琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】「面白い!」を見つける ――物事の見え方が変わる発想法 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

自由な発想の持ち主は
世界をこう見ている。

意外さを観察し、型をずらして、面白がる。
『デイリーポータルZ』編集長の
「だったらいいな」を現実にするやり方。

●「面白い」にはパターンがある
○普通のものこそ自分の手で「面白化」できる
●「面白がり」が上手くなる心構え
○モノをじっくり見よう、違和感をずらそう、自分が楽しいことをしよう
●「面白い」に人が集まる

日常には、意外さやとまどいが潜んでいる。
世界を観察してみると、物事の「型」が見えてくる。
それをずらして「面白がる」と、思わぬ発見に出会える。
おしきせのエンタメじゃ喜べないひねくれものにも、
新しく何かを作ってみたい人にも役立つ視点と着想。

「この本は「面白さを見つけるという行為」そのものが
面白いからやってみてよ、という本なんです。
無理に人に合わせたり、競争しなくても生きていけます。
みんなが楽しんでいることに興味が持てなかったり、
お金や名声など世間一般の「幸せ」に疑問を感じていても、
オリジナルの面白さがあるんですから平気です。」


2002年10月7日に@niftyのコンテンツとしてはじまった『デイリーポータルZ(もともとは『デイリーポータル』だったのが、2003年1月に『デイリーポータルZ』になったそうです)』は、僕も長年観続けてきたサイトです。
べつやくれいさんのイラストが好きだったのだけれど、べつやくさんはこの本の著者である林雄司さんと結婚されたんですよね。
僕もテキストサイト時代から、地道にネットで発信を続けているのですが、まだ若くて「暴走」していた人たちが、いつのまにか中高年になってしまったなあ、と感慨深いものがあります。

それでも、『デイリーポータルZ』は、所属先を変えつつも、20年以上もネット上で「日常を面白くする記事」を発見し続けているのです。

 サトちゃんの置物っておかしいですよね。
 薬局の店頭にいるゾウです。オレンジやピンク色で、顔にマスクをしていたり、季節ごとに違う服を着ていたり。冷静に考えると、人間の薬とゾウは何も関係ありません。ゾウがオレンジやピンクなのもふつうじゃない。しかも名前の由来が佐藤。ゾウなのに。
 そんな違和感や面白さは、慣れると見過ごしてしまいます。でも、初めて見た人や観光客の目線でみるとおかしさに気づきます。外国人観光客が薬局の看板を面白がって写真を撮っている姿を見かけました。
 海外に行くと、そんな違和感にすぐ気づきます。イギリスでドアの真ん中にドアノブがついているのを見て驚きました。日本では見かけないタイプのドアノブです。イギリスの伝統的なドアノブはドアの真ん中についていて、回さずに押したり引いたりするときの取っ手のようなものなのだそうです。
 そんな海外の「普通」は見慣れていないから、「普通」のなかにあるおかしさを観光として楽しむことができます。

 今いる場所でも日常のおかしさに気付けるようになると、毎日を観光気分で過ごせます。観光地や外国に行かなくても、家の周りや学校、職場を楽しく眺めることができる。
 いつもの景色を観光気分になったつもりで見直すと、面白くなる。そういう発見を毎日伝えるウェブサイトを、私は20年以上運営し続けてきました。『デイリーポータルZ』です。
デイリーポータルZ』は、「納豆を1万回混ぜる」「進化の順番で寿司を食べる」など、日常のおかしさを取り出して観察したり、実験したりして、面白がるサイトです。

 笑わせるために作られたコンテンツではなく、真剣に作られたもの、偶然生まれたものの違和感を見つけて面白がる。それは、誰かに与えられたエンターテインメントではなく、自分だけの発見です。この本では、そういう視点で世界を見て、毎日を楽しくする方法をお教えします。


デイリーポータルZ』をはじめて見たときの印象は、こんな何の役にも立たなさそうな、「なんとなく面白そうなこと」を、真面目にやるサイトがあるのか!インターネットって、面白いなあ、というものでした。
インターネットは、これまでの商業出版では「刺さる」人が少なすぎてコンテンツとして成立しなかったさまざまな「面白さ」を、不特定多数の人に発信することができるツールだったのです。
侍魂』とか『ろじっくぱらだいす(まだ現役バリバリなんですが)』とか、懐かしいよなあ。
ネットの速度が遅く、動画で見せることが難しかった時代だからこそ、アイデア勝負、という面白さもテキストサイト時代にはありました。

そして、数多のサイト、ブログができては消えていったなか、日本のインターネットの黎明期にはじまったサイトは、案外、長い間残っている割合が高い気がします。
先行者利益的なものなのか、最初にやりはじめた人たちは、アイデアや思想の「幹」みたいなものを持っていたからなのか。
デイリーポータルZ』も、経営的には大変だった時期があることも林さんは述懐しておられます。


fujipon.hatenablog.com


林さんと僕はほぼ同世代で、20年以上も「面白いこと」を追い求め、書き続けておられるのは本当にすごいと思うのです。
本の感想とかだと、それなりに「フォーマット化」して続けていけたのですが、「面白さ」というのはすぐに古びてします。
マンガの世界でも、ギャグマンガは長く続けるのが難しい、と言われています。

日常を面白がる、普段見ているものに対する解像度を上げる、というのは惰性に陥りがちな日々を楽しくするために有効だと、僕も長年ネットで書いてきて痛感しているのです。


fujipon.hatenablog.com


「これもネタになるかも!」という探索者の視点で世界をみれば、意外と退屈しない。
でも、「なんでもネタにする」というのは、自分の人生を俯瞰しすぎて、傍観者として時間を過ごしてしまったり、自覚しないうちに他者を傷つけるようなことを書いてしまうこともあるのです。

ネットでちゃんと記事を書いて、それで収入を得て食べていく、というのは、かなり難しい。
どんどん新しい人が出てくるし、媒体もテキストから画像、動画へと変わっていて、動画もいまはショートのほうが見られやすい。


この本を読んでいると、「日常の解像度を上げること」の面白さとともに、『デイリーポータルZ』が「実践するサイト」だからこその魅力も感じるのです。

 戸惑いや意外性に出会うチャンスは、小説や映画などのフィクションと、現実、つまりノンフィクション、どちらが多いと思いますか?
 フィクションにこそ意外性があると思われがちですが、逆です。意外性は現実にある。フィクションには人の考えた”予想外”しかないけれど、現実は考えても出てこない意外さを見せてくれます。現実の人間の行動は、想像を超えてきます。
 例えば僕の叔父さんは、印刷所で活字を組む「文選」という職人を40年間やってきたんですが、DTP(デスクトップパブリッシング)の普及で仕事がなくなり、清掃の仕事に転職しました。僕はそれを聞いておじさんに「新しい仕事はどう?」と聞きました。
「さみしいけど時代の流れ……とか、しんみりしているんだろうな」と思っていました。誰にも理解しやすい「お涙ちょうだい」のストーリーを想定していたわけです。
 でもおじさんは意外なことに「最高だね。なんでもっと早く転職しなかったのかと思うよ。ハハハハハ」って笑ってました。叔父さんが職人だったころは社会保険もないし交通費も出なかったけれど、清掃の仕事は制度が整っているからすごく良い、って。
「なにそれ!」ですよね。予想と違うことに戸惑いましたし、笑ってしまいました。
この戸惑いこそ、ノンフィクションの醍醐味であり、面白さの原点です。交通費出なかったのかよ、という驚きもある。
 ノンフィクションには、自分の経験や解釈では説明できないような意外性や裏切りがある。整理できない現実はそのまま受け止めるしかない。でもどうしてそうなったかを考えるのが面白い。
 むしろつじつまがあいすぎているものには注意しています。理屈を合わせるためにディテールを省いていしまっているのではないか、という気がします。


ネットには、人を感動させようとしたり、設定された「敵」を責めさせようとしたりする「つじつまがあいすぎているもの」が充満しているのです。
SNSが社会的な影響力を強く持つようになってからは、いっそう、「フェイク」や「ノンフィクションっぽい宣伝」が増えてきています。
デイリーポータルZ』のような、結末に拍子抜けしてしまうようなこともある、日常のちょっと変わったものや担当者の粘り強さだけが求められる実験を読むと、なかなか「つじつまがあう」スッキリとして気分にはならないんですよね。
でも、そういうものにたくさん触れるのが、現代では、いちばんの「ネットリテラシーを身につけるための基盤」になるような気がします。

 他人の家は人類最後の秘境です。きれいに整えられた家よりも、いろんなものが脈絡なくごちゃっと置いてあるような、実家みたいな家がいい。よくわからないものがあればあるほど刺激になります。自分の想像を上回る面白さがある。
 人の家の本棚とか、テーブルの上にある箱はいいですよね。どこの家にもテーブルの上にリモコンとか軟膏、はさみ、ペンがごちゃっと入った箱がありますよね。クッキーの缶とかに。あれを「実家箱」と命名して、投稿企画で写真を集めたこともあります。雰囲気としては見覚えがあるんだけど、入っている軟膏が違っていたり、数珠とか予想外のものが入っている。箱からその家の歴史が想像できてずっと見ていられます。
 人の家が好きなので、Airbub(民泊)をよく利用しますし、できるだけ人の気配がある家を選ぶようにしています。違う家、違う町をそこに住んでいる生活者の視点で見ることができる。知らない町で知らない仕事をしている人生を想像できます。
 その町に予想外のものがあっても面白いし、自分が住んでいる町と同じスーパーがあってもそれはそれで面白い。
 人が作った料理も好きです。スーパーのお惣菜、クックパッドのレシピって外れがなくてだいたいどれもおいしいじゃないですか。そうじゃなくて人の家にずっと伝わる名もない料理が好きです。いちどそういうリアル家庭料理を持ち寄ったことがあるのですが、ウインナーを醤油で炒めたものや、キュウリを焼いたものでした。激しくおいしくもないんだけど、まずくもない。ただその家でずっとあったもの。知らない「あたりまえ」に視野が広がります。


 半世紀以上生きてきて痛感しているのは、「ごくあたりまえの日常の風景」「一般家庭のリアル家庭料理」みたいなものは、みんなが「特別に保存しておかなければならないもの」だと認識していないため、写真や画像として保存されず、SNSで拡散されることもなく、いつのまにか失われてしまいやすい、ということなのです。
人生の大部分は、そういう「日常」のはずだし、そこには「それぞれの人の個性」が詰まっているのに。

ただ、「面白さ」って、本当に難しいですよね。
デイリーポータルZ』も、20年以上やっていると、意外性よりも、「ああ、これは『デイリーポータルZ』っぽい面白さだ」と僕のなかで定型化してしまっているところもあるのです。
そうしないと、こんなに長い間続けられないだろうな、とは思うのだけれど。


fujipon.hatenablog.com

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