- 作者: 橘玲
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2019/08/01
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内容紹介
やっぱり本当だった。いったん「下級国民」に落ちてしまえば、「下級国民」として老い、死んでいくしかない。幸福な人生を手に入れられるのは「上級国民」だけだ──。これが現代日本社会を生きる多くのひとたちの本音だというのです。(まえがきより)
バブル崩壊後の平成の労働市場が生み落とした多くの「下級国民」たち。彼らを待ち受けるのは、共同体からも性愛からも排除されるという“残酷な運命”。一方でそれらを独占するのは少数の「上級国民」たちだ。
「上級/下級」の分断は、日本ばかりではない。アメリカのトランプ大統領選出、イギリスのブレグジット(EU離脱)、フランスの黄色ベスト(ジレジョーヌ)デモなど、欧米社会を揺るがす出来事はどれも「下級国民」による「上級国民」への抗議行動だ。
「知識社会化・リベラル化・グローバル化」という巨大な潮流のなかで、世界が総体としてはゆたかになり、ひとびとが全体としては幸福になるのとひきかえに、先進国のマジョリティは「上級国民/下級国民」へと分断されていく──。
「日本社会には、『上級国民』と認定された貴族階級みたいな人が実際にいて、悪いことをしても実名報道されないようなシステムが本当に存在している!」という告発の書かと思ったのです。
しかしながら、、中身はそういうオカルト雑誌的なものではなく、「世界中で格差がどんどん広がってきていて、一部の富裕層とその他大勢の貧困層(あるいは、「大卒」「モテ」などの持っている人たちと、「非大卒」「非モテ」などの持たざるものたち)の分断がさらに進行している、というものでした。
タイトル詐欺、とまでは言いませんが、売れるタイトルつけるのがうまいよなあ、と呆れたのと感心したのが半々でした。
基本的に、『言ってはいけない』など、これまでの橘玲さんの著書の流れを汲んでいて、「人間には生まれつきの能力差、知能の差がある」というのが「前提条件」として語られています。
(よかったら、『言ってはいけない』への僕の感想も読んでみてください)
それは「定説」として良いほど専門家のあいだでも、あるいは社会的にも認知されているとは言い難いのです。逆の結論を出していたり、後天的な影響の大きさを述べてたりしている論文も少なからずあるので。
この本のなかに、団塊の世代を批判するような文章を「紙の雑誌の数少ない読者である彼らにウケが悪いから」という理由で掲載を拒否された、という話が出てくるのですが、この「生まれつき知能の差がある」という話も「わざわざ新書を買って著者の本を読むようなプチインテリを『まあ、俺たちは上級国民だからな』と優越感にひたらせる」ためなのではないか、と僕は勘繰ってしまうのです。
ただ、世の中には自分とは根本的に相互理解が難しい人がいるのではないか、という諦め、みたいなものは僕にもあります。自分のほうが正しい、と確信しているわけではないけれども。
読んでいて、これまでの自分の常識が揺らぐところもたくさんあるんですよね。
たとえば、こんな話。
(日本では中高年の正社員の雇用を守るために、若年者の雇用がずっと犠牲になってきた、というデータを提示して)
同じヨーロッパでも若年失業率が高い国ではなにがうまくいっていないのでしょうか。
多くの経済学者が指摘するフランスの問題は、経済の実力に比べて最低賃金が高すぎることです。時給換算した世界の実質賃金ランキング(2017年)でも、フランスは11.2ドル(1230円)と第1位で、イギリスの8.4ドル(920円)はもちろん、ユーロ圏で「独り勝ち」をつづけるドイツの10.3ドル(1130円)よりも高くなっています(日本は7.4ドル≒810円)。
これは企業にとって、「経験のない若者を高い賃金で雇わなければならない」と法律で定められているのと同じです。当然のことながら経営者にとっては、素人にいちから仕事を教えるよりも、経験のある中高年を同じ給与で雇うほうがずっと得です。
日本にも、「貧困を解消するために最低賃金を大幅に引き上げるべきだ」と主張するひとたちがいます。最低賃金引き上げが雇用を減らすかどうかは経済学者のあいだでも議論がつづいていますが、若者の雇用にマイナスの効果を及ぼすことについては確固とした合意が形成されています。
それにもかかわらずフランスでは、奇妙なことに、若者自身が最低賃金引き下げに強硬に反対するためどうしようもなくなっています。こうして公共事業などで雇用を創出しようとして失敗を繰り返し、ライバルであるドイツとの「経済格差」がどんどん開いていったのです。
それでも、日本の810円は他国との比較でも安すぎるとは思いますが……
労働者をクビにしにくいせいで、人を雇うハードルが上がってしまう、ということも含めて、「労働者を守るためのつもりの仕組み」が、かえって、労働市場の流動性を低くしてしまったり、若い人たちにとってはかえってマイナスになってしまっている」という面もあるのです。
日本では「技能実習生」の名目でやってきた外国人が奴隷のような悪条件で働かされている職場もありますし。
フランスの例を見るかぎり、こうした「若者のための」政策が実現すれば、これまで最低賃金で雇われていた中高年の収入は増えるかもしれませんが、学歴や職歴のない若者は深刻な苦境に追い込まれることになるでしょう。
今の世界全体の流れとしては、「食べていけないほどの貧困は、どんどん改善されてきている」のです。
その一方で、先進国で生きている、学歴や優れたコミュニケーション能力を持たない人たちは「自分が、どんどん『下層』に落ちていっている」と感じているのです。
あまりにも有名な一節ですが、福沢諭吉は『学問のすすめ』でこう書きました。
人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。
これは一般には、「学問に勤めれば成功できる」という意味だと解釈されています。だが逆に言えば、「『貧人』『下人』なのは学ばなかった者の自己責任」ということになるでしょう。
教育の本質は「上級/下級」に社会を分断する「格差拡大装置」であることを、福沢諭吉は正しく理解していたのです。
これに関しては、たとえば、富裕層の子どもと貧困層の子どもでは、教育にかけられるお金も、親たちの意識も異なる、という「環境要因」が大きいと思います。
その一方で、「人間の基本的な能力は、みな平等なのだ」という信念は、本当に人間を「幸せ」にするのか、という問題もあるのです。
個人の自由(自己実現)を最大化するリベラルな社会は、前近代の身分制社会に比べればもちろん素晴らしい進歩であり、よろこばしいことですが、あらゆることはトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たない)です。
リベラルな社会の負の側面は、自己実現と自己責任がコインの裏表であることと、自由が共同体を解体することです。
リベラルは、人権、出自、宗教、国籍、性別、年齢、性的志向、障がいの有無などによるいっさいの差別を認めません。なぜならそれらは、本人の意思や努力ではどうしようもないことで自己実現を阻むからです。
しかしこれは逆にいうと、「本人の意思(やる気)で格差が生じるのは当然だ」「努力は正当に評価され、社会的な地位や経済的なゆたかさに反映されるべきだ」ということになります。これが「能力主義(メリトクラシー)」であり、リベラルな社会の本質です。
自由(自己実現)と自己責任が光と影の関係であることは、1943年、ドイツ占領下のフランスで出版された『存在と無』でジャン=ポール・サルトルがすでに指摘しています。若者たちにアンガージュマン(状況への参加)を説き、実存主義の教典となったこの名高い哲学書でサルトルはこう書いています。人間は自由の刑を宣告されている。なぜなら、いったんこの世に放り込まれたら、人間は自分のやることなすことのいっさいに責任を負わされるからだ。[人生に]意味を与えるかどうかは、自分次第なのだ。(『存在と無 現象学的存在論の試み』ちくま学芸文庫)
こうした「自己実現=自己責任」の論理は1960年代になるとアメリカに移植され、「自己啓発」として花開くことになります。資本主義を肯定し、自由な社会で「自分らしく」生きることを称揚するこの新しい思想(ポジティブ心理学)では、人生は自らの責任において切り開くものであり、そこから得られる達成感こそが至高の価値とされたのです。
はたして、これが本当に「人間にとって(あるいは、自分自身にとって)の幸せ」なのかどうか?
「誰かの言いなりになって生きるしかない時代」よりは、ずっと幸せなのだと思う一方で、うまくいかないのはすべて自分のせい、となると、言い訳ができなくなるのです。
人間が幸福になる(あるいは、幸福感を得る)のは難しいものだな、と思いながら読みました。
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