琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ 脱法マルチ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

2021年春。高円寺の駅前で、道行くひとに「いい居酒屋知らない?」と声をかけまくる男二人がいた。東京に異動してきたばかりの著者は、誘いに応じてついていく。そこから浮かび上がったのは、マルチまがいの手法で金を巻き上げる「事業家集団」と呼ばれる組織の存在だった。毎日新聞記者が、被害の実例や組織内部の資料から、脱法マルチの実態に迫るルポルタージュ


 安倍元総理の暗殺を契機に、統一教会の問題がふたたび国会でも採りあげられるようになりました。
 暗殺、という方法は許されるものではないけれど、容疑者にとって、あれ以上、社会を本気にさせるやり方があっただろうか、などと考えずにはいられないのです。
 
fujipon.hatenadiary.com


 統一教会にしても、この本(もとは毎日新聞の記事)で書かれている「脱法マルチ」にしても、「なんでこんなものを、こんな人たちを信じてしまうのだろう?」と、その組織の外部の人間で、もう50歳になった僕は思うのです。

 この辺でオススメのいい居酒屋知りませんか──。
 自分が住む街で、不意にこう声をかけられたら、みなさんはどうしますか?
 本書は毎日新聞の記者である私が、街中でこのように声をかけてきた30代の男性Nに応じて、連絡先を交換し、ついていってみた実体験を記しています。
 Nとの交流を通じ、違法の疑いがあるマルチまがいの勧誘を行い「事業家集団」などと呼ばれている組織の存在が浮かび上がり、実態に迫っていきました。「友達作り」を称して、近づいてきたNと過ごした約3か月のやり取りや、取材で判明した組織の勧誘方法や実態を、ルポとしてまとめました。


 新聞社に入社し、地方の支局勤務後に東京に赴任してきたものの、新型コロナウイルスの影響で、自宅でのリモートワークが続き、「同僚」と顔を合わせる機会も少なかった著者は、慣れない東京での生活に孤独を感じていたそうです。
 もちろん、この「事業家集団」に完全に心酔してしまったわけではなく、「興味深い取材対象」としての距離感を保ってはいたのですが、知り合った人たちとの交流に情が移ってしまうところはあった、と述べてもいます。

 2021年5月2日午後1時50分ごろ、東京都杉並区のJR高円寺駅前。雑踏の中、ラフな服装をした20~30代の男二人が、南口のアーケード街入り口にいた。
 懸命に周囲に目を配り、行き交う人をチェックする。まるで品定めをするかのようだ。買い物袋を抱えた若い男性が現れると、二人は目配せし、男性に親しげに話しかけた。
「近くでいい居酒屋知らない?」
 突然知らない男に声をかけられたことに一瞬、驚いた表情を見せながら、男性はイヤホンを外した。二人の話を聞き、親切に店を指さした。二人は年齢や職業、出身地など、矢継ぎ早に男性に質問を続ける。どうやら会話が弾んだようだ。
「いい店教えてもらったわ。ありがとう。今度飲みに行こう」
 別れ際、男の一人がスマートフォンを出すと、男性は快く連絡先の交換に応じた。男性が会釈をしてその場を立ち去ると、二人は男性が紹介した店には目もくれず、再び一人で歩く若者を見つけては「いい居酒屋知らない?」と声をかけ続けた。


 「こんなやり方で連絡先を教える人がいるのか?」と思ってしまいました。
 僕自身はLINEをほとんど使わないので、いまの若者たちにとっては、「気軽に連絡先を交換することに抵抗が少ないツール」なのかもしれませんが。
 そもそも、こんなの『食べログ』で探せよ!と。
 ただ、こうしてスマートフォンが普及し、なんでもインターネットで検索できる時代になっても、いや、なったからこそ、人との直接的な接触に価値を感じてしまう面もありそうです。
 わからないことを何でも質問してくる人に対する「ググレカス(そんなのGoogleで検索しろよ!)」というネットスラングはよく知られているのですが、僕は面と向かって「そんなの人に聞かずに自分で検索しろよ!」と他者に言ったことも言われたこともありません。
 ネットの画面の向こうの人に、匿名でキツイ言葉を投げることはできても、目の前の人に同じことをするのはなかなか難しい。人は、案外親切にできているのです。
 入学直後で、友達もいない学生が、大学の優しそうな(あるいは可愛い)先輩に「カレーパーティに来ませんか?」と誘われたら、なかなか断りづらい(そして、それをきっかけに「統一教会」などに誘われてしまう)のも、僕自身の大学入学当初の心境を思い出すと、わかるんですよね。

 Nからは週に2、3回連絡があった。飲み会、フットサル、バーベキュー……毎週、何かしらのイベントに誘われた。参加したイベントで出会った人たちにそれとなく聞いてみると、「若者」である以外に、職業、出身地、学歴などの共通点はなかった。
「どうして、こんなにたくさんの人を集められるのか」とNに尋ねた。Nは一瞬考えたあと、「俺は顔が広いから」「東京なんてこんなもん。これまでに関係ない人とも、すぐに横のつながりができる」と誇らしげに話した。


 そして、一度「つながり」ができると、彼らは、飲み会やフットサルなどに誘ってきて、まずは「仲間意識」を植え付けてくるのです。
 まずは「友達」になってから、いまの仕事への不安を煽ったり、もっとお金を稼いでいい生活をしたいよね、そのために頼れる人と紹介するよ、と持ち掛けてきたり。
 読んでいると、「いかにも怪しい」し、なんでこんな手口に引っかかるのだろう、と思わずにはいられないのですが、先に「仲間意識」を植え付けられ、セミナーなどで洗脳されてしまうと、抜け出すのは難しいようです。
 週に2、3回、なんらかのイベントに誘ってくる、なんてマメだよなあ。そのくらいの付き合いになると、「彼らと絶縁したら、自分はまたひとりになってしまう」という不安も生まれてくるはずです。


 著者は現在30代の元構成員の話を「被害の実例」として紹介しています。

 男性は勤めていた会社を辞めた。仕事の時間や休みを自分で決められるよう、フリーランスとして働くこととし、JR山手線の駅からほど近いシェアハウスに引っ越した。セミナーで何度も、職場と自宅が近い「職住近接」がいいと聞いていたため、迷いはなかった。
 記者は「このとき、引き返すことができたのではないか」と聞いてみた。「シェアハウスに入ることで、師匠の近くに住め、仲間から刺激をうもらうことができると思った。「友達作り」の結果が芳しくなく、そのほうがいいと思った」と男性は振り返った。
 シェアハウスに入ってから約三か月後、師匠から突然、店に呼び出された。
 ある会社の美容用品を毎月15万円分、購入するよう求められた。師匠は自己投資と説明し「月収100万円を目指すなら、10~20パーセント分の投資が必要」「経営者になれば、数千万~億の投資を即決しなければいけない」と現金での購入を迫った。
 名前を聞いたこともない商品だったが、師匠は成分や効果について力説し、褒めちぎった。仲間も男性を囲み、師匠の言葉にひたすら相づちを打った。さすがに悩んだが、師匠を裏切れなかった。
 毎月下旬、現金15万円と引き換えに、美容用品を受け取った。師匠の店舗に受け取りにいく形式で、スーツケースを使って運ぶ仲間もいた。毎月、商品を購入したものの使い道はなく、段ボール箱がどんどん積み上がっていった。


 こんなのおかしい、なんで必要もないものを毎月15万円分も買わなくてはならないのか。
 そう思いますよね。
 しかしながら、こうして「商品を介在させる」ことが、マルチ商法を「違法ではない(あるいは、合法と違法のグレーゾーンに置いている)」のです。
 構成員たちは、強要されているわけではなく、自分の意思で商品を購入しているだけ、という建前なのです。


 こんなのは法で規制すべきだ、と僕も思うのだけれど、著者は、マルチ商法が「違法ではない」一方で、「特定商取引に関する法律特商法)で厳しい制約がある(ルールを守らなければ違法となる)」ことも紹介しています。
 こういうのはすべて違法にしてしまえばいいのに、と思うのだけれど、法で「これが違法なマルチ商法」という範囲を厳密に規定してしまったら、かえってその網の目をくぐるような新しいマルチ商法が生まれてくるだけではないか、ということで、マルチ商法を禁止するのではなく、勧誘が不公正なものを規制したという経緯もあるのです。

 この本で紹介されている「いい居酒屋知らない?」から始まる脱法マルチも、「師匠」「組織」の側には「自分たちは何も強要してはおらず、本人の意思で決めたこと」だと言い逃れできる仕組みになっています。


 20代の男性の元構成員は、取材にこんなふうに答えています。

 なぜ組織への依存から抜け出せなかったのか。男性は「自分のすべてを肯定してくれる場所が組織だった」と声を落とした。
 組織と出会ったとき、男性は社会人二年目だった。新卒で入社した職場では、話がかみ合わない同僚が多く、仕事に自分の意見も反映されなかった。職場を仕切る「お局」もいて、挨拶も無視された。休憩時間や飲み会では仕事の愚痴を聞かされ、フラストレーションがたまる毎日だった。
 反面、組織の人間は違った。何を話しても馬鹿にせず、真剣に聞いてくれた。全員がうなずき、自分の存在を肯定してくれた。職場は「お堅い人間」が多かったが、組織の人間は夢や目標を全員が掲げ、いつもプラス思考で明るかった。
「かなり早い段階で洗脳され、とにかく人に会いまくって連絡先を交換しまくった。師匠から「やれ」と言われたことはそのまま実践した」
 男性はそう振り返る。月15万円を捻出するためには、給料だけでは到底足りない。あらゆる小銭稼ぎにも手を出した。しかし、そんなうまくは転ばない。負債はたまっていく一方だった。判断能力を完全に失っていた。
 組織の活動に熱中し、生活資金が尽きたときがあった。預貯金も一切なくなり、月15万円の自己投資が達成できなかった。そのときはグループ内で村八分のような扱いを受けた。師匠からは冷たくあしらわれ、セミナーへの参加も許されなかった。
 男性は「居心地がよく、ここだけが自分の居場所だと信じていた。居場所を失うわけにはいかないと、とにかく15万円を捻出することだけを考え、軽い鬱状態にもなった」と当時を振り返る。


 なんでこんなのに騙されるんだ、と思うのだけれど、僕自身も、誘われるタイミングによっては、「仲間」になっていた可能性はあるのです。いまは、そんな時期のことは忘れてしまっているだけで。
 
 こういう記事を読んで「こんなのに引っかかるなんて、バカだろ」と思っている人も、SNSでの「(真偽不明な)極端な成功体験や自己肯定感の押し売り」や、有名人のオンラインサロンには無防備なことが多いのではなかろうか。


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