これまで積み上げてきたものにこだわりすぎずに、思い切って切り替える合理性」も大事なのです。

子どもの発達障害においても、知能が高いほうが、「親ガチャ」に勝ったほうが、救済・社会復帰できる可能性が高い、というのは、なんだか切ない話ではありますが。


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