琥珀色の戯言

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【読書感想】ユダヤ人の歴史-古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ユダヤ教を信仰する民族・ユダヤ人。
学問・芸術に長けた知力、富のネットワーク、ホロコーストに至る迫害、アラブ人への弾圧――。
五大陸を流浪した集団は、なぜ世界に影響を与え続けているのか。
古代王国建設から民族離散、ペルシア・ローマ・スペイン・オスマン帝国下の繁栄、東欧での迫害、ナチによる絶滅計画、ソ連アメリカへの適応、イスラエル建国、中東戦争まで。
3000年のユダヤ史を雄大なスケールで描く。


ユダヤ人」という言葉から、まず頭に浮かぶのは、ナチスによる「ホロコースト」、そして、現代社会を裏で支配している、という「ユダヤ陰謀論」、そして、近年のパレスチナ問題でのイスラエルの強硬な姿勢とそれによる犠牲です。

ユダヤ人は、なぜこんなに世界史のなかで嫌われ、その一方で畏れられてきたのか?」と問われたら、「うーん、イエス・キリストを磔にしたとか、金融業者として恨まれたとか、そんな理由、なのかな……」というくらいが、僕の知識の範疇でした。
ChatGPTに聞いてみればよかった。

そのユダヤ人も、歴史上、ずっと憎まれたり、差別されていたわけではないはずで、どうしてそんな扱いを受けるようになってしまったのか? 
ユダヤ人の通史」を知れば、そんな疑問に答えが出るのではないか、と思い、この新書を読んでみました。

結論からいうと、「ユダヤ人が嫌われたり、差別されるようになった『明確なターニングポイント』は存在しないのです。
ユダヤ人がさまざまな地域でマイノリティとして生きていくためにやってきたことが、結果的に、誰かを憎みたいときや、憎みたい集団から目の敵にされてきた、ということではないか、というのが、この本を読んだ僕の印象です。


著者は、冒頭でこう述べています。

 日本でも世界でも、ユダヤ人のイメージは独り歩きしやすい。そのイメージはたいて次の二つのいずれかに集約される。
 一つは、がめつい人びと。もう一つは、かわいそうな人びと、である。
 一つ目についてよく引き合いに出されるのが、イングランドの劇作家シェイクスピアが16世紀末に著した『ヴェニスの商人』に登場するユダヤ人の金貸しシャイロックだ。富豪だが強欲で、金のために狡猾に動き回る憎たらしい人物として描かれる。主人公アントーニオに、その体の「肉1ポンド」を担保として金を貸すなど、文字通り血も涙もない。
 もう一方については、ホロコーストがよく言及される。日本でよく登場するのは、リトアニアカウナスの領事代理だった杉原千畝が、外務省の命に反してユダヤ人に日本の通過ビザを発給して出国を助け、命を救ったという話だ。主人公は杉原で、巨悪のナチズムを背景に、ユダヤ人はビザを授けられる客体にすぎない。
 しかし、これらにはイメージがかなり先行した部分がある。


著者は、「ユダヤ人の実像」を描くために、歴史の多くの時代、その地域で「マイノリティ」だったユダヤ人が、少数派として、状況にいかに対応し、自らの伝統を守りながら生き延びていこうとしたのか、という「主体(ユダヤ人)と構造(環境や状況)の組み合わせ」をみていくことの重要性を指摘しています。
ホロコーストイスラエルの建国などの「注目されやすい時代」以外も、かなり丁寧に紹介しているのです。
逆に、ホロコーストについての項は、「えっ、こんなに短いの?」と驚いてしまいました。
おそらく、それについて詳しく書かれたものは他にたくさんあるし、それ以外の歴史に埋もれがちな時代を知ってもらいたい」ということなのでしょう。


ユダヤ教の戒律について、こんな話が出てきます。

 ユダヤ教の場合は、飲酒が許容されることを除くと、イスラームよりも規定は厳しい。例えば、豚を食べてはならないだけではなく、牛肉なども乳製品と一緒に食べてはならない。そしてこの規定も聖書の記述を実際の場面にどう適用すべきかについてラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)たちが議論した結論だ。規範となる記述の一つは、出エジプト記にある「あなたは子山羊をその母の乳で煮てはならない」(出エジプト23・19)という章句である。
 字義どおりには、子ヤギの肉を、その子ヤギを生んだ母ヤギの乳で煮ることだけを禁止しているとも受け取れるが、聖書の章句はより広い事態の象徴として読まれる場合が多い。ラビたちは慎重に解釈を行い、念のため肉と乳製品を一緒に食べることを禁止したのである。
 この観点からするとチーズバーガーは冒涜的存在であり、イスラエルマクドナルドではチーズバーガー類は売られていないし、肉も、ユダヤ教の規定に従って飼育し屠畜した肉のみを使用している。ラビがマクドナルドの契約牧場や工場、店舗などを回って、カシェル(「適合する」の意でイディッシュ語読みは「コシェル」。英語ではそれを英語読みして「コーシャ」)と認定しているのである。


日本で、とくに宗教的な戒律を意識せずに生活していると、「チーズバーガーは冒涜的な食べ物」なんて言われると、面食らってしまいます。ガストでチーズインハンバーグとか見たら卒倒しそうだよなあ。
他の文化や宗教のルールというのは、他の集団からみれば「何それ」と感じられることも多いのです。
それは「現代の日本の常識」についても、あてはまることがたくさんあるのかもしれません。


また、著者はユダヤ人がヨーロッパで憎まれるようになった原因のひとつとして、彼らが「金持ち」で「権力者と癒着していた」(というイメージを持たれていた)ことを挙げ、なぜそうなったかについて検証しています。

 先に指摘した通り、ローマ帝国ではユダヤ人の土地所有は禁止されていなかった。しかし、奴隷雇用の禁止は、キリスト教徒の農業と競争するうえではユダヤ人にとって決定的に不利になった。ローマ帝国の意図は、ユダヤ人が奴隷をユダヤ教に改宗させることへの警戒にあったが、結果的には、それなりに農業に従事していたユダヤ人が農業以外に向かう大きなきっかけになっただろう。
 そして、ユダヤ人は金融業で活躍するようになった。聖書の申命記(23:20)にある「利息を取って同胞に金を貸してはならない」という規定にアブラハムの宗教はみな従っている。キリスト教では中世の半ばまではとくに厳格にこの規定が適用されていた。
 他方、ユダヤ教では、続く「外国人には利息を取って貸してもよい」という文言により、非ユダヤ人に対する利子を正当化したうえに、中世の早期の段階で、利子と明記されない形であれば事実上利子を取れるような解釈を取るようになっていた。例えば「イスカ(「取り引き」の意)と呼ばれる共同投機ないし協業という形である。実質的な金貸しが投資を行い、それにより発生した利益を山分けするという形にするのだ。


農業での競争力を奪われたユダヤ人は、生計の手段として、金融業に進出していくことになります。金融業をやっていくためには数学や経済の専門的な知識が必要で、生き延びるために子どもたちを「教育」していくことになったのです。
そして、金融業で豊かになったユダヤ人たちは、商取引や金融、徴税の専門家として、地域の権力者たちと結びつくようになっていきます。

 だが、そのような体制は万人にとって好ましいものだったわけででゃない。
 権力者とユダヤ共同体の「癒着」は、つまるところ、ユダヤ人が庶民のあいだで得た儲けを権力者が税金として吸い上げるという上納システムによって成り立っていた。ゆえに、権力者にとってユダヤ共同体は守るべき財産だったのだ。
 しかし、そうであればあるほど、庶民からすると、本来ユダヤ人に対してある程度厳しい態度を取るべきはずのキリスト教権力とともに、ユダヤ人が憎たらしくなるのだった。反ユダヤ主義は、反ユダヤ的なキリスト教徒とユダヤ人が対峙する単純な構図から生まれ、暴力に発展するのではない。ユダヤ人を金づるとして利用する権力者と、それを腐敗と捉える庶民のあいだにユダヤ人が挟まれるという三者関係こそが、一定期間秩序を維持しながらも庶民の反ユダヤ感情を蓄積していく。政変や不況などでこの権力者のタガが外れたとき、民衆の怨念は一気にユダヤ人に向かうことになった。


ユダヤ人の側からすれば、生きていくためのやむをえない選択だったのに、庶民からすれば「あいつら、異教徒・少数派のくせに、権力者と結託して俺たちを苦しめやがって!」と憎しみをつのらせてしまうのです。

世界情勢が不安定になったり、地域で紛争が起こったりした際に、少数派のユダヤ人はその「捌け口」のように、弾圧や虐殺の対象になってきたことも挙げられています。
ナチスが直接手を下したホロコースト以外にも、東欧やロシアで、大勢のユダヤ人の虐殺がナチスに便乗するかのように行われていたのです。

世界のどこの国も、虐殺されるユダヤ人を助けてはくれなかった。
それなら、どんな手段を使っても、自分たちの身は自分たちで守るしかない。

とはいえ、イスラエルユダヤ人たちも、建国当初から一枚岩ではなかったのです。
ユダヤ人だけという集団になれば、そのなかでまた「格差」や「差別」も生まれてきます。

 こうした亀裂を修復すべく、国民統合の新たな物語が求められていた。
 女性も含めて肉体労働を行い、伝統的なユダヤ人のあり方を根本的に変えようとする自助主義のシオニスト社会は、ホロコーストで殺されたユダヤ人には冷淡だった。シオニストに従わず、自衛意識が欠如した先に訪れた破局であると見ていた。ホロコーストを生き延びるも、どこの国も引き受けてくれなかった33万人が建国後にイスラエルに移民したが、彼らは沈黙するしかなかった。もちろん、深い傷ゆえでもあった。
 こうしたなかで、1961年、転機が訪れた。アウシュヴィッツでの虐殺の責任者にしてアルゼンチンに潜伏していたアドルフ・アイヒマンを、イスラエル諜報機関モサドが捕えて秘密裏にイスラエルに移送し、裁判にかけることになったのだ。そこで世界的にホロコーストが脚光を浴びるとともに、生存者の証言によって、彼らなりに抵抗していたことなどが理解されるようになると、社会のホロコーストの捉え方も変わっていった。また、第二世代は親の経験を知りたいと思うようになった。
 そして政治家も、バビロン捕囚やユダヤ戦争のような、ユダヤ民族全体の記憶としてホロコーストを位置づけることを考えるようになった。ホロコーストは教育カリキュラムに埋め込まれ、ホロコーストと直接関係しないミズラヒーム(主に中東・カフカス以東に住むユダヤ人)の生徒も、自分事としてホロコーストを捉えるようになった。
 イスラエル社会心理学者ダニエル・バルタルによると、現在のイスラエルでは、アラブ人・アラブ諸国からの攻撃や非難を、おしなべてホロコーストのアナロジーで理解する傾向がある。ポグロム(加害者の如何を問わず、ユダヤ人に対し行なわれる集団的迫害行為)のアナロジーで現実を捉えてしまうのと同様の事態だ。この結果、シオニストの加害行為への応報さえも不当な被害として理解する思考が常態化してしまっている。バルタルはこうした認識を「概念拡張」と呼ぶ。
 この認識は、2023年10月7日にハマースがガザから越境し市民を虐殺した際にも大いに「拡張」された。そこでは、長年続くイスラエルによる抑圧への言及、さらには直後に始まる報復によるパレスチナ人の犠牲に対する懸念表明さえも忌避されることになった。


ホロコーストの記憶は、イスラエルという国の統合に大きな役割を果たすことになったけれど、その大きすぎる被害は、多くのユダヤ人に「自分たちはつねに差別されている、被害者である」という意識を植え付けてしまったのです。
三者である僕からすれば、ナチスの残党に罪を問うのと、パレスチナ人の虐殺を正当化するのは、まったく別の話だろう、と思います。
でも、現代のイスラエルの人々は、虐殺された民族の当事者としての被害者意識や「やらなければやられる」という危機感を消しさることはできない。
「被害者になる」と、そういう思考回路ができてしまいがちだし、それは「正しい理屈」や「人道」で説得できるものではないのかもしれません。もし変わっていくとしても、世代が変わるくらいの時間は必要になるでしょう。


古代メソポタミアユダヤ人の集団から、ユダヤ教の成立、ローマ帝国の支配を経て、世界各地への離散から、ホロコーストイスラエルの建国まで。

ホロコーストでの受難や「ユダヤ陰謀論」など、ユダヤ人に関する個々の事象について書かれた本はこれまで読んできましたが、歴史上の「点」ではなく、有史以来の「線」としてのユダヤ人という集団を知ることができる貴重な本だと思います。


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