琥珀色の戯言

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【読書感想】企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

 企業不祥事が発覚すると、「ガバナンス」「コンプライアンス」が問われ、トップが詫び、お決まりの「再発防止策」を発表して事件は収束する。しかしその陰では、真面目に業務に取り組んでいた人が不正や不法行為の“犯人”として糾弾されるケースが少なくない。コンプライアンスの方向性も個別特定の問題にフォーカスされ、背景にある業界や組織の抱える根本的な課題を見えなくしてしまう。そして“同じような”不祥事が繰り返される。
 暗黙の圧力、業界“村”の慣行・しがらみやローカルルール、現場を軽視した経営判断、曖昧な指示と報告体系、取引関係……日本の組織は問題の温床に溢れているのだ。

 宝塚歌劇団、オルツ、小林製薬、三菱自動車、フジテレビ、リクナビ、セブンペイ……本書は、第三者委員会報告などをもとに話題になった企業不祥事を多方面から分析。すべてのビジネス人が、業務の実態とコンプライアンスとの板挟みで眠れぬ夜を過ごすことなく、同時に不条理な犠牲者を出さずにすむように、不祥事が起こる組織にありがちな「本当の問題点」を浮き彫りにしていく。


大きな企業だから、ちゃんとしているだろう、と外部からは信じてしまいがちですし、近年は、企業の業績に対する外部からの監視も厳しくなってきています。

でも、企業のなかには、不祥事や不正が見つかり、大きな問題となっているところもまだまだ少なくないのです。
最近の有名なところではフジテレビの社員へのタレントの性加害スキャンダル、KDDIの子会社での330億円もの不正架空取引、AI関連の新興企業として注目されていたオルツの110億円もの粉飾決算など、これらの会社を信じて投資をしていた人たちにとっては青天の霹靂だったはずです。


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企業の不正、不祥事は後を絶たない。その背景には、「成長を続ける」ことを求められるプレッシャーも大きいのではないかと思います。

「カリスマ」とあがめられる人への過剰な信頼や「過去の栄光や伝統」をずっと引きずっていて、現代の価値観にアップデートできていなかったことなど、「みんなと、これまでと同じことをやっていただけなのに、不正の当事者として責任をとらされる」という人も多かったのです。

そこで、雰囲気や上司からのプレッシャーに流されずに「正しいことを貫ける」人は、少ない。
これまでに、同じようなことをしていても、咎められなかった人はたくさんいたし、むしろ、実績を上げたと称えられていたのですから。


著者は、企業のコンプライアンス問題の専門家として、多くの企業の不正、不祥事について、この新書のなかで「何が問題だったのか?」を分析・解決しています。

それを読むと、不祥事が起こった場合、現場の担当者・当事者の行動がバッシングされるけれど、実際は、もっと「上流」に問題がある場合が多いのです。


2023年9月に宝塚歌劇団・宙組に所属する25歳の女性(以下、Aさん)が自宅マンションで亡くなり、入団7年目のこの女性が若手新人公演のまとめ役として大きな負担を強いられ、先輩たちから「いじめ」「パワハラ」を受けていたと報じられました。

当初、歌劇団はいじめやパワハラを否定していたのですが、遺族や社会からの強い批判を受けました。

 2023年12月18日、歌劇団は一転してホームページに掲載していた調査報告書の公開をとりやめ、事実関係の再調査を行うことを発表した。その結果、2024年3月28日、歌劇団側は、調査報告書では確認できなかったとしていたパワハラがあったことを遺族側に認めた(パワハラ行為をめぐる経緯や解釈については遺族側の主張と一致しない点があったものの、協議の結果、最終的には14件の行為について認めた。
 さてこの事件、一般的には「パワハラの有無」などと組織風土・人間関係に焦点が当てられている。それは否定するものではない。とても重要な問題であり、事件の直接的な原因となったと考えられる。しかし、このときの歌劇団の公園の運営全体の工程やこの劇団員が担当していた新人公演の性質を考えると、「無謀ともいえる事業(公演)計画が、現場に強い業務負担とプレッシャーを与え、全体のなかで最も脆弱な工程である新人公演のリーダーに強い肉体的・精神的負担がかかった可能性が高い」といえる。つまり、この事件に関わった特定の個人が起こした問題というより、同様の組織体制と運営スケジュールでこの事業計画を推進すれば、かなりの高い確率で同様の問題が起こるということである。


この年は新人公演のまとめ役になる7年目のメンバー(研7)が、退団・休演者の続出により2名しかおらず(例年は6~8名はいたそうです)、まとめ役には身体的・精神的に例年より大きな負担がかかっていたのです。

新型コロナ禍のなかでの公演で、感染予防対策などこれまでにはなかった業務が増え、自分自身の舞台での役(本公演+新人公演)の練習、後輩の指導など、やることが増えたのにそれを分担する人は少なくなり、休みも睡眠時間もほとんど取れないような状況になっていました。

それでも、「先輩たちは毎年この新人公演をやってきたのだから」と、あまりにも過酷になっているこの年の状況をちゃんと確認することなく、「毎年の通過儀礼」だと周りはみなしていたのです。

 また、こういうプロ型の組織によくある話なのだが、SOSを出したり泣き言を言ったりすることを許さない組織文化もあったようである。「無理なものは無理」と早めに言ってくれれば対応の仕様はあるのだが、そういうことをするのは恥であり、弱虫であり、何が何でも自分でどうにかすることを課す組織がある。報道などによると、宙組はその組織文化が強かったようである。上級生の指導が絶対視され、下級生は無条件に従属。批判・異議は許容されにくい文化でもあった。さらにA三は、以前に週刊誌で先輩からのいじめ問題とされる事件が報道されたこともあって、先輩たちとの間に心理的な距離があったかもしれない。
 このように過酷な状況下にあっては、当然ながらいろいろなミスや連絡漏れなどが発生する。叱責を受ける回数も増加し、場合によっては強く非難される。周囲に助けを求めたくても、誰も自分や自分のやっていることなどには関心を持ってくれず、孤立が深まる。どんどん悪いサイクルに入っていくのである。無理な工期で失敗し現場が炎上するプロジェクトによく起こる風景と重なる。
 A三は、事件前の約6週間にわたり、一度も休みがなかったとされる。記者会見をした弁護士によると、8月31日から9月29日までの1ヵ月間の総労働時間は437時間(うち277時間が残業)、リハーサルは午前9時から深夜0時まで続き、自宅に帰ってからも新人公演のための作業をしていた。結果として、1日3時間ほどしか睡眠を取れていなかったという。


せっかく厳しい競争を勝ち抜いて、宝塚歌劇団に入ったのに……と思うのだけれど、本人は「せっかく入った」からこそ、弱音は吐きにくいし、無理だと逃げる選択もできなくなってしまう。

ああいう事件が起こってしまったから、歌劇団の「体質」が問題視され、内部のいじめも取り沙汰されましたが、学生の部活の「シゴキ」とかも同じような構造で、先輩は「自分たちもその厳しい練習に耐えてきたのだから」と、後輩にも同じことを求めがちなのです。これまでは「ギリギリのところで、なんとかやれていた」だけで、いつ破綻してもおかしくなかったのに。

こういうことって、世の中にたくさんありますよね。結果的に「事件」が起こった組織が問題視されて、「あそこはひどい」と言われるだけで。


著者は、なぜこんなことが起こったのか?について、こう述べています。

 このように、もともと過酷な状況のなかで実施される新人公演に、これまで述べて北いくつもの事情が重なって、Aさんの置かれていた状況はまさに”ミッション・インポッシブル”になっていたことが増える。また本来であれば、その状況を事前に把握し、助言やサポートができる可能性のあった組長や先輩たちも、本公演の成功に向けて”いっぱいいっぱい”の状況に陥っていた可能性が高い。
 よって、この事件では、ハラスメントは最後に発生した症状であり、それが自死の直接の原因となった可能性は高いが、そもそもの業務全体の事業計画(内容、スケジュール、要員、組織体制等)が、どう考えても、明らかに無謀であったことが強く影響しているのである。計画立案者が、個々の劇団員の負荷量やスケジュールの適正性についてしっかりと予測をし、検証し、問題があれば修正していたら、防げた可能性が高い。つまるところ、プロジェクトマネジメントの能力不足であったということなのだ。


つまり、ハラスメントは本当の原因ではなく、あまりにも担当者の負荷が大きい公演計画で、集団全体が強いストレスにさらされていたために起こった「結果」であり、本当の原因は、もっと上流にあったはずだ、ということなんですよね。
これはもう、多くの「問題が起こった組織」に共通しているのだと思います。

事件は現場で起こっているのではなく、会議室ですでに起こっていたのです。


著者は、この本の中で、さまざまな企業な組織の不正や不祥事の「本当の原因」について検証しています。
フジテレビの性的加害事件についても、女性社員と「接待の駒」として利用する企業文化が、そもそも問題だったのです。

加害者とされるタレントは、あの事件までは好感度が高かったし、長年。東日本大震災の被災者への支援活動を続けてきたのも知っているので、人間というのはわからないというか、外見やイメージだけではわからない、いろんな面を使い分けて生きているものなのだなあ、と考えずにはいられませんでした。


著者はリクルート出身だそうなのですが、リクルート事件についての記述には、「リクルートの人って、自分の会社には甘い傾向があるよなあ」とも思ったんですよね。
これだけ「企業の体質・本質を見極めようとしてきた人」でも、自分を育てた会社には、「忖度j」してしまう。

みんな「身内」には甘くなるよね。外部には厳しいけど。
企業の不祥事や不正会計などのニュースを聞くたびに、この人と同じ立場で、カリスマ社長から厳しいノルマを課せられていて、みんなが粉飾決算をやっていても、自分はそれを拒否したり、告発したりできただろうか、と思うのです。

たぶん、できないよね。事件になってしまえば、「おかしいと思った」と言えても、最初に声をあげるのは本当に大変なはず。

ハンナ・アーレントが、ナチスのホロコーストの中心人物のひとりであったアイヒマンを「凡庸な悪」と評して議論を巻き起こしましたが、大部分の人は、状況や環境のよって、善いことも、悪いこともできる生き物なのです。100%の善人も、悪人も、おそらく存在しない。
だからこそ、自分の「常識」を常に疑うこと、アップデートしていくことが大事なのでしょう。
それは簡単なことじゃないけれど、昔と同じこと、伝統だと思っていることをやっているだけでも、ハラスメントになりうるのだから。

あとはもう、中間管理職にとっては、「運」なのかもしれません。


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