琥珀色の戯言

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【読書感想】砂糖の世界史 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

茶や綿織物とならぶ「世界商品」砂糖。この、甘くて白くて誰もが好むひとつのモノにスポットをあて、近代以降の世界史の流れをダイナミックに描く。大航海時代、植民地、プランテーション奴隷制度、三角貿易産業革命―教科書に出てくる用語が相互につながって、いきいきと動き出すかのよう。世界史Aを学ぶ人は必読!


1996年に上梓された本なのですが、Amazonの新書ランキングで上位だったので、「なぜいまこの新書が?」と興味がわいて読んでみました。
「歴史」の本とはいえ、30年前だと、ちょっと古いかな……などと思いつつ。

何百年、ときには何千年単位で書かれている歴史の本ならば、30年くらいは誤差の範疇だろう、と言いたいところではあるのですが、鎌倉幕府が成立したとされる年が、僕が学生時代の「いい国(1192)」から近年は「いい箱(1185)」になりましたし、「そのとき、起こったこと」はひとつでも、それに対する歴史学者や人々の解釈、歴史的な位置づけというのは、どんどんアップデートされているのです。それが良い方に向かっているのかは、その時代を生きている人間にはわからないんですけどね。

1996年といえば、いまから約30年前、30年前の歴史学者は「砂糖」が歴史に与えた影響や、「砂糖をより多く、安価に収穫するために、奴隷が使われていたこと」をどう解釈し、子どもや若者に伝えようとしたのか、についても興味深い内容でした(「岩波ジュニア新書」ですから)。

甘いものがいつでも簡単に入手できるようになったのは、そんなに昔ではないのです。

僕は1970年代はじめの生まれなのですが、子どもの頃は「おやつ」の時間に出てくるお菓子や果物が楽しみでしたし、ケーキといえばデパートでちょっと特別なときに買ってもらえるバタークリームで、生クリームのケーキをはじめて食べたときには感動したものです。

いまでは、バタークリームのケーキはほとんど見かけませんし、ほぼ24時間、日本中でけっこう上質なコンビニスイーツを買うことができます(僕が大人になって、ある程度お金を自由に使えるようになったから、というのもありますが)。

いまから半世紀前は「甘いもの」は、ごちそうで、正義だった。
でも、2025年に生きている僕は「甘いものを控えて、ダイエットしなきゃ」と自分に言い聞かせています。
「このスイーツ、甘すぎなくておいしい」とかグルメレポートしている芸能人を見るたびに「スイーツは、甘すぎてなんぼだろ!」みたいな気分にもなるんですよね。

 歴史を動かしてきた「世界商品」のもっとも初期の例が、ほかでもない砂糖でした。ですから、16世紀から19世紀にかけて、世界じゅうの政治家や実業家は、砂糖の生産をいかにして握るか、その流通ルートをどのようにして押さえるか、といった問題に知恵をしぼってきたのです。
 ブラジルやカリブ海の島々には、砂糖生産のために、プランテーションとよばれる大農園がつくられました。プランテーションでは、砂糖きびの栽培とその加工ばかりに努力を集中し、それ以外の活動はいっさい顧みられませんでした。たとえば、穀物のような基本的な食糧でさえも輸入に頼り、ひたすら砂糖きびの栽培に集中していったのです。
 こうしたプランテーションには、ヨーロッパ諸国の資本、なかでもイギリスの資本が注ぎこまれ、数千万人のアフリカの黒人が、ここにつれてこられたうえ、奴隷として強制的に働かされていました。白人の労働者を使うことも考えられましたが、安上がりに大量の労働力を得る方法として、アフリカ人をつれてくることが考えられたのです。こうした奴隷貿易は、連行されて奴隷とされた人びとだけでなく、当然、もとのアフリカの社会にも大きなつめあとを残しましたが、その話はのちにのべることにしましょう。
 ちなみに、やがて、アメリカ合衆国の南部では、もうひとつの「世界商品」となった綿織物の原料をイギリスに提供するために、綿花栽培のためのプランテーションが、やはりアフリカ人奴隷を労働力としてひろがることになります。あなたがたは、こんにちアメリカ合衆国はもとよりカリブ海の島々やイギリスにも、多くのアフリカ系の人びとが住んでいるのはなぜか、考えたことがあるでしょうか。それは、このように、ヨーロッパとアジア・アフリカ・アメリカとの関係の長い歴史があってのことなのです。 
 こうして、砂糖や綿織物のような「世界商品」は、地球上の人間の配置をすら変えてしまいました。ダイエットの流行で、砂糖がむしろ警戒の目をもってみられ、ナイロンやビニールにはじまる化学繊維の登場で、綿織物がもはやそれほど重要ではなくなったいまでも、それらの影響はつよく残っているのです。


もし「砂糖」の甘さに人びとが魅了されなかったら、安い砂糖に大きな需要がなかったら……
おそらく、2025年の世界は、まったく違った姿になっていたと思われます。
奴隷制度なんて、昔の人はひどいことをやっていた」と考えてしまうけれど、「もっと甘いものが食べたい」という切実で身近なニーズが、長い間、奴隷制度を是認していた、ともいえるのです。

ただ、それはけっして「過去の人間のあやまち」ではない。
牛丼の『すき家』に、「フェアトレードコーヒー」という商品があります。
何気なくそのメニューをみかけて僕が感じたのは、「じゃあ、普段僕が飲んでいるコーヒーは、『フェアなトレード』ではないのか?」ということでした。

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いまの資本主義社会にも、「経済格差」を利用して、先進国の国民が発展途上国の生産物を安く買い、豊かな暮らしを満喫している、という現実はあるのです。
天然資源などの利権のために、政治的な圧力を加えたり、プランテーションのように生産品を特化し、その国の庶民の暮らしは貧しいままだったり、「経済的奴隷制度」みたいなものは続いています。
それは、国家同士の関係だけではなくて、日本国内でも、「格差」はどんどん拡大しているのです。

奴隷制度や黒人差別は、邪悪な一部の支配者だけが生み出したわけではなく、ごくふつうの庶民が「もっと甘いものを食べたい」「軽くて温かい服を着たい」という、ごくあたりまえの欲求が、その根底にある。
目の前で子どもが鞭を打たれて働かされていたら、「やめてくれ、そんな砂糖はいらない」と多くの人は思うのではないでしょうか。
でも、同じことが、自分の視界の外で行われていたら、いちいち気にしていると、自分も生きづらくなるだけ、などと考えてしまう。
人間は、良い方向に「進歩」していると考えたいけれど、歴史を学ぶと、結局、同じところをグルグル回っているだけなのではないか、とも思うのです。回りながらでも、少しずつ前に進めていればよいのだろうけど。


この本のなかでは、砂糖のプランテーションが、人びとの「働きかた」を変えていった可能性についても述べられています。

 砂糖プランテーションは、砂糖きびの植え付けや刈り入れに集団労働を必要とし、また取り入れや、取り入れた砂糖きびの運搬を、できるだけ短時間で済ます必要から、そこでは遅刻などせず、時間を正確に守って働く集団が必要でした。集団で働くことも、時間を正確に守るということも、じつは、この時代のヨーロッパの職人たちには、たいへんむずかしいことでした。この時代のヨーロッパの職人たちは、なお、週末には飲んだくれ、月曜日には二日酔いで仕事をさぼるというようなことが、当然のように認められていました。「聖月曜日(セント・マンデイ)」といわれる慣習がそれです。
 しかし、そんなことでは、機械を使っている工場は経営できないので、少しのちの産業革命時代になって、工場制度が普及しはじめると、イギリスの経営者たちは「時はカネなり」などというスローガンをかかげて、労働者に時間を守らせようと苦心したほどです。このように考えると、砂糖プランテーションでは、イギリス国内よりも早く工場労働が成立したのだ、とさえいえるかもしれません。
 そういえば、プランテーションには、蒸気機関もはやくから取り入れられました。農場から港まで、砂糖きびをいちはやく輸送するためのもので、むろん人間の乗客を運ぶものではありませんが、なにしろプランテーションは、何よりも「世界商品」をつくりだして、プランターにとって利益をあげるためにあるわけで、そこではすべての人、すべての施設が、ただこの目的のためにのみあったのです。


もし世界に砂糖がなかったら、日曜日の夜と月曜日の朝の憂鬱から解放されたのだろうか?
なんてことをつい考えてしまうのですが、このような「世界商品」というのが、世界じゅうの人びとの運命を変えてしまう、というのは現在でも同じなのだと思います。
AI(人工知能)の普及で、多くの人が、いままでの仕事を失ったり、働きかたを変えざるをえなくなったりしているのです。

「ジュニア新書」だからこそ、わかりやすく、ていねいに書かれており、「歴史なんて、年表を覚えるだけでつまらない」というイメージを持っている大人にもおすすめです。
NHK大河ドラマが、昔ほどではないにせよ、あれだけの人気と話題性を持ち続けているのは、歴史というのは多くの人をひきつける魅力がある、ということなのでしょう。

日本で快適に暮らすというのは、それだけで「罪」なのか?
自分がフェアトレードコーヒーを飲み、クーラーを使わないくらいで、世界は変わらないよなあ(熱中症にもなりそうだし)、でも、ちょっとすっきりしないよなあ。
ほとんどの先進国側の人は、すっきりしない、とか言いながら生き、いつのまにか寿命を迎えてきたのだろうけど(たぶん僕もそうです)。


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