琥珀色の戯言

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【読書感想】バーテンダーの流儀 ☆☆☆☆

バーテンダーの流儀 (集英社新書)

バーテンダーの流儀 (集英社新書)


Kindle版もあります。

バーテンダーの流儀 (集英社新書)

バーテンダーの流儀 (集英社新書)

ホテルのバーに「扉」がない理由は?
「最初の一杯」は何を頼むのがベストか?
なぜバーで酔っ払ってはいけないのか?
なぜバーで「あちらの女性に一杯」が迷惑なのか?
ヒット作『バーテンダー』『ソムリエ』をはじめ、酒と酒にまつわる人間関係を描き続けてきた漫画原作者が送る、教養としての大人のバー入門。
初心者から誰もがバーを愉しめるコツを、ユーモアを交え豊富なエピソードを通して伝授する。
巻末の厳選バーリスト100は必見!


 僕自身は、お酒は嫌いじゃないけれど、わざわざお金と時間を使って外で飲もうとは思わないのです。
 仲間内や職場の飲み会の流れで、バーに行くこともあるけれど、自分から進んで行くことはありません。
 正直、この本の読者としては不向きなのだと思いますが、そんな僕でも、読んでいると、バーで美味しいカクテルを飲みたくなりました。

 著者は、『バーテンダー』『ソムリエ』などのお酒に関するマンガの原作を手掛けている方なのですが、とりあえずこの本を読むと、バーでの一通りの作法、みたいなものがわかったような気がしました。カッコよく飲める、というよりは、「あんまり恥ずかしいことはしないで済む」というくらいかもしれませんが。

 スナックが、いちげんさんにとっては敷居が高いように、バーもまた、どんなふうに振る舞えばいいのか、慣れていないと難しい場所ではありますよね。
 バーテンダーと気の利いた会話をしなければならないのか、とか、カウンターでひとりで飲んでいる女性がいたら、「あちらのお客様に一杯」とかやらないといけないのか、とか。
 ちなみに、「あちらのお嬢さんに一杯」は、店からしたら大変迷惑なのだそうです。
 多くのバーテンダーにとって、いちばん困るのは「客同士のトラブル」だそうですし。

 まず、あなたに覚えておいてほしい。日本のバーは客のために作られているのではないことを。バーと基本、オーナーがその空間の中に自分の美意識や夢、サービス=人とのあるべき関係など、さまざまな想いを込めて形にしたものなのだ。インテリアだけではない。限られた酒棚にどんなボトルを置くか。サーブするグラスにどんなものを使うか。コースターはどうするか。花は、果実は、音楽は……と、際限がない。
 どんな飲食店も同じじゃないかと言うだろうが、少しだけ違う。飲食店なら、客の稼働率や客単価、仕入れ原価から内装や備品が決まる。バーももちろん道楽ではない。利益採算も考えてはいる。だが、少しだけそんな冷静な経営判断よりも、オーナーの趣味趣向が優先してしまう。さもなければ、料亭でもあるまいに1杯1500円のカクテルのために1個1、2万円、時にはアンティークで値段もつけられぬグラスなど使えない。しかも、客がもし酔ってそんなグラスを割っても、(内心ではともかく)「グラスは割れるものですから」と笑顔を見せるなんてできない。「お客の酔いを見抜けなかった自分の未熟さですから」と(意地でも)言うのがバーなのだ。
 そういう意味でも日本のバーというのは、バーという個性なのだ。だからこそ客がバーを選ぶように、バーもまた客を選ぶ。選ぶことが許された稀有な飲食業なのである。


 ここだけ読むと、そんな大仰な、と思われるかもしれませんんが、著者が紹介している「行ってみるべきバー」の話を読むと、納得できてしまうんですよ。
 お酒好きな人にとっては、バーを巡るだけでも、ちょっとした観光になるのではなかろうか。

 茶道を比較されてもいるのですが、バーでお酒を飲むというのは、バーテンダーと客との真剣勝負でもあるのです。
 まあ、僕としては、憧れと同時に、やっぱりちょっと敷居が高いかな、居酒屋でいいかな、と気後れもしてしまいます。
 ちなみに、バーにも、「ホテルのバー」と「街場のバー」があって、初心者は、まずホテルのバーからはじめてみることが勧められています。


 著者は、バーの「十戒」として、「バーでやってはいけないこと」をまとめています。

「酔って声が大きくなるのはしかたがないが、程度がある。それがフルマラソンの後でも、バーでは眠るな。肘はついてもいいが、カウンターの上で自分の場所は肩幅までと覚えておく、一番困るのは他の客とのトラブルだ。酔って他人のオーダーにとやかく文句をつける半可通がいる。吐くほど酔うのは論外。気分が悪くなったら這ってでも外に出ろ。個人営業のバーで5000円以下の勘定にカードなんか出すな。閉店時間を過ぎたら席を立つ。多くのバーでは閉店時間はいちおう決まっているが、客がいる限り追い出すわけにはいかないのだ。プロを相手に酒の知識の自慢をするな。誰が素人の寝言を聞きたがる。そもそもなんであれ自慢話は恥ずかしい。バーテンダーのお愛想の相づちにも限界はあるぞ。カクテルグラスのスティム(脚)を親指と人差し指の2本で気取ってつまむな。小指を除く4本でしっかり握れ。タンブラーならこの残る小指を底に当てておけ。ビヤホールじゃあるまいに、グラスをカッチンと合わせて乾杯をするな。最後に一番大事なことを言い忘れた。カウンターの上のボトルと、隣の席に座った美人には勝手に手を出すな。バーは女を口説く場所ではない。口説き終わった女を連れて行く場所だ」


 次々と言葉があふれてきて、「10」を超えてしまっているのですが、ここに書かれていることを守れば、まず及第点はもらえそうです。
 ただ、バーに行くとき、いるときって、酔っ払っているから、ついつい、声が大きくなったり、蘊蓄めいたことを語ったりしてしまいがちではあるのです。要するに「お酒を飲むところではあるけれど、他人に迷惑をかけるような酔っ払い方をするところではない」ということなんですね。こういうのは、まさに、言うは易く行うは難し、なのですけど。

 どうしても、これに従えというわけではないが、バーでの1杯目はロングドリンク、2杯目でショートカクテル、3杯目でウイスキーなどスピリッツ系のストレートというのが、ある種の定石だ。この順に飲むと少しずつアルコール度は強くなり、液体としての分量も少なくなっていくので胃にも負担がかからない。食事の前なのか後なのか、他の酒をどれくらい飲んでいるのかにもよるが、コース料理と同じで、いちおう飲み方の流れを知っておくとバーテンダーも対応しやすい。
「ロングは30分、ショートは10~20分以内で飲め」とも言う。ロングなら氷が溶けきる前に、ショートならグラスが温まる前に飲んでほしいという意味だ。


 カウンターで注文んする寿司の順番、みたいなもので、必ずしもこの通りにする必要はないようなのですが、こういう「作法」みたいなものを知っていると、「わかっている客」だと思ってもらえるかもしれません。
 僕はこの本を読むまで、そんな「バーで飲むお酒の順番の定石」があるなんて知りませんでした。

 良いバーテンダーは、自分たちのサービスを押し付けるのではなく、お客さんのコンディションをちゃんと観察しているけれど、必要以上に媚びることもないのです。

 著者は、あるバーでのこんな出来事を紹介しています。

 モルトウイスキー好きの友人の話だ。アイラ島土産の蒸留所限定の珍しいモルトが手に入ったので、馴染みのバーに持って行った。本人はもちろん、バーテンダーも飲んだことはないであろう1本だ。友人としては、一緒に飲んで、あれやこれやのウイスキー話をしたかったわけだ。この気持ちは酒飲みなら分かるだろう。無論、他の酒も何杯か飲んだが、勘定になって、どう見ても土産のモルト代が付いていて少々腹が立ったそうだ。
「タダで客からもらった土産を、他の客に売って金を取るならまだしも、土産を持ってきたその当人からも取るのか」というわけだ。加えて、日を置くならまだしも、なぜ土産を持っていったその日にボトルの代金を乗せるのかと。ま、その気持ちも分かる。


 僕もこれを読んで、「ひどい話だ」と思ったんですよ。いちげんさんが勝手に持ち込んで飲んだというのならともかく「常連が一緒に飲もうともってきてくれた珍しいお酒」であれば、その常連との今後の関係も考えると、お金を取るなんて冷淡というか、非常識ではないのか、と。
 著者も、最初はそう感じたようなのですが、のちに、こう考えなおしています。

 しかし極端な話、「珍しい酒だから一緒に飲もう」と言われ、そのボトルだけをずっと飲み続けたら料金は発生しないのか。毎度毎度、客が自分のボトルを持ち込んでタダにしていては商売が成り立たない。それでなくとも「過失利益」という言葉もある。客が自分で持ち込んだ1杯を飲むことで、店は客が本来、店で飲むはずだった1杯が売上から減る。つまり店は利益を失ってしまうことになるからだ。
 これを書きながら、むしろバーテンダーの態度こそがプロだったのかもしれないと思えてきた。常連客の土産のボトルでも勘定を取るという冷たい一線を引くことで、どんなに「慣れた」客でも互いに「狎れ合う」関係にはならぬという意思表示だ。結果、客が腹を立て、店を離れてもしかたないと思っていたのではあるまいか。これもまたプロの矜持だ。この話、その後どうなったか。ノンベイは忘れやすい。一度は腹を立てた友人も、やがては再びこの店の常連に戻ったから、バーテンダーの判断は正しかったことになる。


 たしかに、お酒を出す店に、お酒を持ち込むというのは「禁止」あるいは「持ち込み料を取る」のが当然の対応ではあるのです。原理原則に基づけば。でも、これが常連さんの「好意」であったことはバーテンダーもわかっていたでしょうし、けっこう難しい判断ですよね。
 僕だったら、たぶん、その分のお代は取らない(取れない)と思います。
 その一方で、この対応を、「常連だからといって、特別扱いしない店」と、評価する人もいるはずです。
 
 お酒の話、バーの話だけではなく、サービス業というものについて考えさせられる本でした。
 自分の個性や特徴をアピールすることと、客が求めているものに応えること。そのバランスはとても難しい。


ソムリエが残念に思う客

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