琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】ラーメン一杯いくらが正解なのか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「1000円の壁が崩れる!?」ラーメンから考える日本経済の未来

家系、二郎系、日高屋、個人店…多くの有名店・人気店を徹底取材!!

ラーメン一杯1000円は高いと感じてしまう「1000円の壁」問題。
だが、募集しても従業員が集まらない、原材料や水道光熱費の高騰、外国人観光客に向けた価格設定などの理由で、その壁が崩れようとしている。
そもそもラーメン一杯にどれぐらいの原価がかかっているのか。そして、「1000円の壁」を超えない店舗も多い家系や二郎系、そして日高屋がとっている戦略とは。
また、壁を超えることに成功した個人店のブランディングにも迫る。
ラーメンの価格から、日本経済の未来が見えてくる!


僕もラーメンが好きで、旅先では「ご当地ラーメン」の店に行くことも多いのです。
この本、全国を食べ歩いている有名ラーメンライターが書いておられて、「ラーメン一杯1000円の壁問題」よりも、「東京圏にはおいしそうで個性的なラーメン店がたくさんあっていいなあ」という印象のほうが強かったのです。


近年、外食の価格はすごい勢いで上がっていっていると感じます。

 東京都統計年鑑によると、ラーメンの平均価格は1970年の105円から、1975年には220円、1990円には454円、1990年には454円、2000年には548円とどんどん上がっていっている。
 しかし、2020年以降一気に動きが鈍化し、そこから20年以上500円台で推移している。
 ラーメンの価格はいつの日か止まってしまった。

 その裏では、この20年で物の価格は上がり、人材費も上がる一方だ。その中でラーメン店が価格をほとんど上げずにきたのは「我慢してきたから」であろう。利幅を削って何とかやりくりをしてきた歴史なのである。
 しかし、さすがにこのままでは店を続けられないレベルの危機を迎えることになる。我慢の限界が訪れたのだ。ここで立ちはだかったのがラーメン「1000円の壁」だ。
 20年間、業界の平均価格をほとんど上げずにやってきた中で作り上げられた「ラーメン=安い」という暗黙の常識が、「1000円の壁」というそれはそれは高い壁を作り上げてしまったのである。

 2025年6月18日~6月20日に「ぐるなび」が行った調査で、20代~60代の会員1300人が回答したものによると、ラーメンの適正価格は「800円台」と回答した人が31.5%で最も高く、続いて「700円台」が24.8%となり、全体の9割が「1000円未満」と回答している。
 ラーメンの上限金額についての回答では、「1000円超」と回答した人は4割強いた。さらに、20代は6割弱となっていて、若い世代から徐々に高価格帯のラーメンを許容できる素地ができている傾向が見える。


 ちなみに、総務省統計局の『小売物価統計調査』(2024年1月)では、ラーメンの平均価格は665円なのだそうです。
 この本のなかでは、『日高屋』が創業以来「中華そば1杯390円」(2024年12月から420円に価格改定)にこだわり続けてきた理由と経営戦略も紹介されている一方で、予約制、メニューは1種類だけのコース制で7700円、という高価格の人気店への取材もされています。

僕がふだん生活している九州・福岡は日本のなかでも「ラーメンが安い」地域だそうで、早く茹でられて客の回転率が高い細麺・かための麺が好まれることが「安くできる」要因にもなっているのだとか。
そして、豚骨ラーメンは、海外では魚介系醤油ラーメンよりも一般的にウケがよく、海外展開に向いているということでした。

僕が子どもの頃、九州に引っ越してきたとき、ずっと関東の醬油ラーメンを食べてきた母親が「スープが白くて、牛乳が入っているみたい」と、ちょっと悲しそうな顔をしたのをいまでも覚えています。
あれから半世紀近くたって、いまや、白いスープの豚骨ラーメンに違和感がある人はほとんどいないのではないでしょうか。
もちろん、好き嫌いはあるとしても。

福岡では、ラーメンは「替え玉」といって、スープはそのままで、麺だけをお代わりできるシステムが一般的なのですが、関東圏だと、豚骨ラーメンを売りにしている店以外は、「大盛り」はあっても「替え玉」がある店はあまり見かけません。


最近の外食にかかるお金は急激に上がってきている印象で、30年くらい前の僕の学生時代には「100円マックマクドナルドのハンバーガー)」に、「ハンバーグが入っていて、コンビニのあんぱんより安いのか!」と驚きましたし、吉野家の牛丼は21世紀に入ってすぐは並盛280円だったのです。


shattered-blog.com


日本は、「賃金は安かったけれど、モノの値段も安かったので、みんな生活できていた」のです。

近年は、材料費・人件費が高騰し、店は「値上げ」しなければやっていけません。
しかしながら、安い価格に慣れてきたお客さんは、値上げで離れてしまうかもしれない。

インバウンド消費で「世界基準」の価格を受け入れてくれる観光客と、「物価が上がっているのに自分の給料はほとんど上がらない」多くの「普通の日本人」の温度差は広がっていくばかりです。

経営者には重労働で利益率が低く、学生アルバイトにとっては、時給が安くてスキルが上がらない、と不人気で、「安くておいしい歴史のある名店」も、後継者がいなくなっている。
創業者たちも、現状を認識していて「自分の代まで」と考えている人も多いのです。


正直、この本を読んでいると、「1回の食事」として考えれば、「1000円」というのは、美味しくて満足できるものであれば、全然高くはない。
でも、「ラーメン」というのは「気軽に入れて、手ごろな価格でサッと食べられる」のが日常の僕にとっては魅力ではあるんですよ。
最近は、コンビニ弁当+飲み物+ちょっとしたデザートを買えば、1000円を超えてしまうのだけれど。


その一方で、旅先や東京に行ったときには「高くても、『名店』で感動するようなラーメンを食べてみたい」とも思うのです。

結局のところ「ラーメン」という食べ物が、あまりにも多様化したために、「ラーメン」をひとまとめにして語るのは難しくなってしまったのでしょう。

客側がラーメンに求めるものも、「安さ」「気軽さ」から、「お腹いっぱいになること」、「美味しさ」「新鮮な体験」などさまざまです。

僕も何度か入ったことがある『ラーメン二郎』は、「また食べたくなってしまう」味とボリュームが魅力ではあるのですが、どの店もかなりの行列で、さまざまな「店のルール」とされているものがあり(それも、グループ内の各店でかなり違うようですが)、少なくとも家族連れでゆっくり食べる、というような雰囲気ではありません。

いくら美味しくても、一杯3000円のラーメン店で常連になるのは、経済的に厳しい。
もっとも、そのくらいの価値を認められている店は、インバウンドや富裕層の予約で埋まっていて、一度食べることすら大変になっています。

日高屋』のような「安くて、ものすごく美味しいわけではないけれど安心できる雰囲気の店」にも、確実にニーズはあるのです。
「人気店」のハードルが価格的にも雰囲気的にもすごく上がってしまって、「普通の人」にとっては、『日高屋』のようなチェーン店のほうが入りやすいし、なんだったら、もう冷凍食品やカップ麺でもいいや、という状況です。

ラーメン店は、「開業する人が多いけれど、短期間で潰れてしまうことも多い」。

著者は「ラーメン一杯の価格」について、こう述べています。

 (人気店『飯田商店』の飯田泰之さんが指摘する通り、今までのやり方で個人店が1000円以内を保ち続けるのはかなり難しい。しかし、1000円を取らずとも成立するラーメンは「技術」によって作ることは可能だ。今までと同じやり方では厳しくとも、庶民派価格を「技術」で守り抜くお店も出てくるだろう。
 その中で筆者は今後のラーメンの価格は「三極化」していくだろうと予測する。ざっくり言えば、安価でラーメンを提供するチェーン店、1000円前後を何とか守り抜くお店、値段を上げてクオリティを進化させつづけるお店の三つである。ラーメン評論家の大崎裕史さんもこう語る。

「手間と原価をかけているところはどんどん価格を上げていいと思いますし、1000円以下が望ましいと考えている店主の意見も尊重します。今後は500円前後、1000円前後(700~800円代含む)、1500円オーバーの三極化の流れになるかなと思います」(大崎さん)


「ラーメンが1000円以上なんて!」と、昔のイメージを捨てられない僕などは、つい考えてしまうのですが、他の外食の価格上昇を考えると、「わざわざ外でプロに作ってもらって食べるのだから、それなりのお金がかかるのは当然」と考えるべきなのでしょうね。

食材、人件費、設備投資にかかるお金などが価格に反映されるのはわかるのだけれど、最大の問題は、現状、ほとんどの客側の昇給や懐具合は、物価の上昇にまったくついていけていない、ということなのでしょう。
長年のデフレで、日本人は「安くておいしいのが当たり前」という状況に慣れすぎてしまったのかもしれません。


この本を読んでいて、『飯田商店』と店主の飯田泰之さんについて書かれた文章が僕にはすごく印象的だったのです。

 一度、子どもへの対応について飯田さんと話をしたことがある。ラーメン店は回転が命で、子どもに一席取られると売り上げに影響してしまう。そういうこともあって、「子どもはお断り」というお店も多いのが現実だ。
 だが、「飯田商店」はそうではない。ファミリーも大歓迎。子どもも一人の大切なお客さんとして接客する。そこには飯田さんのポリシーがあった。

「たとえば、一人ではまだ食べられない小さなお子様と、お父さんお母さんの3人で来店して、取り分けでは悪いと3杯注文する。そうすると、ほとんどの店では3杯同時に出てきてしまうんです。先に子どもに食べさせるために、お父さんかお母さんのラーメンは手付かずで放置せざるを得ない。どちらかは伸びきったラーメンを食べることになってしまう。それはもう、食事じゃないですよ。ラーメン屋に限らず、僕はお客さんを見ない飲食店が本当に許せないんです」(飯田さん)

 飯田さんには「行列をさばく」という考えが一切ない。どんなに大勢が並んでいて大変だとしても、一人ひとりを大事なお客さんとして扱うのだ。

「今のラーメン屋は、やれ旨味がどうした、食材がどうしたといったことばかりにスポットが当てられます。でも、僕はこうしたところから変わらなきゃいけないと思います。お子さんを一人のお客様として見られないようでは、ラーメン業界に未来はありません、お子さんにも誠心誠意やらないと」(飯田さん)


コストパフォーマンス重視が正義、いかに「効率よく稼ぐ」か、数字をみて経営するべき、というのがいまのサービス業の主流になっています。
もちろん、数字は大事だし、稼げないとやっていけない。
僕もサービス業を長年やってきて、それはわかっています。

でも、この飯田さんの「お客さんを見ない飲食店が本当に許せない」という言葉を読んで、自分は「こちらの都合」ばかりを押しつけていないだろうか、そういう、相手を見ない仕事や経営は、中長期でみれば、「自分たちへの信頼を失い、先細りになっていくだけ」ではないのか、と考えずにはいられませんでした。

「日本の接客はやりすぎ」という意見もよく耳にするし、僕もそう思うことは少なからずあるのですが、お客さんは「楽しみたい」から、外食をするし、「丁寧に扱ってほしい」のです。

ラーメン二郎』のように、ちょっと難しいルールが「特徴」になって、熱狂的なファンを生み出している店もあるので、一概には言えないのだけれど、僕はこの飯田さんの言葉に、「ちゃんと『相手を見て』サービスをしているだろうか?」と自問せずにはいられませんでした。

ラーメン一杯の値段もそうですよね。
「どういう人が何を求めてこの店に来るのか」によって、それぞれの店の「正解」は違うのです。
「こちら側の都合」ばかりを訴えていても、「正解」にたどり着くのは難しい。


fujipon.hatenablog.com
fujipon.hatenablog.com
fujipon.hatenadiary.com

アクセスカウンター