琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】ぼやいて、聞いて。 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

芸人だけど、つるめない。
とんちんかんなプレゼントを贈っては相手を困惑させ、とある社長に連れられた飲み会から逃げ帰り、かと思えば苦手な先輩と「年に一度だけ決まった日に必ず会う」というルールを自らに課してみる……。「人付き合いが苦手」を公言するナイツ・塙宣之が、それでも人と関わりながらたどり着いた、初の人生哲学エッセイ!


 『ナイツ』の塙宣之さんが、「他人とうまく打ち解けられない人生」をボヤキつつ、そのなかで、どんなふうに生き延びてきたかを誰にともなく語っている、そんなエッセイ集です。

 塙さんといえば、M-1の審査員もつとめていて、以前、こんな本を読んだこともあります。

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 塙さんは、破天荒さを売りにしている芸人というわけではなく、「漫才」や「笑い」というものについて、さまざまな試行錯誤を繰り返してきた人のようです。
 この『ぼやいて、聞いて』のなかでも、「若手のネタをみると、どういうプロセスでそのネタができあがってきたのか、だいたい想像できる」と仰っています。

 笑いの求道者、的なところがある塙さんなのですが、現実社会の人間関係となると、なかなかうまくいかないのだそうです。

 誰かにプレゼントを贈るのが下手です。
 友人へのちょっとした贈り物とか、恋人への誕生日プレゼントとか、知人の舞台に招かれたときの差し入れとか、そういう場面で何を渡したら喜ばれるのか、それがさっぱりわからない。
 娘にワンピースを贈ったら「これ着たくない」と言われて、そのままクローゼット行きになったことがありました。
 父親に、父の日のプレゼントでブルゾンを買っていったら「これは自分には似合わないから返してきていいか」と言われ、本当にイトーヨーカドーに返品されてしまったこともありました。
 ごく身内の関係性においてもこの有様なのですから、僕の「贈り物センス」のなさは推して知るべし、です。いつもプレゼントで失敗しています。
 笑組(えぐみ)さんという先輩芸人がいます。内海好江師匠の直弟子で、熟練の正統派漫才コンビです。ボケ役のゆたかさん─通称・ゆたさんに普段からとてもお世話になっているので、あるときにプレゼントを贈りたいな、と思いました。
 ゆたさんは好江師匠に憧れている芸人さんなので、好江師匠そっくりの口調、つまり女性のトーンで喋ります。僕はそのイメージに引っ張られ過ぎてしまい、バグを起こしました。婦人用の傘を贈ってしまったのです。「これ、ゆたさんが喜ぶと思った?」「ゆたさんはご婦人じゃないよ、四十代前半のおじさんだよ」などと周囲からも猛然と指摘され、挙句にゆたさん本人からも「ごめんね、これはちょっと使わない……」と傘を返されてしまいました。
 こんなにも贈り物を受け取ってもらえなかった人間、あまりいない気がします。


 塙さんは、一生懸命相手に合った(と自分では思っている)プレゼントを選んでいるにもかかわらず、相手の好みや状況とうまくかみ合わないみたいです。
 娘さんに「お父さんが選んだ服なんて着たくない」と言われるのは、「世の中の親あるある」だと思うので、仕方がない気もするのですが、自分の親や先輩に受け取ってもらえなかったり、返品されたりしてしまうというのは逆にすごい気がします。

 多少困るようなプレゼントをもらっても、相手に悪意を感じない場合は、とりあえず「ありがとう」と笑顔で受け取っておいて、こっそり処分するなり、ずっとしまっておいたりするのではないでしょうか。
 それだけ遠慮のない関係、でもあるのかもしれません。

 僕自身も、「プレゼントのセンスがない」とよく言われるのですが、若いころは「相手の印象に残るような、気が利いたプレゼントを選ぼう」として、失敗ばかりだった記憶があるのです。
 
 服とか傘みたいな身に着けたり持ち歩いたりするものは、人それぞれ好みがありますよね。それを相手に相談せずに選ぼうとしている時点で、かなり「空気が読めない」とも言えます。僕もそういうことがわかるまで、かなり時間がかかったのですが。

 世の中には、プレゼントの才能にあふれた人というのもいて、彼らは「自分のために、こんな良いものを選んでくれるなんて!」と相手を感動させることができるのですが、それは「特殊能力」みたいなものなんですよね。
 食べればなくなってしまう食べ物とか、今の世の中であれば、Amazonギフト券とかであれば、まず「受け取り拒否」されることはないはずです。
 まあ、それはそれで「味気ない」ものではありますが、「味気ないけれど、現実的にはたぶん最大公約数的に喜ばれるもの」を、センスに自信がない自分は選ぶべきだと、いまの僕は考えています。自分をアピールできるものより、相手がもらって困らないものを選ぶべきなのだろう、と。

 塙さんは、「相手とちゃんと向き合おう、大事な人だから嫌われたくない」という気持ちが強すぎて、人と付き合うのが「重荷になってしまう」のではなかろうか。僕がそうだから、そのイメージを押し付けているだけかもしれないけれど。


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 塙さんは、この『ぼやいて、聞いて。』のなかで、こう仰っています。

 どうやら自分は「メイン」のシーンに参加することが苦手な人間のようです。少年野球チームでも大勢と群れることができなかったし、クラスでも友だちの大きな輪の中には入れなかった。でも、だからと言って、進んで孤独な存在になることもしたくなかった。孤立というのは、それはそれでしんどいものです。
 百点満点の本格的な人付き合いはできない。でも、0点の存在になるのは怖い。だから僕は、30点の「芸」によって居場所を作って、そこで他者と接点を持つようにしていたのだと思います。苦手なことから逃げつつも、完全に逃げ切るのではなく、小さな島を作って、そこで大陸とのささやかな貿易を始める、みたいな感じでしょうか。
 そんな他者との関わり方を、いまでもやっている気がします。


 塙さん、あなたは僕ですか……という感じなのですが、思い返してみると、僕は学生時代、クラスでいちばん小さな、マニアックな人たちのグループにずっと属していて、クラスの中心だったスクールカースト上位の人たちにうまくなじめなかったのです。クラスメイトも「あいつは何を考えているのかよくわからないが、とりあえず成績は良いしおとなしいから放っておこう。体育の時間は邪魔だけど」くらいの印象だったのではなかろうか。当時は、自分が馴染めないことがすごくつらいし、嫌だったけれど、今から考えてみると、そんな状況でもなんとか自分を受け入れてくれる人たちがいて、それなりに生き延びてきたのだから、僕は僕なりに、よくがんばった。

 どうしてもズレてしまう人でも、そういう生存戦略があるのだ、ということなんですよね。クラスの主流派にうまく馴染めない人、集団で「なんだか自分が浮いているように感じる人」には、塙さんの話は参考になるはずです。

 一章で話した「週にドラマを30本観ている」という話、あれはまさにインプットであるわけですが、こういうエピソードを話していると「塙さんって真面目なんですね」「努力家なんですね」と言われたりします。
 まったくそういうことではありません。
 ドラマに出演しているから、演技が少しでも上手くなるために、それから現場で俳優さんと話が合うようにするために、なるべく色んなものを観るようにはしている。でも、過去作のドラマまでカバーしだすとキリがなくなるし、なによりそれは面倒だし、だから現在進行形で放映されているドラマだけを観ています。こんだけ本数観ているんだから、過去のものについては勘弁してよ、楽させてよ、という感じ。
 そもそも演技が上手くなりたいのだって、俳優さんたちと話を合わせたいのだって、現場で少しでも楽ができるようにするためって意味合いもあるわけで。
 番組のアンケートを書くのも、僕は早い。でもそれは真っ当な勤勉さから来るものではなくて、「アンケート書かなきゃ……」っていう重圧をずっと抱えてなきゃいけないのがめんどくさいから。早く楽になりたいから妙に勤勉になってしまうというか。
 楽したいから、苦しいことを選択する。そういうわけのわからない両面性が自分にはあって、そういう矛盾と一緒に生きているのが僕なんです。困ったもんだよ。


 これを読んで、僕は学生時代の同級生のことを思い出しました。
 彼は、何事にもきちんとしていて、周囲から「とにかく真面目」だと言われ続けていたのですが、あるとき、こんな話をしてくれたのです。

「いや〜俺って本当に『めんどくさいこと』が大っ嫌いでさあ……で、考えれば考えるほど、将来いちばんめんどくさくない方法っていうのは、さっさと資格をとれるだけとって、いろんな準備をしておくことなんだよね。資格なんて、後回しにすればするほど、かえってめんどくさくなってくるだけだから」


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 塙さんが言うところの「真っ当な勤勉さ」が行動原理になっている人というのは案外少なくて、塙さんや僕の同級生のような「めんどくくささやプレッシャーから逃れるために、他者からは勤勉にみえる行動をしている」人がけっこう多いのではないか、と僕は思うのです。
 人って、真面目でも、不真面目でも、結局、自分に困っているものなのかもしれませんね。あれこれ考えすぎてしまう傾向があるのなら、なおさら。

 ここまでこの感想を読んできて、「自分にも当てはまるところがあるなあ」と感じた方は、読んでみることをおすすめします。ああ、自分だけじゃないんだな、って少しホッとします、たぶん。


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