琥珀色の戯言

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【読書感想】検事の本音 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

“検事はつらいよ”
世間では「正義のヒーロー」
現実は「地味な調書作成に追われ、口を割らない被疑者に泣かされる日々」


起訴した事件の有罪率は99%以上、巨悪を暴く「正義の味方」というイメージがある検事。
しかしその日常は、捜査に出向き、取調べをして、調書を作成するという、意外に地味な作業ばかりだ。
黙秘する被疑者には、強圧するより心に寄り添うほうが、自白を引き出せる。
焦りを見せない、当意即妙な尋問は訓練の賜物。
上司の采配で担当事件が決まり、出世も決まる縦型組織での生き残り術も必要だ。
冤罪を生まないために、一切のミスも許されない検事の日常を、検事歴23年の著者が赤裸々に吐露する。


僕は子どもの頃から「法廷もの」が大好きでした。
宇津井健さんが主人公の弁護士役をやっていた『ひまわりの歌』というドラマ(1981~82年放送)が大好きで、弁護士ってカッコいいなあ、と憧れていたのです。

結局、周囲の意見や、現実的に司法試験に合格できる可能性なども考えて、弁護士・検事・裁判官ルートには進まなかった(進めなかった)のですが、だからこそ、今でも法廷もののゲームや小説、映画は大好きで、『逆転裁判』シリーズは全作2回以上はクリアしています。

昔は「弁護士が弱者を助ける正義の味方」で、検事は「犯罪者を厳しく追い詰めるサディスティックな人」というイメージでした。裁判官は、うーん、あんまり考えたことなかったなあ。そういえば、裁判官ってあんまりゲームや映画の主役にはならないですよね。

検事はすべて国家公務員ということもあり、「国家権力の側にいる人」だと考えてしまうのです。
この本は、元検事(2007年に退職して弁護士に転身)の著者が「検事という仕事の実態」を書いたものです。

 検察庁のホームページによると、2023(令和五)年度の検事任官者数は76人(男性45人、女性31人)とのことで、毎年増えているようである。
 私が任官した1985年(昭和六十)年当時は、確か49人で、うち女性は2人程度だったように記録しているから、女性検事の人数も割合も大幅に増えていることになる。
 昔は、検事の仕事は、厳しく、夜遅くまでの仕事のうえ、転勤もあるということで、司法修習生の中で希望する者は少なく、検察教官が人材確保に苦労していた。
 その後、木村拓哉氏が主人公の検事を演じた「HERO」というテレビドラマのヒットの影響もあってか、検事になる者が増えていったようだ。
 2022(令和四)年の検察官の定員は、検事(検事総長次長検事、8名の検事長を含む)1954名、副検事800名の合計2754名である。
 検察官は政治的中立を求められるため、身分保障が与えられている。


ちなみに、ChatGPT調べでは、日本の弁護士数(日本弁護士連合会登録ベースで)は、2024年3月時点で 45,808人だそうです。弁護士のほうが、圧倒的に数が多い。

僕は検事というのは、事件の捜査を指揮したり、起訴するかどうかを決めたり、法廷で求刑を行ったり、といった犯罪を立証する仕事だと思っていたのですが、この本を読むと、各省庁に出向し、法案や政策の法的なアドバイザーを務める、という公務員としての役割もあるそうです。国家公務員であるがゆえに、国が法律に詳しい人を求めるときに検察官が任用されるのです。

検事の仕事といっても、犯罪捜査、裁判だけではなくいろいろあるのだということが、この本を読んでいるとわかります。

 また、テレビドラマの中の検事は、なぜか問題となっている事件のみを担当しているように描かれるが、実際には、身柄事件を何本も抱えている。ドラマの中に出てくる検事のようにヒマではないのだ。
 しかも、テレビドラマでは、検事は参考人も被疑者も取調べで話を聞き出して一件落着、「はい、それで終わり」のように見える。
 しかし、実際にんは、それからが大変なのだ。取り調べた内容を供述調書にまとめなければ、起訴に持ち込めない。これが、時間のかかる最も大変な作業なのだ。
 そういうわけで、検事であった私は、テレビドラマの中の検事を見ていても、不愉快なばかりで、全く面白くない。


現実って、こういうものだよなあ、と僕も頷いてしまいました。
医療マンガやドラマでは、難しい手術を終えた外科医は、手術場を出て家族に説明し、一昔前なら外でタバコを一服したり、馴染みの店に飲みに行ったりすることが多いのですが、実際は、あんな大きな手術をやったら患者さんの状態は目を離せるものではなく、容態が安定するまでの術後管理のためにずっと集中治療室で経過観察したり、手術記録を書いたり、切除した臓器を病理の診断に出すための処置をしたりしなければなりません。

癌を摘出して、縫ったら終わり、ではないのです。
そこからまたネジを巻きなおして眠れない夜がはじまる。

内科でも、診察や検査が「患者さんに対する、みんながイメージする医者の業務」とするなら、病棟での指示出しとかカルテの記載や依頼された診断書、レセプト(診療費の請求書)、退院した患者さんのサマリー(退院時要約)や紹介状の作成など、とにかく書類関係、事務仕事が多いのです。


検事が扱う事件も、土壇場で隠された真実が発見される、テレビドラマのような事件はごく一部で、ほとんどは「淡々と処理していくだけのルーチンワーク」なんですよね。
でも、面倒くさがっていいかげんにやっていると、重大な見落としをしてしまう可能性もあるから、気が抜けない(実際に絶対に気が緩むことはないのか、と問われると、困るところはありますが……)。


著者は、沖縄、佐世保、東京、千葉で外事係検事としての経験もあるそうです。
警視庁公安部・各道府県警察本部警備部の外事課は、現場でスパイや国際テロの捜査を行う部署なのですが、近年は、不法滞在や外国人犯罪の捜査がメインとなりつつあります。

 沖縄と佐世保では、主に在日米軍の軍人、軍属、これらの家族の刑事事件の捜査と裁判を担当し、東京と千葉では、米軍関係事件だけでなく、一般外国人による事件の捜査まで担当した。
 通常、日本国内で外国人が逮捕された場合には、領事関係に関するウィーン条約に基づき、捜査当局は、本人から要請があれば速やかに国籍国の領事館に通報することになっている。英国籍の者については、本人の意思と関係なく、通報は義務となっている。
 しかし、私の経験では、通報を望むのはアメリカ人くらいであって、中国、ロシア、東南アジア、中南米、中近東、アフリカの者は一人もいなかった。
 また、フランス、ドイツ、スペインなどのヨーロッパ諸国の者が希望しても、領事官がきちんと面会に来るのは稀であった。
 日本で罪を犯した外国人の場合、本国の領事官に知られると自分や家族が不利益を受けると思ったり、通報してもどうせ何もしてくれないと諦めているのが現状なのだ。
 ちなみに、裁判官が被疑者の勾留を決定するとき、弁護人以外の者との面会を禁止する接見禁止決定が付くことがある。面会によって証拠隠滅のおそれがあると裁判官が判断したときだ。
 しかし、領事官については、接見禁止の対象外となっている。
 一方、日本人が海外で逮捕された場合、ほとんどの日本人は領事官通報を依頼すると思われ、日本の在外公館の愛応は、大使らが早朝に面会し、釈放を求めるのが通常である。
 そういう意味では、日本人は本当に共同体意識が強く、真面目である。


「日本人ファーストにしてくれ」とは言うけれど、なんのかんの言っても、日本という国は(少なくとも外国の大使館員は)日本人を親切にサポートしようとしているし、日本人はいざとなったら国を頼りにしている、とは言えそうです。
ドラマでは、よく「大使館員を呼べ」なんて逮捕された外国人の犯罪者が日本の警察に言う場面が描かれているのですが、実際は、ほとんどの人が大使館をアテにしてはいないし、大使館のほうも濃密なサポートをしてはいないのです。


逆転裁判』でおなじみの「異議あり!」についての、こんな話も書かれています。

 尋問は、法律や規制でルールが定められ、それに反している場合にんは、「異議あり!」と、相手側から異議が出て、裁判官がその異議を認めるかどうか判断する。
 異議が出た場合、自発的に質問を撤回し、別の言い方に直して再度質問することがある。
 異議とは、ルール違反の質問であることを指摘することであるが、出せばいいというものではない。
 異議を出して構わない尋問でも、あえてそのまま聞き流す。そして、ここぞという場面で異議を出した方が効果的な場合もあるのだ。
 厳しいのは、反対尋問である。これは弁護人にとっても同様だ。
 反対尋問は、深追いしないのが鉄則である。
 なぜか?
 基本的に、証人は主尋問で述べたとおりに証言するものである。
 そのとき、仮に証人が不自然と思われる事実や当時の認識について証言した場合、「それはなぜですか」と理由を聞きたくなるものだが、これを聞くと墓穴を掘ってしまう。証人にその理由を述べられると、それを崩すことができなくなってしまうからだ。
 だから、「なぜですか」という反対尋問は禁句なのだ。


ゲームの『逆転裁判』をやって、あんなふうに「異議あり!」と真実を追求してみたい、と思って弁護士や検事になっても、実際の法廷戦術としては、ゲームみたいに頻繁に使うものではないようです。
あんなふうに「異議あり!」合戦になってしまったら、裁判も全然先に進まないでしょうし。

逆転裁判』ファンとしては、僕も一度は法廷でやってみたいですけどね、「異議あり!」って。


この新書、弁護士に比べたらあまり当事者が語ることがなかった「検事」という仕事の内情が書かれていて、専門職の話が好きな僕にはとても興味深く読めました。
著者は2007年に検事を退官し、弁護士に転じられているということなので、「20年前の話」であり、「今はだいぶ変わっているところもあるんじゃないかな」とも思います。司法改革の影響で、近年弁護士数は劇的に増え、法律関係は「AIで代替されやすい仕事」によく挙げられていますし。

検事が国家公務員であり、辞めたあとも弁護士として法曹界で生きていく人が多いことを考えると「現役検事」や「現役をやめてすぐの人の話」は、なかなか表に出しづらいのでしょうね。


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