琥珀色の戯言

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【読書感想】薬物売人 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

田代まさし氏への覚醒剤譲渡で二〇一〇年に逮捕され、懲役三年の実刑判決を受けた著者は、六本木のバーを拠点にあらゆる違法薬物を売り捌いていた。客は、金のある日本人。会社員もたくさんいた。マリファナの客は、癒しを求めて、コカインの客は、創造性のために、週末だけシャブをキメる客も多かった。しかし、楽しむための薬物は、いつしか生きるために欠かせなくなり、人生を破滅させる。自らも依存症だった元売人が明かす、取引が始まるきっかけ、受け渡し法、人間の壊れ方――。逮捕から更生までを赤裸々に描く。


 「田代まさし覚せい剤を売った男」による、薬物の魅力と薬物に魅入られた人々の人生模様。

 2010年10月10日、俺は逮捕された。
 大阪の阪急豊中駅近くのビルに入ろうとしたところを六、七名の刑事に囲まれ、身柄を確保された。ビルには、俺が始めようとしていたダンススタジオが入っていて、まずその中をガサ入れするための令状を目の前にかざされ、何で我々がここに来たか分かるか? と質問された。
 だいたい予想はついていた。なぜなら田代が一ヶ月ほど前にパクられたからだ。
 そう、俺はあの田代まさしにシャブ(覚醒剤の隠語)、コカイン、大麻を売り捌いた売人だ。


 ……こういう本って、薬物依存の苦しさとか、薬物にハマってしまったことへの後悔、自分が今までしてきたことへの反省の念などがひたすら書かれていることが多いのです。
 「昔の自分はダメだったけれど、頑張ってこんなに更生してまともな人間になりました!」っていう。

 ところが、この本を読んでいると、著者は飄々と自分の薬物に対する感覚や売人としての生活ぶりを語っているように思えるのです。
 そして、世の中には、大麻覚せい剤と「うまく付き合えてしまっている人」が少なからずいるのではないか、と想像してしまうのです。

 俺の場合、二、三日遊ぶと一週間ぐらいは(覚醒剤を)抜き、そしてまた湧いてくるとシャブを手に入れる。だいたい二、三日楽しむ分の量しか手にしないようにしている。ただし持っていると我慢ができず、二日抜いたらまた入れる。立て続けに入れると、そのうち起き抜けに一発入れないと何もできなくなってくる。そうなると終わりだ。シャブがなければ日常の生活ができなくなる。生きるためにシャブを食い、シャブのために生きていく。俺は、よく分かっていた。地元の先輩の中にはそんな人がいて、シャブで刑務所を出たり入ったりした挙句、シャブを手に入れることさえもできなくなり、医者から与えられた向精神薬の中毒になって廃人のようになっていった。周りから聞く話では、母親に手を引かれて歩いていたという。そんな風にはなりたくない。
 だいたいいつもメモリ2か3ぐらいを目安にして入れる。一度入れると眠れなくなるし、食欲もあまり湧かない。例えば夕方に一発入れると、そのまま朝までギンギンに過ごすことができる。そこで飯を食い、ビールを飲み、ハッパなんか吸うと、気持ち良く眠ることもできそうだが、持っているとそうもいかず、朝方にまた入れて遊び回る。三時のおやつの時間にまた入れて、そしてそのまま夜に突入する。うずうずしてくるとまた入れる。だいたい六時間~八時間経てば入れていく。こんな感じで二、三日過ごすのだ。途中で仮眠を一、二時間もとれば充分だ。二、三日遊ぶと爆睡するだけだ。


 著者は、「覚醒剤を売ることや持つことは犯罪である」ことは知っていますし、捕まらないようにさまざまな気配りをしているのですが、基本的に「覚醒剤などの違法薬物を使うのは悪いことだ」とは思っていないように感じます。
 「悪いことだとされているので、見つからないようにやっているだけ」、あるいは「悪いとされていることだからこそ、面白い」という感覚なのではなかろうか。
 著者自身は、薬物に慣れているというか、使用料や使い方もコントロールできていて、「週末に羽目を外すために使い、平日は仕事を頑張る」ことができているのだけれど、世の中には覚醒剤と上手く付き合っていける人ばかりではないのです。
 でも、薬物を他人に売ることへの罪悪感、みたいなものは、売人には無いのだなあ、と、これを読んでいて感じました。

 著者は、「反社」的ではありますが(いわゆる「半グレ」みたいな感じです)、薬を売る相手も仕入れる相手も吟味しているし、いざというときに頼れる「仲間」もたくさんいるのです。刑務所から出たあとは、南の島でけっこう幸せに暮らしているみたいですし。 
 「コミュ力の怪物」のようにもみえるんですよ、僕にとっては。


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 薬物にハマってしまった側の清原和博さんの苦しみを告白した本を読んだことがあるので、売る側と依存して破滅している側の落差を痛感してしまうのです。

 その一方で、ある種の「反社会的な思考回路」を持つ人というのは世の中に少なからず存在しているし、そういう人たちに「反省しろ!」といくら説教しても、馬耳東風なんだろうな、ということも伝わってきます。


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堀江貴文さんが収監中のことを書いた『刑務所わず。』という本のなかに、こんな話がでてきます。

 なかでも、最も反省の色がうかがえなかったのが中部地方出身の「魚河岸くん」。私と同じ工場の衛生係で、ちびで小太り、調子のいい子分タイプの若造だ。子供の頃から悪さをしてきて、その様子は聞いているだけでもドン引きレベル。


(中略)


 が、彼が捕まったのは窃盗や車上荒らしではない。「強制わいせつ」なのである。美容師を目指して関西に出た彼は、川沿いの人里離れた場所にワゴンを停車、通りかかった女性を拉致し強姦していたらしい。地元に返ってもその癖は抜けず、真っ暗なロードサイドを自転車で走っている女子高生を見つけては、自転車ごと田んぼに蹴飛ばし脅して強姦したという……。テレビドラマかケータイ小説でしか聞いたことがないような、ちょっと想像を絶する話に、私の口から出た言葉は「よく、萎えずに勃つよね……。俺は無理だ」のみ、
 そんな鬼畜な彼は、対人スキルが低いどころか、むしろ高め。シャバにいた頃は魚市場に勤務し、奥さんと子供までいる。悪事を働かなくても、十分に楽しい生活を送れるだけの能力があると感じた。となれば、気になるのは「なんで、リスクを犯してまで犯罪を犯すのか?」ということ。一度、
「対人能力のスキルがあって営業力もあるから、悪事を働かなくても生きていけるはずなのに何でそんなことするの?」と尋ねたことがあった。彼の答えはこうだ。
「たしかにそうなんですけど、仕事も2〜3時間で終わるんで暇があって、その間にソーシャルゲームやったりとか車上荒らしとか強姦したり……。やっぱり、病気ですね」
 つまり、趣味のレベルで車上荒らしや強姦をしていたのである。それを聞いた瞬間、開いた口が塞がらずポカーンとなったのは言うまでもない。


 この「魚河岸くん」みたいな人も、世の中にはいるのです。
 彼らが、近づくものをみんな破壊するような狂犬なのかというとそうでもなくて、日頃は穏やかに過ごしていたり、「仲間」は大切にしていて、みんなに慕われたりしているのです。
 世間的には「真面目で悪いことなんてしないのだけれど、対人関係が苦手で社交性に乏しい人」のほうが、よっぽど白眼視されているし、本人も生きづらいと感じているように思います。


 ただの「反省文」ではなくて、そういう「善悪や道徳の規準が異なる人々」の「本心」をけっこう誠実に描写している、という点で、この本はものすごく興味深いし、読んでいて居心地が悪くもなるのです。
 自分が信じてきた「常識」とか「正しさ」は、万人に通じるものではない。
 考えてみれば、当たり前のことではあるんですけどね……


 実刑判決が出て、刑務所に入っても、そこで「反省の日々を過ごす」というよりは、いかにして模範囚として割の良い仕事を割り当てられ、短期間で出所するか、を考え、それを忠実に実行できる人なんですよ、著者は。


 そんな著者でも、シャブ(覚醒剤)に関しては、完璧に自制できているわけではないのです。

 シャブ中は皆、同じことを繰り返す。一時の快楽を求めて彷徨い続ける。止まることのない欲望は、いつどこでスイッチが入るか分からない。そのスイッチの操作はコントロール不能だ。酒を飲んで酔っ払ってくるとスイッチが入る者、パチンコに行くとスイッチが入る者、女と遊ぶ時にスイッチが入る者、趣味に没頭する時にスイッチが入る者、ストレスが溜まってスイッチが入る者、仕事をする時にスイッチが入る者、寂しくてスイッチが入る者、言いだすと切りがない。それらは日常生活の中に普通にゴロゴロと転がっていて、避けて通ることは不可能に近い。だったらどうすればシャブを断ち切ることができるのだろうか。それが分からずに、シャブ中たちは何度も再犯を繰り返していく。
 俺はどうなのか。立て続けにずっとシャブを食うことはなかったが、振り返ると、これまでの二年ぐらいは付かず離れずで、ずっとシャブと共に過ごして来た。もうやめたと自分の中で決めても、またどこかで手に入れてやってしまう。気がつけばシャブを追いかけ回し、駆けずり回っていることもあった。俺の場合は酒を飲んで酔っ払ってくるとスイッチが入り、シャブの話題になるとソワソワしだして、シャブを手に入れることしか考えられなくなる。すぐ手に入る環境にいれば100%やってしまう。もし相手に連絡がつかなかったり、入手できなかったりすると、他をあたって追いかけ回すことになる。手に入るまでのサバイバルゲームが始まるのだ。


 一度「シャブ」を知ってしまうと、日常生活のさまざまなトリガーがシャブに結びついてしまうのです。
 シャブに支配されないためには、シャブを体験しないで生きていくしかないのかもしれません。
 自分なりのストレス解消法をみんな持っていると思うのですが、興味本位で薬物に手を出してしまうと、取り返しのつかないことになります。
 精神力で我慢する、なんてことができるようなものじゃないんですよね、これは。
 清原さんや田代さんも、日々きついだろうな、と、考えてしまいました。「(違法で依存性が強いけれど)最高のストレス解消法」を失ってしまったわけですから。


 正直、こういう本を読むと「自分も著者のように『うまく付き合える』のではないか」と誤解してしまう人が出てくるのではないか、と思うところもあるのですが、「反省してまーす」ってフリをいているのが透けてみえるよりは、ずっと誠実な告白だな、と思います。

 
 でも、著者を真似しちゃダメだよ、本当に。薬物の魅力も書かれているので、「トリガー」になりうる本でもあるから。
(それをあえて紹介する僕もおかしいですよね……)


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