琥珀色の戯言

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【読書感想】ふしぎな県境 - 歩ける、またげる、愉しめる ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
地図を詳しく見ていくと、日本各地に複雑怪奇な県境が存在する。ショッピングセンターの売り場を分断している、一つの村が丸ごと他県に囲まれている、盲腸県境が幅1メートル×長さ8キロにわたって細長く続く、実際の県境からだいぶ離れたところに「県境」バス停がある…。こんな県境が、なぜ生まれたのか?実際に行ってみると何があるのか?地元の人は不便ではないのか?県境マニアが全国13ヵ所の県境を検証。


 世の中には、多くの人が「なぜそれに?」と思うようなものに興味を持ったり、愛着を感じたりする人がいるのです。それも、少なからず。

 たとえば、県境マニア(そういうマニアがいるんです)が「三県境」と読んでいるポイントがある。その名のとおり三つの県が境目を接する場所のことで、日本全国に48か所あるといわれている(本書では都府県境も含め、県境と総称する)。
 三県境は、そのほとんどが水上や山の上にあるため、実際に行くことはもちろん、近づいて見るといったことも難しい。
 しかし、そんな三県境のなかでも、渡良瀬遊水池そばにある群馬、埼玉、栃木の三県境は、日本で唯一、鉄道駅から歩いて数分で行くことができるため「歩いて気軽に行ける三県境」として県境マニアの聖地になっている。
 群馬、埼玉、栃木の端っこが接する場所は、なんの変哲もないただの田んぼのあぜ道でしかないが、あぜ道をまたいで歩けば、たったの二歩で埼玉、栃木、群馬をわたり歩くことができる不思議な場所だ。
 ところが、県境マニアはそこで満足し「珍しい場所にきたな」では終わらない。
 なぜこんなヘンテコな境目が引かれるようになったのか? に思いをめぐらす。
 群馬、埼玉、栃木の三県境について言えば、そこはもともと川の上であった。しかし、あの有名な足尾銅山鉱毒事件で発生した鉱毒対策で設けられた渡良瀬遊水池が造成されるさい、もともと県境が引かれていた河川の流路が変わったため、田んぼの中に突然三県境が出現した。つまり県境が昔の河川の痕跡として存在していているのである。
 県境は一見、空間と空間を分け隔てているだけのように見えるが、なぜそこに県境が引かれるようになったのかを考えると、たちまち時間を背負った存在にもなり、深い意味が出てくる。
 県境マニアは、県の境界線の、この線からそれぞれの県の広大な県土が始まっていること、そしてその境界線の歴史、そこに関わる人々の営みに思いをはせ、ただの一筋の境界線を地理や歴史をも含めた、立体的な魅力を持った「境目」として見ている。

 「県境」と言っても、ふだんの生活で意識することがあるとすれば、車で移動していて、「○○県に、入りました」というカーナビのメッセージを聞いたときくらいなんですよね。場所によっては、一度県境をこえたあとに、元の県に一度戻ってくることもあって、ちょっと面白いな、と思うこともあります。
 この本のなかにも、県境が複雑に入り組んでいる道でカーナビはどれだけあわただしくアナウンスをするのか、を試す企画が出てきます。
 あとは、九州人的には、佐賀県から福岡県に入ると、急に道路が立派になったり、トンネル内が明るくなったりして、「やっぱり県の経済格差ってあるのだなあ」と思い知らされます。
 県境にしても国境にしても、基本的には人間が線引きしているものではあるのですが、その「あちら側とこちら側」で世界が変わってしまうこともあるのです。
 国境なんて、その線を超えてしまっただけで、命の危険にさらされることもあるわけですし。

 もちろん、日本の県境をこえたからといって、逮捕されたり撃たれたり、ということはないのですが、「境界の近く」で生活している人たちにとっては、いろんな面倒事があるみたいです。


 京都府木津川市奈良県奈良市の境界線上に建てられており、建物のちょうど真ん中あたりが県境になっているという「イオンモール高の原」の話。
 この店内には県境を示す線がタイルで引かれているそうです。

 ところで、県境の上にあるショップで、もしなんらかの犯罪があった場合、駆けつけるのは奈良県警なのか京都府警なのか、気になるところだ。県境上にあるショップの店員さんに聞いてみた。


ぼく「すみません、このラインが県境だってのはご存じでしたか?」

店員さん「あ、はい、こっちが奈良県でこっちが京都府ですね」

ぼく「あの、たとえばなんですが、もし万引きなんかが起きたら奈良県警京都府警、どちらの警官が駆けつけるんでしょうか?」

店員さん「んー、どうなんやろなぁ……ショッピングモールの住所は京都府になってるから、木津署に連絡するんやないですかね?」

ぼく「もし万引き犯が奈良県側にダーッと走っていったら、駅前の奈良県警の交番は見て見ぬふりしますかね?」

店員さん「いやーそれはないでしょう(笑)さすがに目の前犯人走ってたら捕まえると思いますよー」

ぼく「ですよねー(笑)」


 警官が犯罪者をみすみす見逃すわけがない。愚問だった。県境の興奮でどうかしていたのだ。県境は心を惑わせる。ぼくにとって県境は煩悩かもしれない。


 著者は現地の人に話を聞いたあと、実際はどういう規定になっているのかを紹介しています。

 この「イオンモール高の原」は、建物の8割が京都に属しているため、ショッピングモールとしての住所は「京都府木津川市相楽台一丁目1番1号」となっており、代表の電話番号も市外局番が0744で京都府木津川市のものとなっている。
 法人税や固定資産税などの税金は、敷地面積に応じて、京都府側の自治体、奈良県側の自治体で按分しているが、地方消費税は、入り口が京都側にあったので、全額京都府の販売ということになっていたところ、奈良県側が抗議して、やはりこれも面積による按分ということになった。
 警察は、2007年(平成19年)の京都府警察本部長の通達によると、ショッピングモール内で発生した事案は、認知したほうが応急措置を講じたのち、犯行現場を所轄する警察へ引き継ぐという協定を京都府警と奈良県警で結んでいる。
 ちなみに、店内や駐車場などに引かれた県境を示す線は、もともと京都府警、奈良県警が事件事故の発生場所をわかりやすくするために引くよう申し入れたものという。
 税金や警察などは京都府奈良県が協力しているものの、上下水道の契約先、ごみ処理の方法などは各テナントごとに違っているらしく、ゴミ捨て場も奈良県京都府それぞれ二か所あるらしい。


 県境をまたいでショッピングモールをつくると、こんなめんどくさいことになるんですね。
 これぞお役所仕事だよなあ、どっちかひとつにしてしまえば、現場も手間が減るはずなのに。
 そう思う一方で、日本に「県」という単位が存在するかぎり、「県境」というのはどこかにできてしまうわけで、かえって手間がかかるように感じても、きっちり「線引き」しておかないと、「境界付近での面倒事の押しつけ合い」になりかねないのも事実なのです。
 融通が利かないと思うけれど、これも致し方ないことなのかもしれません。

「変わった形の県境クエスト」みたいなゲームがあるとすれば、ラスボス級の県境は「福島県の盲腸県境」で間違いない。
 福島県山形県新潟県の三県境のあたりを縮尺の大きい地図で見ていただきたい。
 福島県が、新潟県山形県の間に細長く続いているのが見えると思う。三国小屋のあたりから飯豊山(2105.1メートル)の山頂を経て御西小屋までが福島県の領域だ。
 こういった細長い県境をぼくは勝手に「盲腸県境」と呼んでいる。このような盲腸県境は全国にいくつかあるけれど、これだけの規模のものはちょっと珍しい。
 そういった意味でも、県境マニアならば一度は行ってみたい、あこがれの県境のひとつである。
 しかし、山頂である。それもちょっとやそっとで登れるような山ではない。ガッツリした登山をしなければたどり着けない場所にある県境だ。


 地図でみると、「なんでこんな細長い部分だけ福島県が突き出ているんだろう?」と疑問になるし、かえって不便じゃないか、という気がするのです。
 しかしながら、こういう県境になった経緯を知ると、それなりの理由があるのです。
 地形の変化や地元の人々の生活や昔の藩の名残りなど、その理由はさまざまなのですが。

 僕自身は「実際に行ってみよう」とまでは思わないけれど、「人はなぜ『境界』にこだわるのか?」みたいなことを考えずにはいられなくなりました。
 「境界線なんて、なくしてしまえばいいのに」って思うことは多いけれど、実務的には、無いとけっこう困ることが多いのですよね。


奇妙な県境 62の不思議 (じっぴコンパクト文庫)

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日本地図のおもしろい読み方 (扶桑社文庫)

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