- 作者:石 弘之
- 発売日: 2018/01/25
- メディア: 文庫
Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
地上最強の地位に上り詰めた人類にとって、感染症の原因である微生物は、ほぼ唯一の天敵だ。医学や公衆衛生の発達した現代においても、日本では毎冬インフルエンザが大流行し、世界ではエボラ出血熱やデング熱が人間の生命を脅かしている。人が病気と必死に闘うように、彼らもまた薬剤に対する耐性を獲得し、強い毒性を持つなど進化を遂げてきたのだ。40億年の地球環境史の視点から、人類と対峙し続ける感染症の正体を探る。
新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、「感染症」に関する本もたくさん出版されています。
カミュの『ペスト』や、小松左京『復活の日』というような「感染症が世界を破壊していく情景を描いた小説」も売れているのです。
この『感染症の世界史』は、人類と感染症の闘いの歴史を描いたものなのですが、この文庫版が出たのは2018年1月なので、今回の新型コロナウイルスについては触れられていません。
ですが、「終章」で、著者はこんな「予測」をしているのです。
今後の人類と感染症の戦いを予想するうえで、もっとも激戦が予想されるのがお隣の中国と、人類発祥地で多くの感染症の生まれ故郷であるアフリカであろう。いずれも、公衆衛生上の深刻な問題を抱えている。
とくに、中国はこれまでも、何度となく世界を巻き込んだパンデミックの震源地となってきた。過去三回発生したペストの世界的流行も、繰り返し世界を巻き込んできた新型のインフルエンザも、近年急速に進歩をとげた遺伝子の分析から中国が起源とみられる。
13億4000万人を超える人口が、経済力の向上にともなって国内外を盛んに動き回るようになってきた。春節(旧暦の正月)前後にはのべ約3億人が国内を旅行し、年間にのべ1億人が海外に出かける。最近の12年間で10倍にもふくれあがった大移動が、国内外に感染を広げる下地になっている。
中国国内の貿易体制は遅れている。世界保健機構(WHO)とユニセフの共同調査によると、上水道と下水道が利用できない人口は、それぞれ3億人と7億5000万人に達する。慢性的な大気や水質の汚染の悪化から、呼吸器が損傷して病原体が体内に侵入しやすくなり、水からの危険性も高い。
ネットでは「中国陰謀説」を主張している人も少なからずいるようなのですが、著者は中国を責めようというわけではないのです。
いまの中国は急速な「都市化」で人口が都市部に集中し、経済力の上昇で海外旅行をする人も増えているので、世界中に感染症を流行させる震源地になりやすい、ということなんですね。
同じような感染症の蔓延が、歴史的には、産業革命期のロンドンでも、太平洋戦争後に多くの兵士が復員してきた東京でも起こっていたのです。
感染症が人類の脅威となってきたのは、農業や牧畜の発明によって定住化し過密な集落が発達し、人同士あるいは人と家畜が密接に暮らすようになってからだ。インフルエンザ、SARS、結核などの流行も、この過密社会を抜きには考えられない。
急増する肉食需要に応えるために、鶏や豚や牛などの食肉の大量生産がはじまり、家畜の病気が人間に飛び移るチャンスが格段に増えた。ペットブームで飼い主も動物の病原体にさらされる。農地や居住地の造成のために熱帯林の開発が急ピッチで進み、人と野生動物の境界があいまいになった。このため、本来は人とは接触がなかった感染力の強い新興感染症が次々に出現している。
大量・高速移動を可能にした交通機関の発達で、病原体は時をおかずに遠距離を運ばれる。世界で年間10億人以上が国外にでかけ、日本にも1000万人を超える観光客が訪れる。エイズ、子宮頸がん、性器ヘルペスといった性感染症が増加の一途をたどっているのは、性行動の変化と無縁ではないだろう。つまり、ここでも「天災」は「人災」の様相を強めているのだ。
感染症の世界的な流行は、これまで30~40年ぐらいの周期発生してきた。だが、1968年の「香港かぜ」以来40年以上も大流行は起きていない。物理学者の寺田寅彦(1878~1935)の名言を借りるまでもなく「忘れたころにやってくる」のだ。
これはまさに「新型コロナウイルス」の世界的流行を予言(というより「予測」かな)していたわけで、おそらく、これからも人間と最近やウイルスとの闘いは続いていくのでしょう。
公衆衛生への意識は世界全体としてはかなり高まっているのだけれど、まだまだ十分とは言えないし、地域による格差も大きい。都市への人口の集中は「過密」をもたらし、感染症の蔓延を起こしやすくなります。肉の消費量の増加も、リスクのひとつなのです。家畜を早く、安全に生育するために抗生物質が投与され、それによって耐性菌が生まれやすくもなっています。
「グローバル化」していなければ、新型コロナウイルスは、こんなに急速に世界中に蔓延しなかったかもしれません。
ただし、この本を読むと、ペストやスペインかぜ、結核も、さまざまなルートを通って、世界中に広まっているのです。
感染症の歴史のなかで最大の悲劇になったのは、20世紀初期の第一次世界大戦の末期に発生した「スペインかぜ」だ。人類史上、一回の流行としては最大の死者・感染者数を出し、世界史を大きく変えるほどの影響をおよぼした。
(中立国のスペインでは、5~6月に約800万人が感染し、国王をはじめ閣僚も倒れて政府だけでなく国の機能もマヒした。大戦中は多くの国が情報を統制していたが、中立国だったスペインだけは統制がなく流行が大きく報じられた。このために「スペインかぜ」とよばれることになった。スペイン政府はこの名称に抗議したが、あとの祭りだった。
とくに、ドイツ軍と英仏米の連合国軍が膠着状態に陥った西部戦線は、異常事態が起きていた。ウイルスはこの最強の防衛線をいとも簡単に乗り越えてきた。兵士が塹壕にすし詰めになった過密な戦いが三年半もつづいているところに、インフルエンザウイルスが侵入した。
両軍ともに兵士の半数以上が感染し、戦闘どころではなくなった。ベルリンでは、毎週平均500人が死亡していた。米国軍の戦死者は5万3500人だったのに対して、インフルエンザで死んだ将兵はそれを上回る5万7000人もあった。
ドイツ軍の受けた打撃も大きかった。インフルエンザで約20万人の将兵を失った。
スペインかぜ(インフルエンザ)蔓延で、戦闘よりも多くの将兵が倒れ、第一次世界大戦は終結に向かったのです。
しかしながら、戦争が終わり、将兵が帰郷したことによって、帰郷先でも感染が拡がっていきました。
当時の世界人口は約18億人だが、すくなくともその半数から3分の1が感染し、死亡率は地域によって10~20%になり、世界人口の3~5%が死亡したと推定される。欧米からアフリカやアジアの途上地域にも広がった。これらの国々は、インフルエンザだということがわからないまま、手をつかねているしかなかった。
各国の死者数の報告をまとめると、研究者によってばらつきがあるが、米国では人口の4分の1が感染して、死者は国内と出征将兵を合わせて67万5000人、カナダでは5万人。とくに先住民の被害は大きく、アラスカでは集落によっては6割以上が死亡した。英国で28万人、フランスでは360万人、ドイツ58万人、スペイン29万人。
インドでも国民の5%にあたる1850万人、中国でも1000万人、インドネシアでも150万人がそれぞれ死亡した。ニュージーランドでは、軍艦が寄港した直後から流行がはじまり、8600人が死亡した。そこから南太平洋の島々に拡大し、もっともひどかった西サモア(現・サモア)では、人口の90%が発病し、3万8000万人の島民の約20%が死亡した。
人の居住地域で流行を免れたのは、ブラジルのアマゾン河口のスイスほどの大きさのマラホ島、南大西洋のセントヘレナ島、南太平洋のニューギニア島ぐらいしかなかったといわれる。
ちなみに「スペインかぜ」の日本国内での感染者は2300万人を超え、死者の合計は38万6000人に達したそうです(一部データが欠けており、実際はもっと多かった、という説もあります)。
この100年前の出来事を知ると、今の新型コロナウイルスに対しては、これまでの経験を踏まえて、けっこう踏みとどまっている、と言えるのかもしれません。少なくとも、感染拡大を防ぐための方針は共有されるようになっていますし。
とはいえ、新型コロナウイルスの場合は、まだこれが序章だという可能性もあるのです。
人類の歴史というのは、長い目でみれば、感染症との闘いの歴史であり、少なくともこれまでは、人類も最近もウイルスも、お互いに滅ぶことなく一進一退の攻防を続けています。
新型コロナウイルスも、いつか「収束」するはず。
それがいつになるかはわからないのは、やっぱり不安なのだけれど、人類は、こんな時代を何度もくぐり抜けてきたのです。
- 作者:パオロ ジョルダーノ
- 発売日: 2020/04/24
- メディア: Kindle版