
- 作者:東海林さだお
- 発売日: 2020/02/13
- メディア: 新書
内容紹介
ラーメンも炒飯もカツ丼も、レンコンもラッキョウも、
自分だけの「段取り」や「思いつき」を貫いて食べればゼッタイにもっともっとうまくなる!
ショージさんが半世紀以上の研究から編み出した「ひとりメシ十則」とは何か
釜めしのほじくり方から、知るかけご飯の荒々しい気分、
「焼きそば牛丼」における紅生姜の「恩愛」にいたるまで、
「ひとりメシ初心者」のギモンは雲散霧消、勇気百倍!
ついに福音の入門書が誕生したのだ。
週刊朝日の超長期連載「丸かじり」をベースに、
南伸坊さんとの軽妙にして一部、大マジメな対談も収録。
東海林さだおさんが、1987年から『週刊朝日』で連載している「あれも食いたい これも食いたい」から、「ひとりメシ」関するエッセイを集めたものです。
いまの日本では、「ひとりメシ」はそんなに珍しくもなくなりましたが(「ひとり焼肉」を売りにしているチェーン店までありますし)、20世紀は、まだ、外食での「ひとりメシ」が、市民権を得ておらず、「寂しい人」だとみなされることが多い時代だったような気がします。
時代がついに東海林さんに追い付いてきた、と言うべきなのか。
この本を読んでいると、時代の流れを感じるところも多いのです。
いま引きこもりが問題になっているが、ついに「引きこもりラーメン屋」というのが出現した。
ラーメンを個室に引きこもって食べるのである。
ホラ、ノラ猫にエサをやると、ガルルーとか言いながら大急ぎで車の下なんかに持っていって、そこで安心して食べ始めたりしますよね。
あれとおんなじ。
ラーメンを注文して、ラーメンが出来上がるとそれを受け取って、ガルルーとか言いながら個室に引きこもって食べるという、そういう方式ではない。
個室は個室だが半個室。
選挙のとき、両側に仕切りのある机が用意されていますね。あの方式。もちろんイスはあります。
両側と前方、仕切られた囲いの中に一人ずつ引きこもって食べる。
「食べる時の顔が誰にも見られない半個室の席で、周りを一切気にせず、味だけに集中して召し上がって頂けます」
と、店のパンフレットにある。
「また声を出さずに替玉や追加注文ができるので、女性一人でも人目を気にせず思う存分食べて頂けます」
とも書いてある。
このエッセイでは店名は書かれていないのですが、今なら、多くの人が、「ああ、『一蘭』のことか」とすぐにわかると思います。
たしかに、あの「味集中カウンター」というのは異様なものなのかもしれないけれど、僕はすっかり慣れてしまっているので、最初の頃は、「引きこもりラーメン」と紹介(?)されていたのか、と不思議な感じがしました。
ちなみに、この回の結びはこうなっています。
閉鎖と隔絶と孤独と沈黙の食事を終えて外に出たわたくしの感想はどうか。
”出所”でした。
「ひとりメシ」のエキスパートである東海林さんでも、(エッセイとしての脚色はあるとはいえ)こんなふうに書いておられるのですから、「ひとりメシ」に対する社会的なイメージは、だいぶ変わってきた、と言えそうです。
そういえば、最近は「味集中カウンター」じゃない『一蘭』もあるんですよね。
東海林さんの得意技である、「誰もが一度くらいは思いつくのだけれど、めんどくさいかバカバカしくてやらない食べ方にチャレンジしてみた記録」も収録されています。
と、ここで勃然とある考えがぼくの頭の中に浮かんできた。
とんでもない考えである。
世間に顔向けできない考えである。
ぼくの友人知己、家族が、
「まさかあなたがそんなことをする人だとは思わなかった」
とさめざめと泣くような、反社会的ともいえる行為である。
その考えとはこうだ。
本来熱くして食べるものであるきつねそばを冷たく冷やして食べてもいいということであれば……いいですか、ここからが大変なことになりますよ……本来冷たくして食べるものである冷やし中華を熱くして食べてどこが悪い!
論理的に一点の乖離もないこの論法に反論できる人はいるだろうか。
いませんね。では製作に取りかかります。
コンビニで、プラスチック容器に入っていて、すぐそのまま食べられる冷やし中華を買ってくる。
上段の味をすべて麺の上にあける。
もちろんキュウリもあける。
つゆを上からかける。
あ、辛子の袋は出してくださいね。
電子レンジに入れて三分。
さあ、どうなったか。
最初に驚くことは、冷やし中華からモーモーと湯気が上がっていることである。
そうか、こういうことになるのか。
箸を差し入れてフーフー吹く。
そうか、冷やし中華をフーフー吹くことになるのか。
問題は味だ。結論を言います。
さて、この「熱い冷やし中華」、どんな味がしたのか?
そこまでは紹介しませんが(納得できる結果ではありました)、こんな実験をワクワクしながら読めるエッセイにしてしまう東海林さんの発想と文章力には圧倒されるばかりです。
いやほんと、コンビニで冷やし中華を買ってきて、電子レンジで温めるだけのことなのだけれど、実際にこれをやってみたことがある人というのは、そんなにいないはず。
なんとなく気が重くて、時間をやりすごしたいときに、僕は東海林さんのエッセイを手に取ります。
食べやすいのだけれど、ちゃんと下ごしらえがしてあって、胃にもやさしい。
僕自身も忘れかけている、子どもの頃の食卓の風景を思い出させてくれるエッセイでもあるんですよね。