琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】弔辞 ☆☆☆

弔辞

弔辞

芸論から人生論・世界観まで
73歳になった俺が今、考えていること――

「いろんなものが消えていく。だけど、忘れちゃいけないものもある。面白かったテレビ。貧しかったけど希望のあった暮らし。大家族の絆。資本主義に蝕まれる前の、働くという喜び――だから、俺は、この時代に向けて、「弔辞」を読もうと思った。たとえ、消える運命にあるものでも、それについて、俺自身が生きているうちに別れのメッセージを伝えておこうと考えた

(主な内容)
ビートたけし「自分への生前弔辞」
●朝、目が覚める瞬間が怖い理由
●やり残したのは「独裁者」
●人間は欠陥品だ。理想と現実の行為が必ず違ってくる。そこに「笑い」が生まれる
志村けんちゃんは苦労人だった
●いくつになっても忘れない母親の教え
●ささやかな幸せがあれば、なんとか生きていける
●働くことに理由なんて要るのか
●人生って結局わりと平等なんじゃないか
●漫才はテレビに始まりコロナで終わる
●誰も気づかない資本主義の恐ろしさ
●エンタメには寿命がある
●政治に何かを期待するほうがおかしい
●科学と神様と人間の三角関係
ビートたけしはつまらなくなったのか ほか


 ビートたけしさん、最近、活字の仕事が多くなってきたんですよね。73歳という年齢から、自分の残り時間を考えて、考えを本にして残しておこう、というのと、滑舌が以前より悪くなってきて、喋る仕事も減って(減らして)きているのと、その両方の要因があるのかもしれません。
 73歳という年齢で「老い」が影響してくるのは当たり前のことですし、もうリタイアして悠々自適でもおかしくはない。たけしさんはこれまで、ものすごく稼いできた人でもあるし(ご本人は、この本のなかで、前妻と離婚した際に、ほとんど全部あげてしまった、と仰っていますが)。
 この本を読んでいると、ネットニュースで伝えられている「ビートたけし北野武)と、その周囲にいる人々についての話」って、事実じゃなかったり、スキャンダラスに加工されていることがけっこう多いのではないか、と感じるのです。

 俺はいまの奥さんに「あんた、仕事ツラきゃ止めなよ」「もう仕事減らして引退したっていいのに」とかたまに言われるわけ。ついケンカになる。
「オマエはすぐそういうことを言う」
「俺が好きでやってるんだから、かまわねえじゃないか」
「男の仕事のことなんかわかってねえんだから口出すんじゃねえ」って言ってしまう。
「でも、身体が……」と奥さんが心配してくれる。
 それでも「人のカラダなんか心配すんな、バカ野郎」とか言っちゃうんだ。
 ウチの奥さんは「男の仕事」とかいう言い方がちょっと嫌なんだろうな。
 こっちも「わかってねえんだから」とか言っておきながら、でも、向こうが正しいときって実はいっぱいあるんだよね。


 週刊誌やネットの記事では「悪役」として描かれがちな、たけしさんの現在の配偶者なのですが、これを読んで、「ああ、カネの亡者、って感じでもなくて、たけしさんとごくふつうの老夫婦の会話をしたり、こういうことでケンカしたりしているのだな」と思ったのです。
 もちろん、いろんな告発をしている人には、それぞれの立場からの言い分もあるのでしょうし、相手によって態度を変える人というのもいるのだけれど(というか、そういう人のほうが多い)、少なくとも、本人たちにとっては、今の状態が良い、ということなのでしょう。

 もちろん、この本だって、たけしさん自身が、自分のイメージを意識しながら語っているところはあるのだろうけど。

 テレビのニュースやワイドショーに、芸人がコメンテーターとして出演する。
 ……あ、俺だってそうか。

 いきなり厳しいことを言うようだけど、視聴者の主婦にウケがいいような、「不倫はよくありませんね」だとか、当たり前の、つまんねえことしか言えないような芸人は、芸人として終わりだなと思う。本人の前では言わないけどね。
 芸人が帯番組で、みのもんたみたいなこと言って、主婦の味方してどうすんだよ、って思う。
 主婦なんて、本当はこの世の妬み嫉みとか、金持ちが貧乏になるのとか、嫌な事件とか大好きなんだから、「こんなことしちゃいけませんね」じゃなくて「いいじゃねえか」って言えばいいのに。俺はなんでも「いいじゃねえか」って言ってるから、最近カットばかりされちゃっているワケだけれども。
 ただ、主婦や正義の味方になってマトモなことを言わないとテレビが使ってくれないから、芸人として食うのが難しい時代になってるっていうのがある。
 予算削減だ、コロナだで、本業もグッと少なくなってるから、帯番組とかのレギュラーになって給料を少しでも増やしたいっていう思いはよくわかる。
 でも、それって、自分の「芸」にとってプラスなのか。
 漫才というものの隆盛を見続けてきた俺はそう思う。


 テレビに出ても、あまりしゃべらなくなった、とネットで言われることが多くなった、たけしさんなのですが、本人によると、収録ではけっこうしゃべっていても、オンエアされるときには「炎上しそうな危険な発言」としてカットばかりされているそうです。

 たしかに、みんなそんなに、テレビに「キレイなもの」「正しいもの」ばかりを求めているのだろうか、と子ども時代に、ドリフの『全員集合』や、たけしさん、さんまさんの『ひょうきん族』を観て育った僕は思うんですよ。個人的には、東出昌大さんとの不倫で「干された」唐田えりかさんとか、「あんな有名な夫婦の夫を『略奪』するって、どんな人間なんだ?」と興味もあるのです。実生活で関わりあいにはなりたくない、魔性の魅力をもった人とか、とんでもないことをする人を、こちらはノーダメージで観賞することができるのが「テレビ」や「芸能人」だったのではなかろうか。いまはそういう「怖いもの見たさ比べ」みたいなのは、YouTubeが主戦場になってきているのです。
 でもまあ、「テレビで、ポリティカル・コレクトネスに反したことを言っているやつらをネットで吊るし上げる」というのも、観客にとってのエンターテインメントになっていますよね。
 正直、たけしさんは「昔気質の芸人」であると思いますし、今の時代の感覚としては、「芸人って、ちょっと面白いことが言える、感じのいいひと」なのかな、という気もするのです。
 世の中の人々は、けっこう本気で「もう、笑いに『毒舌』みたいなものは必要ない」と考えているのではなかろうか。

 昔のドリフ番組の美術さんとかはすごくて、いかりやさんが、いちいちセットに文句をつけて「直せ、直せ」って言えば、美術が全部直してた。だけど、今俺らが「このセット直してよ」って言っても「予算がありませんよ、これでやってください」だもの。
 お笑いっていうのは、要するにムダなことっていうのがお笑いであって、2000万円かけたセットが一瞬で消えたりするところにお笑いの真髄があるわけ。2000万円のものを2000万円分見せようとしても面白くはならない。
 基本的にお笑いって「落差」だから。オチをつけて「落とす」わけだから。
 とんでもない高いものが一瞬で粉々になって、もうダメだっていう顔を撮って笑うようなもので、それを大事に拾って集めているようなお笑いっていうのはありえないんだ。

コンプライアンス」と「予算」の問題、この二つを同時に解決するには、テレビも有料にするべきだと思う。完全有料にして、タレントにきちんとお金を払って週一の番組1本で食えるようにする。ひな壇に芸人やタレントが10人も15人も座って、ゴチョゴチョ顔だけ出して、はした金もらって終わりみたいな番組が多いからうるさくてつまらない番組が多い。
 企業のスポンサーが不要になるから、「嫌なら見るな」というだけで、いろんな会社の悪口も自由に言えるようになる。「この映像には過剰な演出が含まれております」とか「あくまで個人の意見です」とか、テレビでは注意書きみたいなテロップが出るけど、俺だったら「この番組はバカな人は見ないでください。なお、自分は利口だと思って見てもわからなかったら、貴方はバカです」ぐらいのテロップを入れて、それで番組を始めたほうが面白いんだけど、これも有料テレビなら可能になるだろう。


 東浩紀さんが、『ゲンロン戦記』という本のなかで、「ネット配信の有料化によって、収益を得るのと同時に、炎上予防の効果もある」という話をされていました。


fujipon.hatenadiary.com


 たけしさんも、「有料化」に言及しておられるのは、「無料で、より多くの人に観てもらい、広告で稼ぐ」という現在の地上波テレビの収益構造に限界を感じている言論人・タレントが少なからずいるということなのでしょう。
 ネットフリックスやアマゾンプライム限定の番組も最近はかなり増えてきて、そこではむしろ「過激さ」「表現の自由度の高さ」がセールスポイントになっているのです。


 これは、たけしさん自身への「弔辞」であるのと同時に、地上波の、みんなが観て、学校や職場で共通の話題にしてきたバラエティ番組への「弔辞」なのかもしれないな、と思いながら読みました。
 志村けんさんが突然亡くなってもテレビは、お笑いは続いているのですから、たけしさんでも、いつかは「思い出」にされてしまう存在であり、たけしさん自身も、そのことは承知しているのが伝わってくるのです。だからこそ、言い残しておきたいことが、まだ少なからずあるのだろうな、ということも。


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