琥珀色の戯言

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【映画感想】アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ ☆☆☆☆

パンドラの先住民ナヴィの生き方に共感し、自らもナヴィとなって彼らとともに生きる道を選んだジェイク・サリー。人類の侵略によって神聖な森を追われたジェイクと家族、仲間たちは、海の部族メトカイナ族と共闘し、多くの犠牲を払いながらも人類を退けることに成功した。しかし、そんなジェイクたちが、今度は灰の部族アッシュ族と対峙することになる。アッシュ族は過去に、パンドラの調和を司る神のような存在である「エイワ」に何らかの裏切りを受け、絶望していた。静かに、しかし激しく怒りを燃やすアッシュ族のリーダー、ヴァランに、ジェイクの因縁の敵であり、自らもナヴィとなったクオリッチ大佐が近づく。両者が手を組むことで、ジェイクたちサリー一家を追い詰めていく。


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2026年2作目の劇場鑑賞。観客は20人くらい。

年末年始に観に行くつもりだったのですが、まだ上映はじまったばかりだし、上映時間210分は準備(水分制限とか)していかないとつらそうだな……とか思っているうちに、上映終了しそうな感じになってきたので、仕事終わりのレイトショーに駆け込みました。

せっかくなので、なるべく迫力がある環境で観ようと、IMAX 3D版を選択。
とはいっても、上映開始からもう1か月以上経っており、この超大作でもIMAXや3D、4DXで観られる回はかなり減っており、なんとか間に合った、という感じです。

冒頭、ナヴィたちが飛竜にのって空を駆け巡る場面に、「ああ、『アバター』だ……」と感慨深いものがあったのです。
アバター』の1作目は2009年12月に公開されていますから、もう16年も経ったんですね。
あのときは、『アバター』の影響で、かなりたくさんの3D映画が公開されていたよなあ。わざとらしくこっちに物が飛んでくるだけの3D映画が粗製乱造され、目も疲れるし、3Dメガネ分のお金もかかるしで、結局のところ、3D映画はほとんど定着しなかった、と言ってもいいでしょう。『塔の上のラプンツェル』のたくさんのランタンが飛ぶシーンとかは印象的だったのですが。

家庭用テレビでも「3D映画を観ることができる」という売り文句の大型テレビが発売されていましたが、あまり普及しなかったようです。

今回、『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』を観て、冒頭の空を飛んでいる映像に、ディズニーシーのアトラクション『ソアリン』みたいだ、やっぱり『アバター』は他の3D映画とは一線を画しているな、すごい映像なのにほとんど画面酔いしないし、と感心してしまいました。

やっぱり、『アバター』は、3DとかIMAXで観るべき映画だよなあ、すごいや!

……と、思ったんですけどね……
正直なところ、ディズニーシーの『ソアリン』に3時間半も乗り続けて楽しいか?というのは疑問です。

この『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』の『国宝』をはるかに超える3時間半の上映時間は、心配していたほど長くは感じませんでした。
というか、観ているうちに、「あれ、いま自分が観ているのは『3』だよな、『2』じゃないよね……」という気分になってきたんですよね。
アバター』の『1』から『2』は、「森」から「海」という、大きな環境、映像の変化があったのです。
『3』は「火」がテーマということで、今度は火山の国みたいなところに行くのかと多いきや、「火を信奉する部族」との闘いで、彼らは火や銃火器を使ってくる、というだけで、ほとんど前作と同じ「海」が舞台になっています。

クオリッチ大佐をはじめとする人間が利益のためにナヴィの世界に侵略してきて、ナヴィはナヴィでなかなかひとつにはまとまらず、ジェイク一家も前作での大きな喪失からなかなか立ち直れずにギクシャクしている。

で、大ピンチに陥ったジェイクとナヴィは、超自然的な力「母なるエイワ」に助けを求めようとするのだけれど……

アバター』って、「1」「2」「3」と、みんな似たようなストーリー展開なんですよ。
「1」は、ナヴィたちの生態や慣習、「2」は海とその生物のすごい映像表現が見どころだったのですが、「3」には、そういう舞台設定やディテールの変化があまり感じられませんでした。

もともと、「環境を大事にしよう」「少数部族の伝統を尊重しよう」というようなテーマの映画だと思うのですが、第1作から16年も経つと、そのテーマも「ありがち」から「「いまさら」という印象になってしまいます。

そして、「力こそ正義」という理屈がまかり通っている(ように見える)2026年の世界を生きていると、結局アメリカって「力こそ正義」なんだよな、と。

この映画では「大自然の力」だとか「エイワへの信仰」とか言っているけれど、結局のところは、「人類とナヴィの武力衝突で、エイワという大量破壊兵器が発動すれば、力で力を制することができる」だけではないか、と思ってしまうのです。

武器が銃火器や近代兵器か、それとも動物・生物か、というだけの違いでしかない。

毎回同じような展開で、だらっと観ることができるから、3時間半でもそんなに長くは感じない。むしろ「これはもう集中して観なくても、パンドラの風景を眺めていればいいんだよな」と開き直れます。途中でトイレに行っても、想定内のストーリーが続いているだけだし、3時間半のうちの2時間くらいはパンドラ観光ガイド映像です。

ただ、この映画がダメかと言われたら、そんなこともありません。
ストーリーがありきたりで、映像も世界観も見どころがない数多の映画に比べれば、ストーリーはさておき、すごい映像とディテールに凝りまくった世界観を長時間「体験」できるだけでも、『アバター』シリーズには価値がある。

まさに、「アトラクション映画の最高峰」。
あらためて考えてみれば、邦画の『国宝』だって、「目を奪われる歌舞伎の舞台映像のあいだに、大映ドラマ的な、ベタな愛憎劇を見せられる映画なわけです。

でも、「パンドラ観光ガイド」や「歌舞伎のすごい舞台」だけでは映画館にお客さんはこないから、「わかりやすい人間ドラマ」を幕間にやっている。

映像配信サービスが普及したなかでは、こういう「映画館という集中できる環境で、配信ではできない体験をさせてくれる作品」、テーマパークのアトラクション的な映画が「劇場作品が生き残る道」ではあるのでしょう。

率直にいうと、2009年に比べて、自宅で観ることができる映像のレベルもどんどん上がってきていて、「ああ、なんかPS5でゲームやってるような感じだなあ」とも思いながら観ていました。

アバター』の映像も第1作からはかなり進化しているのだろうけれど、家庭用ゲームの映像的な変化は大きいし、プレイステーションなどのファンタジーRPGは、映像的には『アバター』に近づくことを目標にしてきたようにも思われます。

とりあえず、3作目を見届けられてよかったし、4年に1回、オリンピックやサッカーのワールドカップと同じくらいの間隔なら、鑑賞料金を払って映画館で観るのもやぶさかではない作品です。

1作目や2作目の「長さ」には「世界を紹介する」という意味があったけれど、この3作目は「同じところをぐるぐる回っているだけ」にも感じたのですが。

個人的には、もうこれ以上の続編は要らないのでは……なのですが、登場人物のなかにはスッキリしない感じで消息不明な人もいて、続編つくるつもりなんでしょうね。
それで、たぶん僕もまたあれこれ言いながら観てしまうのだろうなあ。

正直、映像のすごさと「210分『完走』できた満足感」のための映画です。
それでも、『アバター』以上に「映画館で観るべき映画」って、あまり思いつかないんですよね。


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アバター

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