琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】感染症対人類の世界史 ☆☆☆


Kindle版もあります。

池上彰増田ユリヤによる緊急出版!
新型コロナウイルス感染拡大を歴史に学ぼう。
人類は感染症とどう向き合い、克服してきたか――?

これまで何度となく繰り返されてきた感染症と人類の闘い。
天然痘、ペスト、スペイン風邪……そしてコロナウイルス
シルクロードの時代から人と物の行き来がさかんになり、
暮らしが豊かになるにしたがって、感染症も世界中に広がっていった。

感染症拡大で起きたデマや差別にどう対応してきたのか
日本の天平の大疫病の時に行われた復興政策とは
ヨーロッパを何度も苦しめペストは、社会構造を大きく変えた
死の前では貴族も農民も平等。感染症流行が影響を与えた芸術作品たち
コロンブスの新大陸発見の裏にある疫病とは

感染症の流行が、人類に問うてきたことから、
冷静に感染症と向き合う術を学ぶことができる。

生きる希望は歴史にあり!


第1章 シルクロードが運んだ病原菌
第2章 世界史をつくった感染症――天然痘
第3章 世界を震え上がらせた感染症――ペスト
第4章 感染症が世界を変えた――日本編
第5章 世界大戦を早めた「スペイン風邪
第6章 人類の反撃始まる
第7章 今も続く感染症との闘い


 池上彰さんと増田ユリヤさんが対談形式で、感染症と人類との闘いの歴史を紹介したものです。
 今まさに日本では新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるための「自粛」が続いているわけですが、感染症に対する知識がなかった時代には、感染症は、今よりもっと急速に、「わけがわからないまま」拡大していったのです。

増田ユリヤところでペストのことを黒死病と呼ぶのは、その言葉通り、身体が真っ黒になって死んでしまうからなんですよね。


池上彰どうして死体が真っ黒になるかというと、内出血が激しいからです。腫れると痛みをともなう紫斑のあざが現れて、それが黒くなるからなんです。
 これは想像に過ぎないけれど、そんなふうに真っ黒になって亡くなっていく人がバタバタ出たら、当時であれば、「神罰」「天罰」と思う人がいても当然ですよね。それが権力者や為政者への不満と重なって、社会や政治を動かすことになっていくのでしょう。

池上:14世紀にヨーロッパで起こったペストの大流行では、ユダヤ人への差別が強まります。


増田:もともと、ユダヤ人は差別されていたわけですよね。


池上:そもそもイエス・キリストを十字架にかけたのはユダヤ人。その子孫として、ヨーロッパで差別を受けていました。


増田:なかなか仕事もなくて、当時は、金融業をしているユダヤ人たちもいました。キリスト教では、お金を貸して利息をとることは悪いことだと考えられていたのです。
 つまり、ユダヤ人は、キリスト教徒が就かないような仕事にしか就けなかったんですよね。また、住むところも限られていて、みんなでかたまってユダヤ人街をつくって、そこに住んでいた。つくった、というより、そこへ住むように押し込められていたわけです。
 

池上:ところがペストが流行っても、ユダヤ人たちが住んでいる地区からは患者が出ない。これは、きっとユダヤ人たちが何かしているのではないか。


増田:そういう疑心暗鬼が生まれる雰囲気は今と同じです。


池上:本当にそうですよね。それでひどいことを考える人も出てきます。こんなにバタバタと人が死んでしまうということは、ユダヤ人が井戸に毒を投げ込んだのではないか。そんなことを思って、デマを飛ばす人も出てくるわけです。


増田:誰かを差別していると、差別している方も、なんとなくうしろめたいんですよね。だから差別されている人たちがいつか自分たちに報復してくるのではないかという不安を常に抱えている。それで何かが起こると、すぐに、これは自分たちが攻撃されているのではないかという疑心暗鬼につながるのです。その意識が自分たちを守るためといった歪んだ過剰防衛の意識を生みます。


 感染症の流行は、病気の蔓延だけではなく、人と人との関係にも大きな影響を与えるのです。
 今回の新型コロナウイルスに対しても、最初に発生したとされる中国の陰謀だと考えてる人をネットで見かけますし、感染者や医療従事者への差別も報道されています。「自粛しない人」をわざわざ見つけ出して吊るし上げるなんていうのも、僕には過剰防衛のように感じるのです。
 根拠がない差別でも(「自粛」に関しては、自分たちの身の危険に巡りめぐってつながる、とも言えるけれど)、「命を守るため」ということになると、正当化しやすいところはありますよね。
 ここで語られているユダヤ人の場合は、差別されていることによって、結果的に「隔離」され、感染を免れていたのに。
 病気についての知識がない時代はさておき、2020年になっても、人は「日頃隠している差別意識」を、こういう機会に顕わにしてしまうのです。


 感染症は、社会に変革をもたらすことも多いのです。その被害が大きければ大きいほど、劇的に。

増田:疫病、つまり感染症が社会を変えるきかっけになる、というんですね。多くの人が亡くなり、社会構造が変化せざるを得なくなる、ということですよね。


池上:そうです。人が亡くなることで、労働力が減少します。そうすると?


増田:当然、賃金や物価が上がります。


池上:ペストの流行が終わり、その後どのくらい上昇したかというと、1360年頃、すべてが二倍になったという記録が残っています。ものの値段はもちろん、賃金もすべて二倍になりました。


(中略)


池上:それで倍になった賃金ですが、時代が下ると、人口が増えて、労働者も増え、下がっていくという仕組みです。


増田:また一方で社会構造の変化に結びつきそうなことも同時に起こります。賃金をもらって働く人たちは、賃金が上がりますが、農作物を供給する側はどうでしょう。
 農作物が採れても、人口が減りますから、供給過剰になって、農作物の値段が下がります。農作物を供給するのは貴族や地主の特権階級。彼らにとって人口減少は危機です。働く人が減ったから賃金は上がる。しかし人が減ったから農産物はダブつくので、価格は下がる。その結果、特権階級は、農作物を売って入ってくるお金は減ってしまうのに、土地を耕す農民たちには、高い報酬を払って雇うことになります。これで両者の関係は逆転し、貴族や地主などの特権階級が没落します。こうして人々の平等化が進みます。
 農民たちは、賃金はじめ労働条件が折り合わない場合、よりよい条件を求めて雇い主を変えるでしょうから。そうすると、人の動きは活発になります。


池上:ペストにより人口が減ったことで、中世初頭の農奴制が変化して、社会的流動性が高まったわけですね。


(中略)


増田:ヨーロッパのペストもすごい被害でしたけれど、中南米天然痘の被害はもっとひどいものでしたからね。


池上:中南米はヨーロッパから持ち込まれた感染症で先住民が全滅するくらいの被害でしたから。


増田:ただ、こうして感染症により大きな被害が出て人口が減って、賃金が上がったり、地位が向上したりするというのも皮肉なものです。


池上:先ほども触れたように、戦争と革命と国家の崩壊と疫病は、社会を平等にしていくのです。よい例ではないかもしれませんが、第二次世界大戦の後も、多くの国が焼け野原になりました。しかし全体的に見ると、同じような意味で、かなり平等な状況が生まれたんです。そして、平和な時代が続くと今度は格差が広がる。実に皮肉です。


 感染症や戦争を喜ぶ人はいないと思うのですが、社会全体においては、これらの災厄は人間を「平等」に近づける働きがある、ということなんですね。
 現在の先進国で、格差がどんどん広がっていったのは、しばらくの期間、大きな戦争や疫病の流行がなかったから、という面もあるのです。

 ただし、感染症に対しては、原因がわかってくると、「高価な治療薬を使え、衛生的な暮らしをしやすい金持ちが生き延びやすくなる」可能性はあります。
 
 だからといって、格差の拡大に対して、「戦争が唯一の希望」なんて言う人が増える社会というのは、怖いものではありますが。

 いろんなエピソードの羅列にとどまっている、という印象もありますが、対談形式で読みやすい本だと思います。
 少なくとも、新型コロナウイルスは、人類にとって「何十年かごとに訪れる危機」のうちのひとつ、なんですよね。
 今までも、人類はこういう危機に直面しつつも、生き延びてきたのです。
 だからといって、今回も絶対に生き残れる、とは限らないのも事実なのですが。


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