琥珀色の戯言

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【読書感想】誰もボクを見ていない: なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります(が、今のところ単行本のKindle版なので、価格は高めです)。

内容(「BOOK」データベースより)
2014年、埼玉県川口市で当時17歳の少年が祖父母を殺害し、金品を奪った凄惨な事件。少年はなぜ犯行に及んだのか?誰にも止めることはできなかったのか?事件を丹念に取材した記者がたどり着いた“真実”。少年犯罪の本質に深く切り込んだ渾身のノンフィクション。


 この事件、僕も記憶にあります。
 犯人の17歳の少年とその母親についてのさまざまな報道をみて、「なんなんだこの母親は……」と唖然としました。
 自分の実の父母を、実の息子に殺させるなんて……

 2014年3月29日、埼玉県川口市のアパートの一室で背中を刃物で刺された70代の老夫婦の遺体が発見された。1か月後、警察は窃盗容疑で孫の少年(当時17歳)を逮捕(後に強盗殺人容疑などで再逮捕)した。殺害の動機については「金目当てだった」との供述が報じられた。
 筆者は事件発覚直後の2014年4月に毎日新聞さいたま支局に赴任し、少年が逮捕された時には行政取材を担当していた。そのため、発生直後に事件を取材してはいなかった。警察担当の同僚が取材していた事件に関する記事を読み、痛ましい事件が少年犯罪だったことに驚きはあった。しかし、孫が祖父母を殺害するという事件は、特別珍しいという印象はなかった。素行の悪い不良少年が遊ぶ金ほしさに祖父母を殺してしまったのか……。正直に言えば、その程度のステレオタイプ的な印象しか持っていなかった。少年の逮捕をピークに報道が減り世間の関心が薄れていくのと同時に、日々の仕事に追われて筆者の中でも事件は頭の片隅に追いやられていった。
 しかし、この事件はその後、発生時以上の注目を集めることになった。筆者はその年の秋に行政担当から警察・裁判担当に配置換えになり、同年12月にあった少年の裁判員裁判をすべて傍聴した。法廷で明らかになった少年の生い立ちは常軌を逸した過酷なものであり、中でも驚愕した事実は少年が小学5年から義務教育を受けていなかったにもかかわらず、行政機関も周囲の大人も少年を救い出すことがないまま事件に追い込まれていったことだった。さらに少年は住民票を残したまま転居を繰り返し、行政が居場所を把握できない「居所不明児童」だったのだ。
 少年は小学5年から中学2年まで、母親と義父に連れられ学校にも通わせてもらえないまま、ラブホテルを転々としたり野宿をしたりして生活していた。さらに、少年は両親から度重なる虐待を受け、「生活費が足りないのはお前のせいだ」と責め立てられて親戚への金の無心を繰り返しさせられていたという。事件当日も、母親から必ず金を得てくるようにきつく命じられ、祖父母宅に一人で向かわされ、借金を断られて事件を起こした。


 この本で、事件の背景や、それまでの17歳の少年の母親、妹、そして母親の夫との生活を読み、僕はひたすら怒っていたのです。なんなんだこれは……この少年も、殺すなら、この母親のほうだろ……(不躾な発言だということは重々承知していますが、読んでみていただければ、そう思う人間がいることも理解していただけるはずです)

 モーテルで暮らした期間中、亮の日雇い仕事が常にあったわけではなく、次第に仕事もなくなり金が尽きるようになっていった。亮が稼げなくなると、生活費を調達するのは優希(事件を起こした17歳の少年)の役割だった。
 幸子(優希の母親)が考えたのは、優希に小遣いを振り込んでくれていたおばさんに嘘をついて金を振り込んでもらうことだった。
 金を頼む時には、幸子と亮がもっともらしい嘘を考え、優希がメールなどをおばさんに送った。中学で野球部に入ったという作り話を核に、ユニフォーム代、グラブの修理代、練習中にチームメイトにけがをさせた治療代、合宿代などありとあらゆる嘘をついた。次第に幸子が優希になりすましてメールすることが増えた。幸子は優希を連れておばさんの家の近くまで行き、優希に訪ねさせもした。それでも金が手に入らなければ、幸子の両親で後に事件で殺害された祖父母の家、幸子の姉の家、他の親戚の家などを次々にまわり、優希にインターホンを押させて金を無心させた。自分たちは、近くの路上などで優希が金を持って戻ってくるのを待っていた。
 一審のさいたま地裁公判で証人として出廷したおばさんの証言によると、この時期を中心とした約4年の間に小遣い以外に振り込んだ総額は400~500万円に達し、送金回数は300回以上に上った。断っても断ってもメールが来たため、優希に金を渡すために借金までしていた。この常軌を逸した執拗な”取り立て”は、優希を使ってこれをさせた幸子の性格特性を象徴的に表しているのではないだろうか。おばさんが優希を孫のようにかわいがり心配する気持ちにとことんつけ込み、金が取れると判断したところからは徹底的に搾り取っていたようだ。

 祐介(優希の実父)は幸子と、優希が聖人するまでは養育費を支払う取り決めをしていた。川崎駅で別れてからも、祐介は月4万円の養育費の振り込みを続けていた。
 ある日、幸子から祐介に「養育費が早めにほしい」と連絡があり、しばらくすると手紙が届いて「月4万円の生活費を3か月分いただいたら、今後は一切養育費をもらわない。迷惑もかけない」と書いてあった。祐介が12万円をまとめて振り込むと、幸子からその後の連絡は一切こなくなった。
 目の前のホテル代やゲーム代、パチンコ代を工面するため、その後も数年にわたって毎月受け取れるはずだった養育費を放棄してしまったのだ。合理的に考えればするはずのない選択をしているところに、目の前の刹那的な快楽を最優先してしまう様子がうかがえる。


 最初は、この母親のあまりのクズっぷりに、「なんて親だ!」と憤っていたのです。 
 この母子に対して、世間は冷たかったかというと、そんなことはないんですよ。
 殺害された優希の祖父母をはじめ、親戚や優希の職場の人々、福祉の担当者など、さまざまな人たちが、救いの手を差し伸べています。優希は「ごくふつうの、常識がある子ども」だと多くの人が証言しているのです。
 ドラマや小説では、「人の温かさに触れ、人生をやり直す」登場人物が多いのだけれど、少なくとも、幸子はそうではなかった。
 自分たちに優しくしてくれる人たちからは、その「善意」を利用してとことん金を搾り取り、刹那的な快楽にそれを使い続けたのです。別れた夫との慰謝料の話など、足し算、掛け算ができる人間がやることだとは思えない。
 福祉の手が差し伸べられても、パチンコやゲームセンターで浪費していることをたしなめられると、「自由がない」と逆切れして失踪……
 自分では働かずに子どもを金の無心に行かせ、すでに生活は破綻しているにもかかわらず、「子どもが欲しい」と優希の妹を出産したものの、世話は優希に丸投げしています。
 「どんな酷い人間にでも、生存権があるし、行政は最低限のサポートをすべきだ」と僕は思ってのですが、幸子に関しては、ここまで自分のことしか考えられない人間をサポートしようとするのは、ザルに水を汲もうとするようなものではないのか、と考えずにはいられませんでした。
 
 ちなみに、祖父母殺害について、幸子は「自分は優希にそんなことは指示していない」と主張しています(判決では『殺してでも借りてこい』と普段から母親は言っており、この事件前にもそう言っていたことは否定できない」とされています)。これまで、優希の心を支配し、言いなりになるようにしておきながら、自分に罪が及ぼうとすると、「自分の責任ではない」という態度を貫いているのです。
 この裁判で、祖父母の家で、殺害をためらったという優希の証言に対して、「ためらう気持ちがあったのだから、完全にマインドコントロールされていたとは言い難く、責任能力があった」という判断がなされていることにも、僕は絶望せずにはいられませんでした。

 ここまで「善性」が失われてしまった人間でも、優希にとっては「母親」であり、「自分がなんとかしないと」と、虐待されたり、いいように使われたりしながらも、責任を感じていたのです。
 ただ、こういう人生を送ってきた優希が「母親のせいで人格が壊れてしまった」からといって、人をふたりも殺していいわけがない。
 幸子のあまりにも不合理な行動の数々は、僕には「異常」であり、「この人も病んでいる」のではないか、と感じました。
 とはいえ、こういう人を「治療」して、真面目に生きられるようにすることが可能なのか、可能だとしても、それを本人が望まない場合、強制的に「治療」を受けさせることができるのか。
 結局のところ、自分自身の人生を守るためには、こういう人と関わらないようにするしかないのかもしれません。彼らを救うためのコストはあまりにも高く、それによって自分が得られるかもしれないメリットは、あまりにも少ない。

 それでも、優希をなんとかしてあげたい、という大人たちが、この世界には少なからずいることも、著者は紹介しているのです。

 この事件の関係者への取材を始める前、優希が事件に至る前に大人や社会から救いの手が差し伸べられなかった理由を、もっと単純なものだと想像していた。分かりやすい「悪」があるのだと思っていたのだ。例えば児童相談所の対応の不手際、あるいは周囲の人の冷たく無関心な態度、などだ。しかし、実際に取材をしてみると、そんなに単純な構図ではなかった。
 児童相談所については、一家が横浜で保護された時に両親が一時保護を拒否したとはいえ、優希を学校に通わせておらず一家で野宿生活をしていた実態があったにもかかわらず、強制的な一時保護に踏み切らなかったことには疑問が残る。一方で、区役所の保護担当と児相は、一家に生活保護を受給させて住まいを提供し、優希の学籍復活と結衣の就籍、家庭訪問など、断続的な支援を行っていた。
 公的機関以外に優希と関わった人たちはどうか。例えば、一家が2年間暮らしていたモーテルの従業員や横浜の簡易宿泊所の従業員などは、優希の不遇を気にかけ、「かわいそうだった」と鮮明に記憶していた。無関心どころか、優希が学校に通っていないことや子どもなのに結衣の世話をさせられていることに同情し「何かしてあげたかった」とさえ証言している。
 これらの人々について、取材した当時は彼らが「無関心」ではなかったことに驚き、そこに「善意」が存在していたことに少しほっとしたところがあった。当時筆者は、これらの取材結果について、優希への手紙の中でまるでそのことが「救い」ででもあるかのように「多くの人があなたのことを気にかけ、鮮明に記憶していましたよ」と伝えた。優希からの返信には、「自分は影が薄く、みんな覚えていないだろうと思っていたので驚きました」と書いてあった。
 冷や水を浴びせられたような気がした。つまり、どんなに多くの人が優希を気にかけ「かわいそう」と思っていたとしても、優希には周囲がそう思っていることは一切伝わってはおらず、実際に優希がそのことによって救われることはなかったのだ。優希の側から見れば、周囲の人は自分に無関心であり、面倒な思いまでして自分を助けてくれる存在とは考えられなかったのだろう。


 結局のところ、自分を本当に助けてくれる人を見つけ出すのにも、そういう知識や経験が必要なんですよね。
 人を助けるのも、助けられるのも難しい。
 
 この17歳の少年がかわいそう、というよりも、「この母親のような人を、どうすれば良いのだろうか?そもそも、他者が何かを強制できるようなことなのだろうか?」などと考えてしまう本でした。自分は、あまりにも無力だ。

 ただ、こういう現実があることは知っておいたほうが良い気がするのです。
 今は「どうすればいいかわからない」としても。


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