琥珀色の戯言

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【読書感想】安倍晋三-平成・令和の光と闇 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

 戦後最年少の52歳で首相に就任、8年8ヵ月の史上最長政権を誇った安倍晋三。祖父に岸信介を持つ政界のエリートは、自民党最右派として憲法改正を掲げたが一次政権では挫折する。
 しかし政権復帰後、「アベノミクス」など経済政策により支持を獲得、6度の国政選挙に連勝し「安倍一強」体制を築く。彼の威光はG7でも際立ち、トランプ米大統領への対応など国際的評価も高かった。だが、安保法制など敵と味方を峻別する政治姿勢や、森友・加計学園、桜を見る会など権力の私物化への批判が付きまとった。
 本書は波乱と毀誉褒貶に満ちた安倍の生涯を辿り、彼の政治を総括する。


安倍晋三元首相が遊説中に撃たれ、亡くなられたのは2022年7月8日のことでした。
その日、急に株価が下がって、何が起こったんだ?戦争でもはじまったのか?とYahoo!を見ると、安倍元首相銃撃のニュースが報じられていたのです。
大きく下がった株価は、そんなに時間が経たないうちに元に戻ってきて、安倍さんの影響力と人々の切り替えの早さを目の当たりにした記憶があります。

僕の率直な印象としては、安倍晋三さんは「俗物」でした。
でも、「俗物」であるがゆえに、親しみやすさはあったし、長期政権で日本に「繁栄、とは言い切れないが、安定感をもたらした」のは事実だと思います。

東京オリンピックのプロモーション映像にマリオの扮装で登場したり、テレビのバラエティ番組で人気タレントと絡んだり。使う言葉もわかりやすくはあったし、反対派に不満や怒りを見せる姿も、「首相としてはいかがなものか」と思いつつ、「人間くささ」みたいなものも感じていたんですよね。

本当に「毀誉褒貶が分かれる政治家」だと思います。

この新書、安倍さんの非業の死からわずか4年後に書かれた新書での評伝ですが、著者がなるべく感情的にならずに、安倍晋三という政治家とその時代を丁寧に追っているのが印象的でした。


安倍さんの行跡を振り返るとき、高確率で流れる映像があります。

 長期政権を目指す安倍にとって、最大の危機は2017年7月の東京都議会選挙と10月の総選挙だった。安倍の率いる自民党は、都議会選で大敗を喫するものの、わずが数ヵ月後の総選挙では大勝している。
 加計学園問題が5月に争点化したことから、7月2日の都議選では、小池百合子知事を旗頭とする都民ファーストの会が勢いを増すとみられた。安倍は逆風のなか、投票前日の秋葉原駅前で街頭に立った。聴衆から「辞めろ」「帰れ」コールが湧き上がると、安倍は「こんな人たちに皆さん、私たちは負けるわけにはいかない」と声を張り上げた。
 抗議グループは、5、60名おり、横断幕を掲げた「安倍辞めろ」コールは公職選挙法で禁止されている演説妨害に当たるといえなくもない。だとしても、安倍は妨害という行為を非難するのではなく、「こんな人たち」と指を向けた。安倍は「皆さんに迷惑ですよね」などと受け流すこともできたはずだが、本音が口をつき、敵には容赦ない安倍政治の本質をさらした。


この演説は、短期的には裏目に出て、都議選で自民党は敗北します。
とはいえ、こんな「分断を煽る失言」をしてしまう首相の「人間くささ」「本音を言ってくれる人というイメージ」が、支持者を引きつけていた面もあるのです。

 安部は国会内でも、野党に対して不規則発言の多い政治家だった。その行き着く先は、安倍が掲げた1億総活躍社会ではなく、「こんな人たち」と「私たち」が分断された社会である。安倍はその亀裂をバネに長期政権を維持していた。


アメリカのトランプ大統領は、あまりにも突然な不規則発言が多くて、アメリカ国内、諸外国をしばしば混乱させていますが、安倍政権の日本にも「亀裂をバネにした政権」ができていたのです。
その分断は、安倍さんが亡くなったあと、現在でも、日本の政治に影響を与え続けています。


僕は安倍さんと17年くらいの年齢差があるのですが、安倍晋三という政治家が、安倍晋太郎という有名な政治家の子、岸信介元首相の孫として生まれ、小泉純一郎政権下で北朝鮮の拉致問題で頭角をあらわし、小泉さんのあと、2006年9月に52歳で戦後最年少の総理大臣になったのをリアルタイムで見てきました。

安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を目指し、安部さんが祖父の岸信介さんから受け継いだ憲法改正などのイデオロギーに基づく政策を実現しようとしましたが、郵政民営化に反対した議員の復党や閣僚の相次ぐ不祥事、消えた年金問題などが立て続けに起こり、参議院選挙で歴史的な大敗を喫して2007年9月12日に安倍首相は辞任を表明しました。

あのときは、もう四面楚歌、という状況で、僕も「安倍さんも首相になるのが早すぎて失敗してしまったな。これではもう復権は難しいだろうな」と思っていたのです。

 総じて第一次安倍政権は、内政では教育基本法改正や国民投票法の制定、防衛庁の省昇格など成果を上げたものの、憲法改正や集団的自衛権の行使容認といった主要な政策は実現できなかった。また、社会保障や景気対策といった生活に直結する課題を後回しにし、優先すべき政策が何であるかが曖昧だった。
 外交・安全保障では、中韓両国への電撃訪問によって首脳会談を再開させ、北朝鮮への独自制裁やクアッド構想に取り組んだ。しかし、拉致被害者の追加帰国や北朝鮮の核・ミサイル問題で進展は見られず、六者協議における日本の立場も弱まった。
 つまり、第一次安倍政権は、内政、外交・安全保障ともに政策を盛り込みすぎ、実行可能性を見極めたうえでの展開に欠けていた。安倍は退陣後、「戦線を拡大し過ぎたとの指摘もあります。小泉元首相は一点突破的な政治手法で成功しましたが、私の場合も、全面突破全面展開を欲張るのではなく、戦略的に優先順位をつけていく老獪さが必要だった」と計画性で小泉に劣ったことを認めている。
 さらに安倍は、「国民の最大の関心事といえば、まずは社会保険庁からの年金記録問題」であり、「私がやりたいことと、国民がまずこれをやってくれということが、必ずしも一致していなかった。そのことがしっかり見えていなかった」と反省する。


この新書を読んで、安倍さんが祖父の岸信介元首相から受けた影響の大きさ、祖父と孫として接した時間の濃さに僕は驚いたのです。
僕自身は、自分の祖父母とあまり接点がなかったこともあり、「両親ならともかく、祖父母の影響なんて、そんなに受けないだろ、みんなが勝手にそう決めつけているだけなんじゃない?」と思い込んでいました。
名門政治家の家では、父親の安倍晋太郎さんは選挙区である地元に滞在していることが多く、安倍元首相は祖父と過ごす時間が長かったのです。

安倍さんの第一次政権での挫折も、2026年に振り返ってみると、その後の長期政権につながる助走期間だとみなしてしまうのですが、当時は「まあ、拉致問題での人気だけの政治家だったんだな」と感じたことを思い出しました。

何百年も昔のことじゃないし、当時のことを覚えている人も大勢生きているはずなのに、人の記憶というのはけっこうあっさりと改変されてしまう。

田中角栄ブーム、なんて言われることがあるのですが、僕が子どもの頃の田中角栄さんのイメージは、「金権政治の象徴」で、自宅に手下を集めてお金を配り、豪邸の池にはバカ高い鯉がたくさんいて、ヨッシャ、ヨッシャと高笑い、だったのです。

それが、昨今では「人情の機微に通じた、昭和の大政治家」として「再評価」されている。
「人は『倫理的な正しさ』よりも、『自分の利益になること』に惹かれてしまい、抗うことは難しい」
田中角栄という人は、そういう意味では「人情」に通じていたのかもしれません。
人口がどんどん増えていき、アメリカの傘の元で高度経済成長を遂げていくタイミングで権力を握ったという「幸運」はあったとしても。

オウム真理教でも、現在は「サリンをまいたり、弁護士一家を殺害する狂信者集団」として語られることが多いのですが、1990年代半ばのワイドショーでは、オウムシスターズという教団内の美女集団や選挙に出馬したオウムの「尊師マーチ」が面白おかしく紹介され、ゴシップ、スキャンダルとして「消費」されていたのです。
少なくとも、地下鉄サリン事件までは。

人の記憶というのは、けっこう短期間で、当時を知っている人もたくさんいるはずなのに「改変」されていくのです。

安倍晋三という人の人物や政治も、おそらくこれから、ネガティブな面は次第にそぎおとされ、平成の大政治家、暗殺された悲劇の宰相として語られていくのではないかと思います。

第一次政権で1年で首相を辞任し、自民党も民主党に政権の座を奪われるという逆風のなか、安倍さんは持病への新薬の効果やバラエティ番組などへの積極的な露出と、その「親しみやすい」キャラクター演出もあって、ふたたび首相の座を射止めることになります。

第二次安倍政権が誕生したときには、まさか安倍さんが戦後最長の在任日数を達成するなんて予想もしていませんでした。
前回の「失敗」のイメージは、まだ鮮明に残っていたから。


2012年12月26日に発足した第二次安倍内閣は、新型コロナ禍のさなか、2020年9月16日の内閣総辞職まで続くことになります。

 民主党政権の課題は山積みしていたものの、東日本大震災からの復興を最優先とすべきことは誰の眼にも明らかだった。問題はその手段である。民主党政権の復興増税や消費増税について、安倍は「震災のダメージがあるのに、増税するというのは、明らかに間違っている」と反対だった。このため安倍は、民主党に代わり得る復興と経済再生の政策を打ち出す必要があった。
 安倍は民主党政権を反面教師として、不得意だった経済に重点を置いて政策を練り上げた。浜田宏一イェール大学名誉教授、本田悦朗静岡県立大学教授、高橋洋一嘉悦大学教授、岩田規久男学習院大学教授ら経済の専門家と議論し、安倍政権で経産副大臣だった山本幸三らとデフレ脱却勉強会を発足させ、安倍は会長に就任した。そのなかで日銀のデフレ容認や財務省の増税路線は間違いと確信し、産業政策に金融を含めたマクロ経済政策を固めていく。これがアベノミクスの骨格となる。


とりあえず、日本の株価は上がり、投資が推奨されるようになり、GDPも上昇しましたが、アベノミクスが本当に日本とその経済を良くしたのか?という問いに答えるのは僕には難しい。「世界標準に近づけた」とは言えるのかもしれませんが。

安倍さんは第一次政権の失敗は「自分の理念を重視しすぎて、国民のニーズを優先しなかった」と考え、経済政策を優先させることにしたのは間違いないと思います。
安倍さんは、そういう柔軟性や自分を変えようという意識を持った人ではあったのです。
挫折したとき、まだ若かったのが安倍さんの場合はプラスになったとも言える。

著者は、安倍政権の内政、外交についても現時点での評価を行っています。
プーチン大統領との親密さが伝えられていたロシアとの関係や領土問題については、かなり辛辣な評価もされています。
また、中国や韓国との関係についても、「現実路線」で、中国と韓国をまとめて考えるのではなく、それぞれの国に対して個別の対応をしていたことも紹介されています。

 平和安全法制と並んで安倍のレガシーとなったのが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」というグローバルな構想の推進だった。

と、著者はかなり高い評価をしているのです。
読んだ印象では、著者は第二次安倍政権で、内政よりも外交への評価のほうが高い(ロシア関係除く)と感じました。

 第二次安倍政権は、その後の国政選挙にも圧勝し続け、衆参合わせて6回の国政選挙すべてで与党として勝利した。なかでも注目すべきは、選挙権が18歳に引き下げられた2017年の総選挙である。この総選挙では、若者重視の戦略で臨んだ安倍自民党が284議席を獲得している。アベノミクスによる就職率の改善は若年層に最もアピールし、安倍は経済に敏感な若者に支持層を拡大することで長期安定政権を築いた。他方、投票率は一貫して低いままであり、「熱狂なき圧勝」は安倍政治の特徴といってよい。


伝記が書かれるのは早すぎるのではないか、と書店で見かけたときには思ったのですが、記憶や記録が残っているはずの時代でさえ、人々のイメージが「改変」されてしまうことを考えると、いま、まだ記憶に新しい時期だからこそ、この評伝は貴重なのだと思います。
リアルタイムで安倍さんをみてきたはずの僕も、読みながら、「そういえばそうだったなあ」と感じたところがたくさんありました。


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