Kindle版もあります。
常勝チームになるための「スワローズ・ウェイ」とは何か? 「育てながら勝つ」チームマネジメント、「絶対大丈夫」に代表される言葉力――2年連続最下位からのペナント制覇と日本一達成の裏側を克明に記す。大好評『二軍監督の仕事 育てるためなら負けてもいい』の続編、ついに刊行。
2021年のプロ野球は、セ・リーグ、パ・リーグともに前年最下位だったヤクルト、オリックスがリーグ優勝し、ヤクルト・スワローズが日本シリーズを制しました。
長年の広島カープファンの僕にとっては、カープはコロナ禍もあって早々に上位争いから脱落してしまった一方で、若手選手の台頭もあったシーズンだったのですが、「ヤクルトにできることが、なぜカープにできなかったのだろう」とも感じたのです。
この本、東京ヤクルト・スワローズの高津臣吾監督の著書なのですが、監督自身によって、日本一になった2021年のシーズンやヤクルトの選手たちが語られているのです(ライターの聞き書きなのかもしれませんけど)。
こういう「言葉」を持っているのが、高津監督の強みなのかな、と感じましたし、野村克也監督の「教え」は、今でもスワローズに息づいていて、チームの基盤になっているということが伝わってきました。
メディアの人たちが、2年連続の最下位から優勝したチームに何がおきたのか、その理由を知りたいと思うのは自然なことだ。
1年目で改革出来たことは、ほんのひとつかふたつだけだったと書いたが、2年めに日本一になったとはいえ、テーマとして掲げていたことが出来たのは、やはり、ひとつかふたつだけだった。一方で、完成には至らない間でも変化が起きたエリアはたくさんあった。この上積みが大きく、わずか数パーセントの向上が掛け合わされることで、チーム力が高まったのは間違いなかった。
技術的なものの向上には時間がかかるが、ひとつ確信をもって言えるのは、勝つことにある高揚感を選手たちが味わうようになったことだ。僕は2021年のスワローズを高校野球の公立校によくたとえたが、弱いチームが地方大会の1回戦から勝ち上がっていき、あれよあれよという間に甲子園の準決勝、決勝にまで行ってしまったという感覚だった。
それは、開幕カードでタイガースに3連敗したことで、「このままでは戦えない」とチーム全体が危機感を覚え、シーズン中にも強くなっていこうという向上心を共有できたことが大きい。
次のベイスターズ3連戦ではコロナ禍によるピンチを迎えたが、「青木さん、内川さん、川端さんが戻ってくるまで耐える」という思いを選手たちが共有し、戦う姿勢になってくれたのは大きかった。そうしたマインドを作れたのは、キャンプの時点からいい雰囲気で練習ができていたからだと思う。
そして交流戦で「2010年代の覇者」であるホークスを3タテ出来たことで、選手たちは勝つことの高揚感──本当に強い相手に勝つ快感を味わったはずだ。強い相手に勝てば勝つほど、野球は面白いのだ。
2021年のシーズン、僕は「ヤクルト、あの戦力(とくに投手力)でよく頑張ってはいるけれど、まあ、そのうち落ちてくるだろうな」と思っていたのですが、スワローズは強かった。むしろ、どんどん勢いに乗って、強くなっていったように見えました。
日本シリーズでも、オリックスは山本由伸投手で2勝できるだろうから、二桁勝利のピッチャーがひとりもいないヤクルトは厳しい戦いになる、と予想していたのです。
ところが、蓋を開けてみたら、両チームのファンではない僕でさえ、試合をテレビで観てしまうほどの熱戦続きで、ヤクルトは4勝2敗で、久しぶりにセ・リーグのチームが日本一になりました。
高津監督は、2021年のチームについて、前年より「わずか数パーセントの向上が掛け合わされただけ」だと仰っています。
コロナ禍での主力選手の欠場が他チームに比べると比較的少なかったり、外国人選手がうまくチームにハマったり、日本シリーズに関しては、2010年代の「絶対王者」だったソフトバンク・ホークスが世代交代期になって低迷してしまったことも大きかったと思います。
長年、他球団ファンとしてヤクルトというチームを見てきて感じるのは、チーム成績にムラがあるというか、野村監督時代にも優勝とBクラスを隔年で繰り返してもいたのだけれど、「勝てるチャンスがあるときには、すごい力を出して勝ち切ってしまうチーム」だということなんですよね。
2021年のヤクルトは、勝つことの楽しさを知ることによってどんどん勢いに乗り、強くなっていったのです。
高津監督はとにかく選手をよく見ていて、スタッフとも密にコミュニケーションをとりながら、野村監督から継承した「考える野球」を地道に続け、結果に一喜一憂せずに「長期的な視点で、チームの力を向上させて行くこと」に徹してきたことが、この躍進につながったのだと思います。
今シーズンは開幕直後に怪我で離脱してしまいましたが、高卒後、プロでの2シーズン目だった奥川投手を、シーズンが佳境に入り、優勝争いをしていても、ローテーション投手としては異例の10日間隔で当番させ続けていたんですよね(ちなみに、登板の間は、ただ休んでいるだけではなく、プロとしての基礎体力をつけていくためのトレーニングをシーズン中でも行っていたそうです)。
ソフトバンクや巨人など、育成選手を多く抱えられるチームに比べると「選手層が薄い」ことがヤクルトの弱点だと高津監督は考えているのですが、「力のある選手に無理をさせる」のではなく、怪我を未然に防ぎ、選手に良いパフォーマンスをさせるための最適解を探し続けているのです。
一軍監督としては、とにかく目の前の試合に全力をつくす。そのためには、先発投手がしっかりとゲームを組み立て、中盤までにリード、あるいは僅差の展開に持ち込む。そこからはスワローズの総力を結集して勝ちに行く。そこにブレはない。
それでも、僕は「二兎」を追いかけたい。勝ちにこだわりつつも、将来のスワローズを背負って立つ若手にチャンスを与えながら、才能の花が開くのを見てみたいのだ。そのためには何が必要なのだろうか?
そうした思いを受け、年が明けてから、僕はスワローズのスタッフを前にして「一軍、二軍を問わず育成をしっかりとやっていきましょう」と話をした。これは技術面についてだけではない。むしろ、二軍でくすぶっている選手たちの「マインドセット」を変えたいということを念頭に置いて話した。
これは野村監督から聞いた話だが、いくらプロとして給料をもらっていたとしても、レギュラー以外のメンバーには、自分の能力を自ら限定してしまう傾向があるというのだ。監督はこう言った。
「試合に出られないと、自分はこんなものだとか、こんなすごい人たちの間にいるんだったら、僕は一軍のベンチに入れれば十分だ、とか考えるようになってしまう。そう思ったら最後、人間、成長が止まる」
自分が監督の立場になってみると、この野村監督の言葉の意味がよく分かる。
一軍とファームを行ったり来たりする「1.5軍」的な立場の選手たちは、一軍のレギュラーを取りに行くのではなく、そのポジションをキープする方向に頭が働くようになる。人間、安定を求めるから、どうしても自分の地位を失いたくないのだ。これだと球団としても使い方が難しくなる。
監督としては、選手はプロとしてお金をもらっている以上、レギュラーを奪うためにはどうしたらいいのか? というポジティブな、攻めの考え方を持って欲しい。
一軍と二軍の監督を両方経験した立場からすると、「二軍でいい」とか、「二軍のレギュラーで十分」と思ってもらっては困るのである。彼らはけっして口には出さないが、態度でそれが分かってしまう場合もあるのだ。
プロ野球には、もともと「エースで四番」だった選手が集まっているのですが、その中でも「抜きん出た存在になる人」がいる一方で、「プロの中では、自分はたいした選手ではない」と打ちのめされてしまう場合もあるのです。
こういうのって、プロスポーツの世界だけの話ではないですよね。
その中で、どうやって個々の選手に向上心を持って取り組んでもらい、自分の役割を果たすことに意義を感じてもらうか。
プロ野球だって、ヤクルトの村上選手やオリックスの山本投手ばかりのチームを作ることは不可能なのだから。
選手に対する言葉のかけ方について、高津監督は、こう仰っています。
選手に対する「言葉」のかけ方については、二軍監督時代からいろいろと勉強してきたつもりだ。僕が気をつけているのは、「感情を素直に伝えたほうがいいこと」と、「考えていても言わない方がいいこと」をしっかりと区別することだ。
(中略)
二軍の選手たちを見ていると、その成長を阻害するような癖が見つかる時がある。「そこは修正して欲しい」とハッキリ伝えるが、それでも、思ったことを全て伝えるわけではない。「これを伝えると、かえってマイナスに働くかもしれないな」と思ったことは、胸の内にしまっておく。間違ってもしてはいけないのは、感情に任せて選手にいろいろな内容をぶつけてしまうことだ。
伝える、伝えない基準がどこにあるのかは微妙で、自分の感覚に頼っている部分はある。これを判断するには、経験を積むしかないと思う。
「伝えない方がいいな」と判断するのは、技術に関することが多い。
プロ野球選手は、技術に関してはプライドが高い。それは高校を卒業したばかりの若い選手だって変わらない。このやり方でプロまで到達したという自負があるはずだからだ。相手が、自分がイメージしているのとは違う感情を抱きそうだと思ったら積極的な改善提案はしない。また、修正した場合の副作用というか、課題としている部分は直るかもしれないが、いいところが失われる可能性があれば黙っておく。
とにかくいろいろな要素を考慮しながら最適な言葉を探す。もちろん、無言が良い場合もある。いずれにしても、僕は修正提案をするにもポジティブな空気を出したい。選手も、否定から入られたら、心を閉ざしてしまうかもしれない。それではチームは活性化していかない。
リーダーは、自分の「言葉」を大事にするべきで、「何を言わないか」も「ハッキリ言うべきこと」以上に考えなければならないのです。
ああ、この話、僕の子供がもっと幼い時に読みたかった……
今年(2022年)の開幕から絶不調の阪神タイガースの矢野監督や、逆に評論家の予想を覆す好調を見せている広島カープの佐々岡監督をみていると、「良い監督だったら必ず勝てる」というものではなく、むしろ「勝った(勝っている)監督は名将にみえるし、良いことを言っているように感じる」のではないか、と考えずにはいられないのです。
どうしようもなく無能な人が、現役時代の実績や人脈だけで監督になれる時代ではないし、結果が出ていれば、気持ちに余裕ができ、発する言葉は説得力を持ちやすい。
去年までは散々だった僕の佐々岡監督への評価も、今(2022年4月現在)のチームの好調を受けて、「コメントもだいぶ良いこと言うようになった」と、変わってきているんですよね。
「監督の力だけで勝つ」ことはできないにしても、「勝てる可能性を上げる」ことはできる。そして、監督というのは、正解がない問題に対して、常に考え続けていなければならない仕事なのです。
野村克也監督は、本当にすごかった。
でも、その「野村の教え」の芯の部分を、ちゃんと受け継ぎ、今の時代に活かしている高津監督もまた、「優れたリーダー」だと感じました。
「こんなチーム(組織)じゃ、自分がどう頑張っても、勝てるわけないよ」と諦めかけているリーダーには、とくにおすすめしたい本です。