琥珀色の戯言

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【読書感想】変なおじさん 完全版 ☆☆☆☆

変なおじさん 完全版 (新潮文庫)

変なおじさん 完全版 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
女の子が大好きで、正体がバレるとヘンテコな踊りをするコントの役柄、それがご存知「変なおじさん」。でも僕は、この自分の分身が大好き。なぜなら僕も、ずっとお笑いにこだわってきた変なおじさんだから。子供の頃、コメディアンになろうと思い、ドリフの付き人から『全員集合』『だいじょうぶだぁ』『バカ殿様』とお笑い一直線。そんな人生50年をちょっとだけふり返ってみたヨ。


 2002年に上梓された文庫です。
 志村さんが亡くなられたことで、志村さんがこれまでやってきたコントをはじめとする番組や関連書籍などが、あらためて採り上げられているのです。
 個人的には、子供の頃からずっと見てきた人がいなくなってしまったのは悲しい、というのと同時に、あまりにも「聖人化」されてしまうのも、ちょっと違和感があるんですよね。
 志村さんは、この本の最初に、自分のことを、こう評しておられます。
「コントしかできない、女と酒が大好きな『変なおじさん』」
 そういう生き様こそが、志村さんの魅力なのだと思うのです。もう少し志村さんが生きておられたら、いかりや長介さんのように、役者としても素晴らしい仕事をされたのではないか、という気もしますけど。


 この本、志村さんが、50歳くらいのときに、これまでの半生を振り返っての思い出話と、「笑い」という仕事についてのことを語ったものです。
 厳格な家庭に育った反動のように、お笑いに惹かれていったこと、ドリフターズの付き人時代のこと、『8時だョ!全員集合』『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』『志村けんのだいじょうぶだぁ』と人気番組をつくっていったこと、そして、「その後」のこと……
 50歳のときの志村さんは、タレントとしては、これまでの怒涛のようなコントづくりの日々に一区切りついて、ちょっと落ち着いた時期ではあったのです。
 だからこそ、こういう本を出そう、ということになったのかもしれません。
 当たり前なのですが、このときの志村さんには、死の影などは全くなくて、「これから何をしようか」と考えておられるのが伝わってきます。
 そして、「家族をつくりたい。自分の子どもがほしい」と、何度も書いてあるのを読むと、これほどの人でも、人生というのは、思い通りにいかないこともあるのだよなあ、と考えずにはいられません。
 結婚しなかったから、子供がいなかったから、志村けんは不幸だ、なんて言うつもりはないし、むしろ、僕にとっては、うらやましい限りの人生なのだけれども。


 志村さんは、ドリフターズ加入前、マックボンボンというコンビでデビューしたときのことを、こう振り返っています。

 でも一番ショックを受けたのは、三波春夫さんの前座をやった時のことだ。
 あのころ受けてたゴールデンハーフのネタがあって、すごく自信もあったけど、初めてまったく受けなかった。そりゃあ、三波春夫さんのショーに来ているじいさん、ばあさんは、若い子のアイドルだったゴールデンハーフなんて知らないもの。それでネタを変えて、旅館の浴衣を借りて、子供のころに雲の上団五郎一座の舞台中継で見たお富さんをやったら、ものすごく受けた。股の間に手をさしこむ仕草にじいさん、ばあさんが大喜びした。
 あの時は、何があっても客のせいにしちゃいけない、ということを強く教えられた。芸人は、よく「今日の客は悪いや」って言うけど、それを言っちゃあおしまいだ。


 こういう経験が、「みんなが笑える、志村けんのコント」の源になっているのです。
 というか、志村さんは、ずっと「老若男女問わずに笑ってもらえるコントがある」と信じることができていた人なのかもしれません。

 だからよくマンネリと言われていたけど、僕は笑いにはマンネリは絶対に必要だと思う。

 お客さんにすれば、「多分こうするよ、ほらやった」と自分も一緒になって喜ぶ笑いと、「意表を突かれた、そう来たか」とびっくりする笑いの2種類あると思う、全部意表を突かれてしまうと、お客さんも見ていて疲れてしまうだろう。
 今の若い芸人は意表を突く笑いの方が多いようだけど、僕は新しいことにプラスしてお客さんが期待している通りの笑いも必要だと思う。
「待ってました」とか「おなじみ」という笑いをバカにしちゃいけない。
 それにマンネリになるまでやり続けられるというのは、実はすごいことだ。今は歌でもなんでもマンネリまでいかないうちに終わっちゃう。マンネリはやっぱりひとつの宝だ。

 それと、たしかに見てた人は、ひげダンスが印象に残ってるかもしれないけれど、実はその前にちゃんとしゃべりがある普通のコントをやってるから、音楽と動きだけの無言のコントが目立ったのだ。あれだけやっても非常につまらないと思う。
『全員集合』の場合、まず最初に5人でやるコントが20分あって、合唱隊があって、後半にいろんなコントがあるという1時間の流れがきっちりできていた。その途中に入るショートコントとして、ひげダンスはすごくよくできたコントだった。
 あれだけずっとやってたら、絶対おもしろくない。
 だから、お笑いの番組というのは構成がすごく大事だ。1時間の中で、ここはこういう笑わせ方をしようという計算がちゃんとできていないと、いくらひとつひとつのコントがおもしろくても、番組全体の流れとしては殺しあうことになる。


 この「全体の構成が大事」という話を読んで、所属していた会社から、勝手に『バラードのベスト盤』を出された桑田佳祐さんが激怒していた、という話を思い出しました。桑田さんは「1枚のアルバムのなかで、1曲のバラードをどういう流れで、効果的に聴いてもらうかをずっと考えてアルバムをつくっているのに、バラードだけを集められたら台無しだ」というようなことをおっしゃっていたそうです。
 志村さんも、「構成の大切さ」「笑いと音楽の親和性」について、この本のなかで、何度も語っておられます。
 ただ、今のYouTubeとかTikiTokTの動画の傾向をみると、この本が書かれてから20年の間に、視聴者は、より、「自分が好きなものだけを切り取って、短い時間単位で観る」ようになってきているようにも思われます。
 「面白いところだけをつまむ」ことが技術的に可能になってくると、より短い時間のなかでの「構成」を考えなければならないのかもしれません。
 
 志村さんには、「昔堅気のコント職人」というイメージがあるのですが、この本を読むと、その時代の最先端の「笑い」についても、研究されていたのです。

 ダウンタウンの『ガキの使いやあらへんで!!』が好きで、ビデオに録ってでも見ることがある。あのフリートークの雰囲気がおもしろい。彼らはもともと漫才が十八番だから、ちょっとマネができない芸だ。


 志村さんは、「新しい笑いを否定していた」わけではないのです。それはそれで尊重していたし、その面白さもわかっていたけれど、自分自身には作りこんだコントが向いている、と考えていたのです。
 ビートたけしさんとのやりとりや、荒井注さんと一緒にブラジルに行ったときのエピソードなども語られていて、荒井さんのめんどくさがりっぷりには笑ってしまいました。「笑い」についての真面目な話だけではなくて、このタイミングで読んでも噴き出してしまうようなところも、たくさんあります。


 この本の後半には「変なおじさん リタ~ンズ」というのが一緒に収められています。
 そこで、『変なおじさん』のなかで、いちばん人気があった回が「クレヨンを食う女」だったことが紹介されているのです。
 僕も「わかる!」と納得してしまったのですが、この話、志村さんが主役じゃないんですよ。
 

 小学校の分校時代の思い出に、こんな忘れられない出来事がある。

 それは夏で、雨が降ってる日のことだった。
 授業中に隣に座ってたのが、ふだんからほとんど誰とも口もきかなくて、まわりに誰も寄りつかないような女の子だった。だから僕も気にしていなかったけど、何かの拍子でふと横を見たら、そいつの髪が片方に寄っちゃってすごい寝癖がついてる。
 その様子だけでも変だなと思ったけど、次の瞬間もっとびっくりした。
 そいつがクレヨンを食ってる。それえも、ものすごくうまそうに食ってて、口の中で6色くらいのクレヨンの色が混じりあって、すごく気持ち悪い色になってた。


 稀代のお笑い芸人の本の珠玉のエッセイ集のなかで、いちばん読者の印象に残ったのが、この「実話」だったというのは、興味深いですよね。しかもこの話、読み終えても、なんだか全然すっきりしない。
 なぜ、この女の子はクレヨンを食べていたのか?

 こういう話が「志村けんの本」に収録されているのも、何かの縁なのかな、という気もします。
 実際は、締め切り前にネタが思い浮かばなくての苦肉の策、みたいなものだった可能性もありますが。


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