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【読書感想】岩盤規制 ~誰が成長を阻むのか~ ☆☆☆☆

岩盤規制 ~誰が成長を阻むのか~ (新潮新書)

岩盤規制 ~誰が成長を阻むのか~ (新潮新書)


Kindle版もあります。

岩盤規制―誰が成長を阻むのか―(新潮新書)

岩盤規制―誰が成長を阻むのか―(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
数十年の長きにわたって、この国をがんじがらめにしてきた岩盤規制。一九八〇年代の土光臨調以来、昨今の獣医学部新設問題まで、それを打ち砕く試みは繰り返されてきたが、道はまだ半ばだ。なぜ岩盤規制は生まれ、どのように維持され、今後の日本経済の浮沈にどうかかわるのか。そして、官僚とマスコミはこの旧弊をどう支えたのか。現場の暗闘を知るトップブレーンが、改革の現状と未来をわかりやすく指し示す。


 「岩盤規制」というのは、特定の業界内の利権を守るために、省庁(役所)や業界団体などが改革にそろって強く反対し、緩和や撤廃が容易にできない規制のことなのです。
 利用者、消費者にとってはメリットが大きい改革が認められなかったり、業界全体の成長のための競争が阻害されたりするので、社会全体にとっては大きな問題になりがちなのですが、当事者たちが頑なに抵抗するために、なかなか変化がもたらされないのです。

「官僚主導」の弊害は、今も日本経済の発展を阻む桎梏となっている。
 規制改革を巡る役所の議論では、ときどき、びっくりするほど馬鹿馬鹿しい屁理屈がでてくる。
 例えば、医薬品のインターネット販売は長く禁止されてきた。2014年に一部解禁されたが、今も多くの品目や処方薬では禁止されたままだ。
 本も衣類も雑貨も食品も、多くのものはインターネットで買えるようになり利便性が高まった。まして医薬品の場合、具合の悪いときに必要になる。わざわざ店舗に出かけずに購入できれば、助かる人は多いはずだ。
 それなのに、なぜ禁止するのか? 規制を所管する厚生労働省に問うと、答えのキーワードは「対面」と「顔色」だ。つまり、薬局のカウンターで、薬剤師さんが対面で購入者の顔色をみて、症状などを確認しないといけないというのだ。
 顔色を一瞬みただけで副作用の危険性などを即座に察知できるスーパー薬剤師さんがどれだけ存在するのだろうか。少なくとも、世の中の薬剤師さんたちが皆そんな特殊能力を備えているとは思えない。しかも、本人以外が薬を買いに来ることだってある。本当に症状の確認が必要なら、顔色や勘に頼るより、IT技術を使ってもっと科学的なやり方もできる。
 ちょっと考えれば、厚生労働省の説明が屁理屈に過ぎないことは明らかだ。なぜそんな屁理屈をいっているかというと、昔からある薬局にとって、インターネット販売の出現は不都合だからだ。そして、薬局を支持基盤とする政治家はその利益を守る必要がある。厚生労働省は関係業界と関係議員に配慮することで、最大限権力を発揮できる。業界・議員・官僚の結託した利権構造が、こんな屁理屈を生んでいるのだ。
 本書の中でまたお話するが、こうした事例はほかにもいくつもある。
 クリーニング店では、宅配ボックスを例外的ケースでしか設置できない。理由は同様に「対面」と「顔色」で、病原菌の感染を防ぐため、高熱のありそうな人が持ってきた衣類はカウンターでより分けるためという理屈だ。

 

 薬のインターネット販売にしても、クリーニング店の宅配ボックスへの制限にしても、この「理由」を読むと、「こんなことを厚生労働省の人たちは、本気で信じているとは思えない」のです。
 なかには良心的、あるいは有能な薬剤師さんがいて、患者さんの顔色をみて「病院に行ったほうがいいですよ」とアドバイスしてくれるのかもしれませんが、実際には「飲む点滴ってご存知ですか?」とか、別のものまで売りつけられそうになることもあります。
 もしかしたら、ガソリンスタンドをセルフにするほうが危険ではないか、と思うくらいです。
 その一方で、医療関係者としては、「薬が好きに買える世の中というのは、便利ではあるけれど、ちょっと怖いな」とも思うんですよ。
 使い方によっては、悪用できる薬というのはたくさんあるし、対面販売によって、危険な薬や異常な量の購入に関しては、多少のハードルにはなっていると思うので。
 とはいえ、全体として考えると、インターネットで薬が買えるメリットのほうが大きいのではないか、という気はします。

 現状だと、本当に困っているときに、インターネットで買った薬をすぐに届けてもらえる、という環境は、東京近郊のごく一部の地域だけであり、ネット販売の影響で地方の薬局やドラッグストアが壊滅してしまえば、すぐに薬が必要なときには軽症でも病院を受診するしかない、という事態に陥る可能性もあります。
 厚生労働省は、業界の既得権益を守ろうとしているのも事実なのでしょうし、ここまでの日本の経済的な停滞を考えると、「競争の原理」が適正に働いていないのが、日本全体としての経済成長を妨げているとも思われるのですが。


 著者は、自身が関わっていた「加計問題」について、こう述べています。

 加計問題は、2017年春頃からメディアで注目され始めた。安倍総理の友人が理事長を務める学園のため、国家戦力特区の枠組みを利用した利益誘導がなされたのではないかという”疑惑”だ。文部科学次官を退任した前川喜平氏が「行政が歪められた」として会見を開き、批判一色の様相となった。
 私は、国家戦略特区ワーキンググループ(以下、「特区WG」)の委員を務めている。獣医学部をめぐるここ数年の政策決定プロセスには、直接当事者として関わってきた。
 直接の当事者だった私からみると、真相は全く異なる。
 まず、前川氏のいう「行政が歪められた」は、間違いだ。真相は、「歪められていた行政をただした」ということだ。
 獣医学部の新設は52年間なされてこなかった。一般に大学や学部は、文部科学省の認可プロセスを経て、適正な計画ならば認められる。ところが、獣医学部の場合、すでに存在する16学部だけしか認めず、新設は一切門前払いする規制があった。
 新規参入に対する規制は、大学学部に限らず、さまざまな分野にある。運輸、宿泊、エネルギー、通信、放送、農林漁業、医療、介護、保育などなどだ。こうした規制はしばしば、参入のハードルを必要以上に高く設定し、過剰なものになりがちだ。すでに参入した事業者にとって、新規参入で競争相手が増えるのは望ましくないからだ。こうした既得権者が業界団体を作り、政治・行政に働きかけ結託し、過剰な規制設定・維持していく。これが、いわゆる「岩盤規制」の基本構造だ。


 規制があるとはいっても、獣医学部のように「新規参入は一切禁止」という極端な規制には、あまり例がなかったそうです。
 特区WGが、「なぜそんな規制があるのか?」と文部科学省に質問すると、「獣医師の数がこれ以上増えると、将来獣医師が余ってしまうから、需給調整のため」だという回答だったのですが、実際は、獣医師は現在でも足りてはいないし、将来的に必要な数についても、ペットの数の増減も含めて、不確定要素が多すぎるのです。
 まず、新規参入を排除したい、という業界からの要求があって、そのために、それらしい(とはいっても、かなり無理がある)「理由」がつくられている、ような感じです。

「総理の友人が理事長を務める加計学園だけが認められたのはおかしい」との批判もあった。これも、政策決定に関わってきた当事者からみると、筋違いだ。
 特区WGの委員たちは、「2校でも3校でも新設を認めるべき」と主張していた。これに対し、「1校限定」に強くこだわったのは、獣医師会だ。特区WGの委員でもなければ、総理でもない。獣医師会が「1校限定」でなければ容認しないと強く反対した。
 獣医師会が強く反対しようと、「2校でも3校でも」を貫けばよかったではないかと思われるかもしれないが、そう簡単ではない。政策決定には、政府・与党での合意形成が必要だ。こうした強い反対を押し切ろうとすれば、また何年もかかりかねない。私たちは、それよりは、スピーディに一歩前進することを選び、当面「1校限定」でスタートすることにした。
 そして、「1校限定」ならば、最も準備が先行している今治市加計学園が選ばれるのは当然だった。そのほかに新潟市京都府京産大の提案もあったが、前者は具体化が進んでおらず、後者は具体的提案を示したばかりで準備は遅れていた。
 一連のプロセスで、総理の友人関係は何の関係もなく、私はそんな話は知りもしなかった。利益誘導など存在しようもない。
 歪められていた行政をただした。地域限定・1校限定で、まだ不十分な面はあった。それでも、52年間固まりきっていた歪みを小さくし、さらにただしていく起点を作った。
 これが、政策決定に直接携わった当事者としてみた、加計問題真相だ。


 規制改革を検討する立場であった著者からみた「内幕」は、メディアで伝えられているものとは、かなり異なっているのです。
 著者は、「岩盤規制」の歴史や「電波オークション」についても言及しているのですが、日本という国は、既得権者が守られやすい、社会が安定している一方で、参入規制が厳しく、自由競争が妨げられることによって、生産性が上がらず、世界の進歩に取り残されてきてもいるのです。
 僕自身は、著者の主張が全面的に正しい、と考えているわけではないのですが、「メディアで悪者にされがちな側」の主張にも、耳を傾けるべきところはたくさんあるのだな、とあらためて感じました。
 善と悪、正と誤の対決ではなくて、それぞれの正しさどうしの争いだからこそ、規制とその改革というのは難しいのです。


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