琥珀色の戯言

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【読書感想】方向音痴って、なおるんですか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

方向音痴の克服を目指して悪戦苦闘! 迷わないためのコツを伝授してもらったり、地図の読み方を学んでみたり、地形に注目する楽しさを教わったり、地名を起点に街を紐解いてみたり......教わって、歩いて、考える、試行錯誤の軌跡を綴るエッセイです。


 僕も方向音痴で、子どもの頃は「近道」をしようとして知らない道に入り込んでしまって迷い、学生時代は車でよく迷っておりました。地図があっても迷うものは迷うんだよ!
 思えば、カーナビの普及というのは、僕のような方向音痴にとっては、福音だったとしか言いようがありません。江戸時代に生まれていたら、カーナビの恩恵を受けることなく、方向音痴のまま追いはぎとかにやられていたかもしれません。

 でも、考えてみたら、一般庶民がこんなに自由に世界中を動き回れるようになったのって、この半世紀くらいですよね。
 僕が子どもだった1970年代には、ハワイ旅行が「憧れ」だったわけですし。
 まあ、根本的に人生に迷い続けているわけで、「人生ナビ」みたいなものがある時代に生まれることができれば、もっと良かったんですけどね。

 この本では、著者の吉玉サキさんが、「自らの方向音痴を克服するために、いろいろ試みてみた」過程が描かれているのです。

 突然だが、あなたは方向音痴だろうか? 
 私は方向音痴だ。5年住んでいる自宅周辺でも迷子になる。たとえ日常的によく行く店であっても、違う道から行こうとするともうたどり着けない。
 迷子になること自体はそこまで問題じゃない。なんだかんだあっても家には帰れているわけだから。
 方向音痴で困るのは、知らない場所に行くのが怖くなってしまうことだ。知らない街にもたくさん出かけたいのに、「道に迷うんだろうな~」と思うと億劫になってしまい、ついつい知っている場所にばかり行ってしまう。これは物書きである私にとって由々しき問題だ。行動範囲が狭いと、拾えるネタが限られる。
 あぁ、好奇心の赴くままに知らない街を歩けたらどんなにいいか……!


 そんな著者が「方向音痴を克服する企画をやりませんか?」という企画を打診されて、はじまったのがこの本のもとになった連載、というわけなのです。

 それこそ、「カーナビ以前」ならともかく、今はスマホの地図アプリで道案内してもらえばいいんじゃない?
 ところが、著者は、グーグルマップを見ても迷う、と告白しているのです。

 方向音痴は、グーグルマップを見ても最初の一歩をどちらに進むべきかわからない。
 グーグルマップで目的地を検索すると、目的地は赤いピン、現在地は青い丸で表示される。そして経路を検索すると、目的地と現在地を結ぶ最短ルートが線で表示される。しかしそれを見てもなお、目の前の道を右に進むのか左に進むのかがわからない。現実の風景と地図が、脳内でうまく照合されないのだ。
 わからないので、いちかばちか勘で歩きだす。地図上の青丸が思いどおりの方向に動けば「よかった、こっちで合ってた!」と安堵し、反対側に動けば「違った!」と戻る。この高度に文明が発達した現代において、実際に歩いてみるという原始的な手段でしか方向を確認できない。


 著者は「ナビ機能を使っても、方角で指示されると最初の一歩がわからない」「駅の構内の構造は地方出身者には難しすぎる」とも仰っています。

 うーむ、ほとばしる、あなたは僕ですか感。
 方向音痴って、不思議なもので、左か右か、という状況で、8割くらい間違ったほうを選んでしまうんですよね。僕はよく、道に迷ったら、お前が選ばなかったほうに行けばいい」と言われておりました。グーグルマップは、もちろん「無いよりずっとマシ」なのですが、地図がぐるぐる回ると、もう何がなんだかわからなくなってくるのです。そして、こういう方向音痴な僕なのに「他人に道を尋ねるのは恥ずかしいし、人見知りだから、自力でなんとかしようとする」という傾向があるのです。
 にもかかわらず、けっこう旅行者に道を聞かれることがあるんですよね……みんな、道を尋ねる人は、選んだほうがいいよ……

 そういう僕自身の事情もあって、この本を手にとって読みはじめてみたのです。
 読めばたちどころに方向音痴が克服できる、というわけではないのですが、方向音痴をマシにする、あるいは、道に迷ってもそれはそれでいいか、という気持ちの切り替えができる内容ではあると思います。


 方向音痴の研究をされていた、認知科学者の新垣紀子さんとの対話より。

吉玉サキ:私はマップアプリを使ってもなお、最初の一歩の方向がわからないんです。どっちかに歩いてみて、現在地マークの動きでたしかめるんですけど、それ以外で方向を知る方法はないですか?


新垣紀子:地図は目印が2つあれば位置を特定できます。「地図上のここが現実のここ」と照らし合わせることのできる目印を、1つじゃなくて2つ以上、マップの中に見つけてください。すると2つの目印の位置関係から、自分の位置や目的地の方角を知ることができますよね?


吉玉:なるほど! ほかに最初の一歩を間違えないコツはありますか?


新垣:予習するのがいいと思います。歩きだす前に地図を見て、あらかじめスタートからゴールまでの道順をイメージしておくんです。完璧に覚える必要はありません。ざっと「踏切を渡ったら本屋さんがあるのね」などとイメージしておくだけで、目印を見落としにくくなると思います。


吉玉:そういえば池袋を歩いたとき、地図の全体を見ることなくナビ機能を開始してしまいました。だから迷ったのかも……。


 最初に全体像を確認しておく、目印を1つだけではなく、2つ以上にして、自分の現在地を目印との位置関係から俯瞰して把握する。
 何よりも、「とにかく歩いてみよう」ではなくて、事前に少しでも「予習」をしてから歩きはじめる。

 この本を読んでいると、僕が「方向音痴」として片付けてきたものは、「準備不足での見切り発車」「途中できちんと確認をせずに先に進もうとしてしまう」ことが原因だったのではないか、と今さらながら反省してしまうのです。
 道を覚えるのが得意な人、道に迷わない人は、意識せずにできていることなのかもしれませんが、少なくとも、地図アプリをうまく利用できるようになれば、方向音痴もだいぶ行きやすく(生きやすく)なりそうです。

 動きながら考える、というのは、方向音痴にとっては、かえって、目的地から遠ざかることも多いので、まずは、立ち止まって「予習」をしてから動き出したほうが良いみたい。

 やってきたのはJR信濃町駅。皆川さん(『東京スリバチ学会』会長で地形に詳しい)と、担当編集の中村嬢と待ち合わせる。信濃町駅で下車したのは初めて。早く着いたので、駅の壁に掲示された地図を眺める。
 この企画を始めて、駅に掲示された地図はかならずしも北が上じゃないことを知った。東を向いて見る地図は東が上というように、方向に合わせて掲示されていることが多いそうだ。
 ということは、この地図の上は私から見て前、下は後ろ、左右は変わらないのだな。
 ……と眺めていると、突然ブワーッと理解が訪れた。
 これって、壁ごと90度倒して地図を床に置いたイメージで見るんだ! や、知ってる人にとっては「何を今さら」だろう。しかし私にとっては大発見だ。悟りを得た気分。
 そうこうしているうちに全員集合した。


 ちょっとしたコツをつかみ、少しでも予習をするだけでも、方向音痴は、けっこうマシになるみたいです。
 というか、道を覚える、地図を見るのが得意な人って、それなりに興味を持ち、準備をしているんですよね。
 興味があることが「才能」なのだ、ということなのかもしれませんが。

 若い頃にカーナビがあったらよかったのに、とは思うけれど、本当に必要なのが、「人生ナビ」だったのかもしれないなあ。
 実際は、カーナビがあっても迷う僕は、ナビゲーションの指示に従わないというか、なぜかナビ通りの進路を取れなかったり、「こっちのほうが近道だろう」とナビを無視して迷ったりしているのですけど。


方向音痴はなぜ道に迷うのか〈科学対談〉

方向音痴はなぜ道に迷うのか〈科学対談〉

  • 作者:日垣隆
  • 「ガッキィファイター」編集室
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