琥珀色の戯言

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【読書感想】テレビプロデューサーひそひそ日記――スポンサーは神さまで、視聴者は☓☓☓です ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「テレビの裏でうごめく仕事」 
テレビ局員が映しだす、
業界の栄枯盛衰
――枕営業ってありますか? 

今、テレビ業界の闇、そしてテレビプロデューサーの裏の顔が世間の注目を集めている。
私は20余年にわたりテレビ局に勤務してきた。どこからどこまでが「表の顔」で、どこからどこまでが「裏の顔」なのかももはや判然としない。
テレビ局とはどんなところで、テレビプロデューサーの仕事とはいったいどんなものなのか? 
――本書にあるのは私が実際に目撃し、また体験したことである。


松本人志さん、中居正広さんという当代きっての人気タレントによる「性加害事件」は、テレビ業界を揺るがし続けています。
国分太一さんも、なんらかのコンプライアンス違反で活動停止となりました。

彼らがいなくなったからといって、テレビ局がなくなるわけでも、テレビ放送がなくなるわけでもないし(フジテレビのスポンサー激減は、かなり話題になりましたが)、同じようなことをしていた芸能人、テレビ関係者は、他にもいるのではないか、と僕も思っています。

この本、三五館シンシャの「中高年のお仕事経験談シリーズ」のひとつで、2025年の3月に上梓されたもので、関西のテレビ局(おそらくテレビ東京系列)の元プロデューサーによって書かれたものです。
著者は「本物」なのか?というのは、このシリーズについて回る疑念ではあるのですが、「島田紳一」とか「泉矢しげき」とか、「それじゃ仮名になってないだろ!」とツッコミを入れたくなるような芸能人の名前がたくさん出てきますし、担当した番組の話なども書かれていますので、おそらく、関係者が読んだら、誰だかすぐわかる人なのでしょうね。
これで「架空の人物」だったら、それはそれですごいな。

僕はこの「中高年お仕事シリーズ」がけっこう好きなのです。
気軽に読めてそんなに長くないこともあり、書店でみかけると手にとってしまうのですが、正直なところ、この『テレビプロデューサーひそひそ日記』は、読んでいて、「これ、どこかで読んだことあったっけ?」と何度も考え込んでしまいました。
このシリーズを何冊も読んでいると、僕より少し年長、いま還暦から定年を迎えるくらいの世代の人たちに人気があった業界、テレビや新聞などのマスメディアや銀行、商社、広告代理店などは「体育会系の文化」が浸透していて、著者も入社してすぐの仕事が「花見の席取り」だったそうです。

おそらく、この年代の「人気サービス業界」に入った人たちは、みんな似たような洗礼を浴びていたのでしょう。
僕の高校時代の同級生も、けっこうマスコミや銀行、商社などに就職していますが、あいつらもこんなことをやらされていたんだなあ、と思いながら読みました。

新入社員の扱いも時代によって変わってきましたし、あらためて考えてみると、「花見の席取り」から、ひとつずつ仕事を教え込まれていた頃は、新卒社員はずっとその会社にいるという前提で、ゆっくり「社員教育」が行われていて、2025年のように「即戦力」であることが会社からは求められなかった。
新入社員も、そういうものだと思っていた「牧歌的な時代」だったのかもしれません。
いまは仕事が自分に向いていないと、すぐに転職する人が多いし、仕事がラクすぎると「自分の成長につながらない」と辞めてしまう人もいるらしいので。


読んでみると、著者はテレビ局のなかでも、人気芸能人を大勢起用するようなバラエティ番組とかドラマではなく、情報番組を主に制作してきた方のようです。
読者が期待しているであろう、人気芸能人の裏の顔を告発する、とか、枕営業に同席した話、なんていうのはほとんど出てきません。

 私は1980年代に、大阪のテレビ局「テレビ上方」に入社して以来、プロデューサーとして情報番組や報道番組、バラエティー番組などの制作に携わった。その中で多くのタレント、芸人とも知遇を得た。
 芸人と一緒に飲んでいると、先輩の指示で、後輩が女の子をナンパしに行くことがよくあった。しばらくして後輩は女の子を連れてきて、先輩に”献上”する。そこからどうするかは先輩の腕次第。先輩が逃してしまった女性を、先輩の目を盗んで後輩がこっそり”お持ち帰り”なんてシーンも目にした。
 当時、心斎橋筋2丁目劇場の出演者たちは、グリコの看板で有名な通称「ひっかけ橋」でナンパをしまくっていた。それはファンのあいだでも有名だったから、ナンパされにくる女の子もたくさんいた。その中には「昨日、〇〇とHしてん。笑うぐらい下手くそやったわ。××のほうが全然うまかった」などと自慢している子もいた。あっけらかんとしたものだった。
 芸人の悪さばかりが追及されるが、芸事の磁場に引き寄せられ、彼らに誘われたいと熱望していた女の子がたくさんいたのも事実で、現在の価値観で断罪することに意味があるとは思えない。
「接待」といえば、某タレント事務所の女性社長が、自社の女性タレントをスポンサー筋にあてがう現場も目撃した。
 そして、そうした芸能界と二人三脚で疾走してきたのがテレビ局だったのだ。


これはあくまでも「テレビ局や芸人側からの観点」ではありますし、いま問題になっているのも、「ナンパされて自発的についていった女性たち」に対する行為ではありません。
ただ、「そういうのが、芸能界だとかテレビ業界だと思っている人たちが多数派だった時代」があったことは事実なのでしょう。

成功するためなら、なんでもやる、という人もいれば、そんなことをやるくらいなら、仕事をもらえなくてもいい、という人もいる。

ちなみに、著者は「枕営業」の存在を否定していませんが、「枕営業で勝ち取れるのは、たいした仕事ではない」と断言しています。
枕営業を求める側も、不自然で実力不足のタレントのキャスティングを現場に押しつけることで評価が下がるリスクがあるのだから、と。
どこまで本当だかはわかりませんが、そういうものである可能性は高い気がします。

 ニュース番組のデスクになって数カ月が過ぎたころ、在版局のデスク会に参加した。M放送の会議室で会議をしていると、ひとりのスタッフが駆け込んできた。
「バスジャック事件が起きたみたいです。犯人が高速バスを乗っ取っています!」
 われわれはいったん会議を中断し、報道フロアにあるテレビの前に陣取った。
 犯人がジャックしたバスは九州から中国地方の高速道路を走行し、広島県のサービスエリアで停まった。報道では、警察が犯人と交渉し、まずは女性や子どもを解放するように説得していると報じられた。
 その映像を見ながら、M放送のニュースデスクがつぶやいた。
「そんなところで停まるな。どうせなら、もっとこっちに来いよ」
 バスが兵庫県に入ってくれば、彼らM放送の管轄エリアになる。すると広島の系列局から自分たちが主導権を奪えるというわけだ。ただ漫然と映像を眺めていた私はそういう見方ができるのかと驚いた。ギラついたニュースデスクの目に、報道人としてのすごみを感じた。だが、同時に私はこうなれないし、なりたくもないとも感じていた。


だからマスコミは……と言いたくなるエピソードですよね。
その一方で、こういう人たちが伝えるニュースで日々情報を得ているのも事実だし、「感動」したり、「憤り」を感じたりもしているのです。

僕は株を少しだけやっているのですが、「戦争がはじまった」というニュースで、(兵器と関連があるということで)重工系の株が爆上がりしたり、日本の元首相が暗殺された際に、日経平均株価が急落したりしているのをみると、「結局、人間は他人の不幸を悲しむよりも、それを自分の利益に結び付けるほうを優先してしまう生き物なのだろうな」と思うのです(他人事のように言っていますが、僕だってそうです。新型コロナ禍で株価が下がったときに「感染症は数年で収束するか人類が滅亡する(自分も死ぬ)かだから、どっちにしてもこの株価が下がったタイミングは『買い』だ!」と行動したのだから。

有名芸能人のエピソードや、視聴者からのさまざまな抗議、予算が乏しいなかでの番組作りの工夫など、興味深い話も散りばめられています。
「演出に一切注文をつけないことで有名なのがタモリ」というのは、タモリさんらしいような、いろんなことに「こだわり」がありそうなのに、と疑問でもあるような。
著者は、「演出通りにやってくれる人の場合は、失敗したらすべて演出の責任になる、という怖さもあった」とも述べています。
赤塚不二夫さんの葬儀の弔辞で、タモリさんは「わたしもあなたの数多くの作品のひとつです」と仰っていました。


www.shikoku-np.co.jp


あらためて考えると、テレビ業界というのは、いまの50代、60代(とくに男性)が過ごしてきた「学歴エリートが体育会系、マッチョであることを競わされた(当時の)日本の典型的な職場」だったような気がします。
いまの時代の炎上系YouTuberみたいな人たちは、突然変異ではなくて、ネット以前はマスメディアとかサブカルチャーの世界にいたのです、たぶん。


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